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真魚八重子とターHELL穴トミヤの映画の話にかこつけて【2】
『映画秘宝』や朝日新聞映画欄などで活躍されている映画評論家・真魚八重子さんと、WEBスナイパーの映画レビューでお馴染み・ターHELL穴トミヤさんが、お互いに話したいテーマを持ち寄って映画談義に花を咲かせたら......!? 時には脱線もありでお届けする規格外の対談連載、第2回は「ジョニー・トーとワイ・カーファイ」がテーマです! 真魚八重子(以下「真」) 2人は香港の監督です。共同で監督したり、ワイさんが脚本に回ったりというコンビですね。ジョニー・トーのほうが年上なんですが、香港のTVBというテレビ局で知り合った縁で、2人で96年に「銀河映像」という映画制作会社を立ち上げています。
ターHELL穴トミヤ(以下「タ」) このまえ、真魚さんと香港・中国映画に変なのあるよねという話をしていて、そこで教えてもらったのが『MAD探偵』と『マッスルモンク』と『ダイエット・ラブ』だったんです。全部このコンビだった(笑)。それがあんまり面白そうなんで、まず『ダイエット・ラブ』を観たんですが、こんな映画あったんだって衝撃を受けて。この映画、舞台が日本なんですよね。それも、最初だけ日本でそのうち香港に戻るのかと思ってたら、もう最後までガッツリ日本しか出てこない。なんで日本なのか(笑)。
真 日本で包丁の行商をしてるんですよね、アンディ・ラウが。
タ そうそう、高級包丁(笑)。
真 日本で包丁を売るとか、そんな設定がなんで浮かぶのか不思議。
タ 売れないだろって。中国だと包丁の行商とかポピュラーなんですかね。2人がちょくちょく日本語しゃべるんですよね。
真 「飯島愛ー!」とか。アンディ・ラウがAVマニアの設定で。
タ 「憂木瞳―!」とか、懐かしかったですけど。定期的にむりやり日本語しゃべってるのがものすごい奇妙で。香港映画ですけど、この映画を世界で一番楽しめるのって、日本人なんじゃないですかね。これ日本で公開したんですか?
真 いえ、DVDスルーでした。でもこれ、劇場に誰が行くかって話ですよ(笑)。アンディ・ラウは特殊メイクでずっと凄いデブ状態だし。いつものアンディはワンカットだけ。一瞬だけスッとしたアンディで出てきて、残りの90分くらいはずっとデブの巨漢。ただ、アンディ・ラウは自分の出演作の中で、『ダイエット・ラブ』が一番好きだと言ってますね。
タ マジですか? アンディ・ラウ、いいですね(笑)。
真 おかしいですよ、ハンサムなことに飽きてるんじゃないかな。
タ アンディ・ラウ、もう超デブなんですよね。それでこれまたサミー・チェンも超デブで。彼女は痩せてた頃に付き合ってた日本人ピアニストを追って、日本に来てるっていう設定で。そしたら元彼のほうも、今でも自分のこと好きだって判明する。でも今のままじゃ、太りすぎてて自分だって気づいてもらえないっていう。しかも、元彼は想いを残したままもうすぐ別の人と結婚しちゃうらしくて、それでダイエット大作戦になる。
真 なんでアンディ・ラウが手伝うんでしたっけ?
タ それが分からないんですよ(笑)。いつの間にかそうなってるんだけど、まあサミー・チェンが好きになったんだろうなって。
真 切ないですよね。好きな女の子の恋を叶えてあげるために、ダイエットを手伝うなんて。
タ 痩せるのに成功したら、自分はフラれてしまう......。映画に最初に出てくるのはサミー・チェンなんですけど、もう出て来た瞬間フリークスなんですよね。
真 (笑)。
タ 『グーニーズ』で鎖に繋がれてるモンスターいたじゃないですか。あんな感じ。
真 はいはい、奇形的な。
タ でかくて、チョコバーが好きで。超怖いんだけど映画が進むうちに実はいいヤツだと判明みたいな。サミー・チェンって最初、周りとコミュニケーションとらないじゃないですか。たぶん未来に絶望して、人とつながる希望を失ってるからだと思うんですけど。
真 『ダイエット・ラブ』も最初は笑えつつ怖いですよね。太ってて、意思の疎通が図れない人たちで(笑)。
タ そうそう、どっちも変で。サミー・チェンなんか言葉しゃべらないし。なんか膨れてる人が「うううーっ」とかうめいてるだけで、完全モンスターですよ。それがアンディ・ラウが目の前で食べ物を食い始めたときに、はじめて「それ、食べたい......」って。しゃべった!みたいな。
真 アンディ・ラウも太ってて、意思が読めない人なんですよね。彼女が自殺しようとしてるから、一応助けるんだけど、別に慰めたり優しい言葉をかけるでもない。
タ 別に誰が死のうが全然気にしてない感じで、AVしか興味ないみたいな。サミー・チェンは金も行き場もないんですけど、アンディ・ラウに出会って、一晩明けるとめちゃハイテンションになってる。
真 もうアンディ・ラウについていく気満々でね。
タ これは居場所見つけたなって。
真 この人についていかないと、食いっぱぐれるという熱意ですよね。
タ サミー・チェンに、アンディ・ラウの包丁を売る才能があったんですよね。それでご機嫌になって、次の日アンディ・ラウの車を洗いながら宿の前で「オハヨー、オハヨー」って無差別に挨拶してて(笑)。これも言葉を覚えたてのクリーチャー枠っぽい、人間界に降りてきたっていうか。
