Pornographic design in Japan
意識しなければ気がつかないほどに世の中にはデザインされたものがあふれています。アダルトコンテンツに対しても多くのデザイナーが携わってきましたが、ほとんどのポルノは特別な注目を浴びることがありません。
これまで省みられてこなかったポルノ・デザインの変遷を、日本のデザイン青史のいち潮流として、ばるぼら氏が読み解きます。
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プロローグ
エロ本のデザインを研究する気になった直接のきっかけは『GON!』(ミリオン出版)1998年12月号に掲載された藤木TDC氏の不定期連載「ダメエロ本列伝」だった。昔あった一癖あるエロ本を紹介するコラムなのだが、毎号載るわけではなく、しかも掲載ページが前後あっちこっちに飛ぶせいで、よほど熱心に読んでいた読者でない限り、それが載っていることにも、ましてや連載であることにも気づかなかっただろう。
この回で紹介されたのは1989年の『SMスピリッツ』(ミリオン出版)。キャッチコピーは「アートなデザインに、極小の文字!!時代の先を行きすぎたエロ本は...」。そこに掲載されている同誌の写真やエディトリアル・デザインを見て、もうとにかく一発で参ってしまった。蛍光ライトに照らされた幻想的なヌード写真、『AKIRA』とドラッグカルチャーを絡めた記事、サイバーなイラスト、図と一体化した文字組。これは本当にエロ本なのか? とにかく現物を確かめたい! この雑誌の編集長〈工藤晃一〉とデザイナー〈野田大和〉の名前を胸に刻み込み、野田氏が担当した『SMスピリッツ』を全部集めることは当面の目標となった。
次のエロ本ビッグバンは『SMスピリッツ』の探求で入った古本屋で一冊の『URECCO』(ミリオン出版)を見つけた時だ。ロゴと女の子と最低限の文字だけのスタイリッシュな表紙で、多くの模倣を生んだヒット雑誌だというのは知っていた。しかしその時手に取った『URECCO』1991年7月号はどこにもエロ本らしさのないコラージュで構成された違和感の塊で、直感的に「これを買わないとまずい」と思ってしまった。すぐにレジに急いだ。値段を見ずに買ったのは久しぶりだった。たしか800円。
その時は「もしかしたらこの『URECCO』も野田デザインではないか?」と思ったのだが、クレジットを見ると知らない名前が書かれていた。デザイン〈ARGONAUTS〉。初めて聞く名前だった。読み方もわからない。とりあえずこの字面も忘れないようにしようと『URECCO』も購入対象に拡張した。
ARGONAUTSが判明するのはそれからすぐ。たまたま読み返していた90年代前半のミニコミ『BD』13号(1994年5月発行)のコラムに、まさに『URECCO』とARGONAUTSについて書かれていたのである。このミニコミをいつも手に取れる位置に置き、何度も開いたはずのページなのに、まったく頭に入っていなかった自分に驚き呆れた。「『URECCO』誌のメインデザイナーの古賀氏は、間違いなく今の日本で最も字組みのかっこいいデザイナーだ」と短いながらも適切な紹介のおかげで、ARGONAUTS=アルゴノオトは古賀智顕氏というデザイナーの名義で、エロ関係をメインに活動しているため知名度は低いが、AVパッケージも多数手がけ相当の影響力を持っているらしいことがわかった。『BD』の編集は自身もエロ本のデザインを手がけるこじままさき氏で、もともとこじま氏のデザインのファンだった自分は、こじまデザインのエロ本はちょくちょく買っていたのだが、そのバックグラウンドの一つがわかったような気がして嬉しかったものだ(誤解も含む)。
こうして〈野田大和〉と〈古賀智顕〉の名前をエロ本二大先駆的デザイナーとして意識するようになり、その二人の名前を見つけるためにエロ本を買い、その二人に匹敵するデザイナーを見つけるためにエロ本を買う日々がしばらく続く。しかしある日、「古賀智顕というデザイナーがすごい」と映画好きの友人にメールしたところ「自分の持ってる映画のパンフレットや雑誌『イメージ・フォーラム』の後期デザインにもその人の名前がある」と教えられ、一気に謎度が深まった。どういうことだろうかとその時は気づけなかった。
エロ本と並行してAVも意識してパッケージを見るようになった。きっかけは『サブカルチャー世界遺産』(扶桑社、2001年)の安田理央氏のAV紹介コーナーにやはり〈野田大和〉の名前を見つけたからである。それは『TOKYO BIZARRE BONDAGE RED』という聞いたことのないボンデージ・ビデオの紹介で、一見して主張のあるパッケージ・デザインが、自分の所有欲をそそった。その後『TOKYO BIZARRE』シリーズを買い集めるうちに安田氏が文章、ゴールドマン監督が映像、そして野田氏がデザインという三人組ユニット〈Ha!〉の仕事だということがわかり、次は〈Ha!〉の活動の痕跡を追うことになるのだが、あまりにも見つからないために結局安田氏本人に聞いたのだったと思う。
そうこうしているうちに自分は大洋図書の「WEBスナイパー」に原稿を書くようになっていた。大洋図書は大洋グループ傘下の出版社で、グループには他にワイレア出版やミリオン出版もあった。ミリオン出版はつまり『SMスピリッツ』『URECCO』の出版社だ。仕事で出版社に足を運んだ時、もしかして工藤晃一氏がいるのでは?と思いつき、編集部に聞いてみたところ「工藤さんなら上の階にいますよ」とあっさりお会いでき、『SMスピリッツ』当時の野田氏との話をいくつも伺えた。さらに『URECCO』はすでに休刊していたが、休刊時の編集長のオオシマ氏がたまたま通りかかったのを紹介していただいて、古賀氏の仕事がどんなものであったかを体験的に教えていただいた。古賀氏がペヨトル工房にいたことや、具体的にどのAV会社のパッケージを担当していたのかという話は、この時聞いたものだ。自分が漠然と追っていたものが輪郭を持ったのはこの日だった。
他にも国会図書館で百種類近くのエロ本のデザイナーの名前を調べた日や、『Chuッ!スペシャル』(ワニマガジン社)のエチカデザイン、AV『girlfriends』(銀河映像)シリーズの革新的なパッケージとそれを手がけたターボ向後監督のことを知った日など、この探求過程の話はいつまでも続けることができるが、ワタシが興味を持ち続けているエロ本のデザインとは何かについては具体的なビジュアルを見て知ってほしいと思う。なぜこれらが、エロであるというだけで、デザイン史にまったく登場してこなかったのか、不思議で仕方なかった。これから書きはじめるのは、エロ文化史ではなく、デザイン史のエロ編なのだ。
文=ばるぼら
ばるぼら ネットワーカー、古雑誌蒐集家、周辺文化研究家。著書に『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』『ウェブアニメーション大百科』(共に翔泳社)、『NYLON100%』『岡崎京子の研究』(共にアスペクト)など。共著で『消されたマンガ』(鉄人社)。
「www.jarchive.org」 http://www.jarchive.org/
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14.02.10更新 |
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