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monologue in the night
女であること、恋、セックス、そして......。現代女性がふと目を留めた、静かな視線の先にあるものは何か。30代、働く女性が等身大で綴るモノローグ。
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車のドアをバタン、と閉める音で目が覚めた。つけっぱなしにしていた深夜ラジオから低く音楽が流れている。時計を見ると午前2時をまわったところ。父が帰ってきたのだ。
お酒を飲まないのに、父はよく深夜や早朝に帰ってきた。サラリーマンでもなかったから、接待で遅くなるということもなかっただろう。自宅の駐車場に近いところにわたしの部屋はあり、父が車を停めて、できるだけ音を立てないようにドアを閉めるのを、いつも聞いていた。月に何度か、多いときは週に幾度もこんなことがあり、高校生の頃は父に会わない日が続くことが普通になったりしていた。
わたしが幼稚園児のころからこの状態は続いていて、まだ何もわからないだろうと思って、母はわたしを父が女と会っている店に連れて行ったりしていたが、それはほんとうにほんとうに嫌だった。そうやって女と会っている父ではなく、そのような場にわたしを連れ出し、わたしを餌にして父を連れ戻そうとする母が憎かった。こんな母なら、父がほかの女のひとを好きになったり会いたくなるのは当然だと思っていた。母は離婚や別居を考えたこともあったらしいが「あなたがいるからできない」と言って泣いた。でも、とわたしは思っていた。何もできないのをわたしのせいにしないでほしい。
父が車のドアを閉める音でたいてい母も目を覚まし、台所の明かりがつく。父をなじる母、母に反論する父。「会っていたんでしょ、匂いがする」と大きな声が響いてわたしは布団を頭からかぶる。このまま眠りたいけれど、眠れないだろう。早く家を出たい。大人になりたい。
結婚とは、一生ひとりのひとを好きでい続けることなのだろうか。ずっと同じひととセックスをしなければいけないのだろうか。「幸せにします」と男のひとが言ったり「娘を幸せにしてほしい」と親が言ったりするけれど、「幸せ」になるかどうかは自分で決めることで、誰かに「してもらう」ものではないと思ったりしていた。そもそも何をもって「幸せ」なんだろうか。子供がいても、毎日がつらくて幸せに感じないひともいるだろうに、子供を持たないことを不幸だと決めつける母を見て、その思いがますます強くなる。「子供がいないと、年をとってからさみしくなる」と母は言うけれど、子供がいたって、年をとることはさみしいのではないか。だいいち、「いる」ひとにとって「いない」ひとの心のありようなどわからないのではないか。それに、子供がいたら、毎日を怯えて過ごし、早く大人になって自由を得ることだけを望みに生きていたわたしの子供時代がフラッシュバックしそうで怖い(そうでなくても、思い出して暗い気持ちになったりするのに)。子供に暴力をふるったり、逆に過度に干渉したりして、疎まれる存在になりそうな気もする。
子供のころに愛されていなかったひとは不倫に走りやすい、という。確かに、わたしも初めての男がすでに既婚者という筋金入りの不倫体質だ。倫理観の欠如というよりも、求められたら誰とでもしてしまう。断わって、相手との関係が壊れてしまうのが嫌だという思いのほうが強い。わたしのようなつまらない人間を、一瞬でも「抱きたいな」と思ってくれたひとには、ついていきたいと思う。そこが二軒目の飲み屋であっても、ラブホテルであっても。
わたしは価値のない人間だけれど、若い女だというだけで貴重だと感じてくれるひとがいる。そのことが救いだ。だから、それには応えたい。わたしがそうやっていろんな人とセックスしていることで傷ついたり、わたしを嫌いになるひとが出てくるようなことがあっては困るから、なるべく上手く立ち回りたい。誰からも嫌われたくない。そうやってもう15年以上が過ぎている。
晩年の父は、女が切れたのか、実家で年に何度か会うときはきまって寝間着のような恰好でソファに転がり、ただ目をつぶって黙っていることが多かった。わたしとは会話らしい会話もせず、食事もさっさとひとりで済ませ、自室にこもって早々に眠ってしまう。母は、父には何を言っても反応が薄いと嘆いていたが、昔のように両親が大声で喧嘩をすることもなくなり、家の中は静かで平穏だった。
父は夜に出かけることもほとんどなくなっていった。大きな悩み事を誰にも言わずに、一人で抱えそのうち死んでしまった。あのとき、父に女がいたら、と今でも思う。母や、わたしたちには言えない思いを受け止めてくれるような恋人がいてくれたら。誰かを好きになって、そのひとのためにまだ生きたいと思っていたら。父は死ななかったかもしれない。
自宅の少し手前でタクシーを降りる。車のドアが閉まる音を、深夜のマンションに響かせないように。わたしは父に似ているなと思う。遅くなった言い訳を考えながらエレベーターのボタンを押す。こんなふうに父も鍵をさし入れていたのだろうか。月が高くのぼっている。夜明けにはまだ遠い。
(続く)
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14.04.19更新 |
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