有末剛といえば『花と蛇』、読者の皆様にはそんな印象があるかもしれない。だがそのキャリアは30年以上に及び、また近年は様々な分野のアーティストたちとのコラボレートでも名高い。決して斯界にこだわらず活動の幅を広げる有末剛、その緊縛師としてのスタイルとは。 |
その緊縛の実力ゆえに稀代の名優として幅広く活躍する男。
斯界にこだわらぬその活動は、孤高の輝きを放っている。
――簡単に経歴から教えて下さい。
有:大阪万博の時に中学三年生だった。昭和二十九年生まれだから。高度成長でダーっといって。ほんといい時代を小中高ぐらいまで過ごしてた。日本が前向きに、何の曇りもなく進んでた頃。で俺らの前は全共闘の時代。俺らの後がバブル。ちょうど真ん中なんだよね。大学入ったら全て終わってて、なんかうつろな感じみたいな、全然面白くない。ボンヤリとした時代だったんだよね。その前の全共闘の人たちはガンガン暴れてやりたいことやって、まあ、エネルギーをそれで使ってたんだろうけど、そのあとだから就職活動も企業が採ってくれないの。自分のことは自分たちで考えなさいっていう。今の状況とよく似てるよね。またそのころ田中角栄が捕まって、国が初めて嘘ついたみたいな、そういう雰囲気があった。だから同年代には起業してる人が多いんだよ。じゃあ俺は何をしようってときに、ちょうどその時代の成長産業だったエロがすーっと上がって来た。そのままその場でなんとなく走り続けてきたって感じだね。昭和五十年代ぐらいに『SMクラブ』っていう日本出版社から出てたSM雑誌があったのね。その頃まだSM誌が七誌とか八誌とかあって。そこの誌面でいきなりデビューだね。
――それまで何をされていたんですか。
有:学生だよ。俺、学生デビューなの。その雑誌でちょっとした文とか書いてた。その本の緊縛写真見てね、すぐやれると思った。頭の中ですぐ縄を解析できたから。ちょうどすぐやってくれみたいな話があって、ああやるよって。いきなりデビュー。『奇譚クラブ』のカメラハントみたいなことをやってたのかな。カメラハントは辻村さんだけど、俺が好きなのは美濃村さんなの。彼の縄とか考え方とか文章とか絵とか全部好きだったから。その影響を受けているんだよね。ああいう形の情緒的なものがね、好きだったの。
――かつてのにっかつロマンポルノにも出演されているんですよね。
有:ロマンポルノでやったのは、『赤い縄 果てるまで』っていう作品。石井隆が脚本書いてる。赤いシリーズは二本くらいやったかな。石井さんとはそこからずっとお付き合いなかったんだけど(笑)。
――『花と蛇』までなかったんですか。
有:そうそう。『花と蛇』やったときに、「有末さんてそういえばあの時の……」なんてね(笑)。「やっぱり縁があるんだ」って。
(続く)
インタビュー=編集部・五十嵐彰
※この記事はS&Mスナイパー2006年1月号に掲載された記事の再掲です。
有末剛 プロフィール□1954年生まれ、70年代よりSM誌全般で緊縛師として活躍。にっかつロマンポルノやVシネマ、アダルトビデオの世界でもその才を発揮。特に最近では杉本彩主演の映画『花と蛇』での調教師・鬼源役など幅広く活動する、斯界でも稀な緊縛師である。
関連リンク
有末剛公式サイト・有末流一門会=http://www.arisue-go.com/
関連情報
緊縛教室・有末剛の夜の学校
開催日:原則 毎週土曜日 20時〜23時
会場:都内某所
参加費 男性:10000円 女性:5000円
※授業は全て基礎から、マンツーマンです。縛られたい女性用に、コスプレの貸し出し始めました。麻縄はお貸しいたしますので、初心者の方でも大丈夫です。受講希望の方は、こちらarisuego@gmail.comまで。なお完全予約制となります。 少人数制で行なっているため、その日の定員に達した場合、締め切らせて頂く場合があることをあらかじめご了承ください。