月一更新!
monologue in the night
女であること、恋、セックス、そして......。現代女性がふと目を留めた、静かな視線の先にあるものは何か。30代、働く女性が等身大で綴るモノローグ。わたしのさまざまを、10年以上見てきた夫には、言わなくてもわかる。夫のことも、聞かなくてもわかる。説明不要の気楽さ。夫は、もはや他人を超えて、自分の分身のようだ。愛情だの思慕だのもなく、ただただ離れられない存在。もうこのひとがいればいいや。そんなふうに考えていた。
だから、彼のことを好きになるとは思わなかった。
さして会話らしい会話も交わしていないのに、彼がする行動のすべてから目が離せなくなった。口元に手をやる仕草、声をたてずに笑うところ、ひとりごとを言いながら片づける背中、棚の上のほうの物を取るときに伸ばす手、めくれたTシャツ。
たたずまいだけで惹かれるなんて、わたしにもまだ少女のような心が残っていたのか。彼と事務的なごく短い会話をするだけで動悸がしたり、声が上ずったりするのを、自分でもおかしいなと思ってちょっと笑った。どんなひとなんだろう、もっと知りたいとどんどん欲求が高まっていくのを感じたけれど、それでも「夫に悪い」とか「モラルが」とかは思わなかった。わたしはもうそんな気持ちにならない、と思っていたのにそれが裏切られたという、軽い、嘲笑のようなものが湧き上がるだけ。
わたしのような女のことを、彼は好きではないはずだ。いや、でもほんの少しでも好きになったり、興味を持ってくれないものか。わたしが、もっと若くて、美人で、華やかで、彼の目にとまるような女だったらどんなによかっただろう。
妄想の中でわたしは彼の隣を歩いている。正確には、彼がいつも通勤に使っている自転車を挟んで、その隣に。帰る方向が同じだからと、彼は漕ぐのを少しやめて寄り添ってくれる。自動車がスピードを上げて抜き去る瞬間に、ふたりをライトが照らす。「そっちは危ないよ」と歩道側にわたしを呼んで、さっきよりゆっくり歩く。他愛ないことをしゃべりながら、彼はやっぱり声を立てずに笑っている。
もう恋愛をしなくていいと、ほっとしていたわたしは何だったんだろう。彼のことが知りたくて知りたくて、SNSを使って調べてしまう。彼の名字にわたしの名前を組み合わせて、画数占いをしてみたりする。なんという幼い行為だろう。そんなことをしている自分が恥ずかしい。でも、検索することをわたしはやめられない。結婚している、ということはわたしにとっての堰にはならない。子どもでもいれば、子どもがそれにあたっていたかもしれないが、今はいない。
どうしたいんだろう。
わたしはどうしたい?
夫のことは失いたくない。でも、彼のことを、何もせずに諦めるのはひどくさみしい。恋愛が面倒だと思っていたわたしが、彼と恋愛したいと思っている。距離が少しずつ縮まったり、お互いのことを教え合って理解したりしたい。彼の体の一部に触れたり、彼から触られたりしたい。そしてこの願望をとどめるのは苦しい。
なんとなく、肌に触れるのがためらわれて、夫が寝ているのと反対向きにベッドに入ることが多くなった。薄い明かりをつけて、本を読みながら倒れるように眠るようにした。そうしないと、ずっと彼のことを考えてしまうから。大きな災害が起こって慌ただしい頃だったから、夫はわたしの変化をそのせいだと思っていたかもしれない。ほんとうは違う。彼のことが好きで仕方ないようになっていた。
わたしはどうしたい?
誘われたならついていく。けれど、彼はきっとそんな器用ことはしないだろう。ならばわたしがするしかない。したらどうなる? もう会えなくなるようなことはない? わからないけれど、わたしがしなければ、きっと何も起こらないのは確かだ。
夫とは反対側で布団をかぶり、携帯電話でメールを打つ。名刺に書いてあったアドレスに送ってみよう。「地震、大丈夫でしたか? なかなかお会いできないのでさみしいです」。これに彼はなんと返してくるだろう。
携帯電話のランプが光りメールの着信を知らせてくれる。これがはじまりというものなのか。もう戻れないかもしれない。返信への返信を考えながら、携帯電話を握って眠りに落ちた。
(続く)
14.05.17更新 |
WEBスナイパー
>
夜のひとりごと
| |
| |