真 この映画のアンディ・ラウも、顔にも肉をつけて微妙にデブの人の表情になってるからいいですよね。肉襦袢着てるだけじゃなく、デブメイクで顔も自然と顎が引けてるように見える。引いてるわけじゃないんだけどそう見える。
タ カメラが顔に寄ってもぜんぜん不自然じゃない。でもアンディ・ラウの元の顔知ってるから不安になるっていう(笑)。サミー・チェンもブス顔っていうんですか、表情の作り方が凄くいいんですよね。フガフガ感を常に出していて、この人の演技凄いと思いました。映画の中でだんだん痩せていくんですけど、体重別に表情の作り方とか仕草を、変えてきている。それで、指が太いのが最悪なんですよね。
真 指までちゃんとムクムクさせてる。
タ アンディ・ラウもメチャクチャ太いですよね。しかも節くれだってて、むかし所ジョージが吹き替えしてた『アルフ』ってアメリカのドラマの、あのアルフの鼻を思い出しました。DEVOの帽子みたいな。
■映画は面白ければ、細かいとこはどうでもいいんだということがよくわかりました(ターHELL)
真 彼女は前の晩に自殺しようとしていますよね。宿代も溜めてるし、進退窮まっているけれど、アンディはそういう彼女を気遣うことがない。思いやりが一切ない。
タ やっぱり人間というよりも、UMAとの接近遭遇みたいな感じなんじゃないですか、さっきからひどいことばっか言ってますけど(笑)。宿のおばさんにしてもアンディ・ラウにしても、最初はそういう扱いだと思うんですよ。
真 アンディ・ラウの意思もホントに読めないですね。
タ アンディ・ラウは食べものとAV女優にしか興味がない(笑)。サミー・チェンも「その食べ物くれよ、くれよっ」しか言わない。どっちもすごい閉じてるんですよね。でも映画が進むうちに、どんどん人間になっていく。見た目が痩せていくっていうだけじゃなく。
真 最初は生態観察っていう感じで、デブの一挙手一投足を見てしまうんだけど、確かに人間味が出てきて、恋愛感情があるとか、恋愛感情がある人を助けようとか、そういう感情が生まれてくると、それと共に痩せていくんでしょうね。心が人間に近づいていくと、形も人間に近づいていく(笑)。
タ 心のときめきダイエットみたいな(笑)。ただ、映画を見ているうちに「太ってることは悪」っていうのは、そのままなのかなって疑問が出てきて。もしかしたら「太ったままでいいんだ、人間は内面なんだ」っていう展開も考えられるし。途中から、どっちいくのかなって思いながら観てたんですけど。
真 でも、やっぱり痩せたほうがいいって映画ですよね、言ってしまえば(笑)。
タ そうでしたね(笑)。サミー・チェン昔は痩せてたんですよね。その頃の写真を持ってて、これに戻ろうってトレーニングが始まる。横浜の中華街がアンディ・ラウの地元って設定で、そこにサミー・チェンを連れて行って特訓する。この映画のダイエットって、三段階くらいですかね。激太りから始まって、特訓が始まるとちょっと減るじゃないですか。横浜で中太りくらいになって、最後に出てくると......。
真 美人になってる。
タ 特訓する時に、昔の自分の写真を拡大して貼って、これに戻るぞってダイエットを始めるんですよね。その写真の横で、第二段階デブくらいのサミー・チェンが同じポーズを取るシーンがあって、あれはデブでも可愛い。よく恋愛映画とかで、ブスなんだけど映画が終わる頃には可愛く見えてくるのがいい演出なんだって、あるじゃないですか。ブスでもブ男でも、健気に頑張ってるのを見てるうちに、映画終わる頃には、観客も好きになっちゃってるみたいな。僕は『すてきな片想い』がそうだったんですけど。
真 『キャリー』もそうですよね。気持ち悪いって言われてたのが、ちゃんとドレスを着て、髪の毛も梳かして。
タ ジャーンみたいな。
真 「アラ、可愛いじゃん」ってなる。
タ で、皆殺し(笑)。それこそだから、この映画も、デブのまま可愛く見せようとする演出も頑張ってたのかなって。
真 もともと俳優さんに話を持ちかけて、OKが出るっていうのが、2人とも凄いなと思うんですよ。
タ (笑)。
真 やる?って言われて、美貌を気にしてる人だったらそんなみっともない姿見せられないってなると思うんだけど、よく引き受けたよなあって。
タ やっぱ監督との信頼関係があってこそなんですかね。素っぽいところありましたよね。車に乗ってて、車内で話してたら海に飛び込んで自殺しようとするシーン。そこの2人のやり取りが、演技バッチリ決まってるっていうよりも、アドリブの雰囲気も混ぜてやってる感じがしました。
真 息の合ったコンビだからそういうのが出来るのかな。
タ 遊び感覚っていうと違うかもしれないけど、そもそもガッチリとる企画でもなくて、みんなで日本に行けるしみたいな感じで始まってるのかもしれない。
真 軽いコメディでスタッフも気心知れてて。
タ 一番好きなシーンは、サミー・チェンが痩せるって決めた後に、飯を食いに行くシーンがあって。アンディ・ラウだけが居酒屋でメッチャ注文するんですよ。サミー・チェンは食べられないから、計量器みたいの持ち込んでカロリー計算しながら細かいものを「ヨシッ」みたいに口に放り込んでるんですけど。そしたらアンディ・ラウが目の前でガンガン食いながら「オイシー、オイシー」ってつぶやきだして(笑)。それを見たサミー・チェンが「んんんーっ」とか唸っていて、爆笑したんですけど。あんまり唸るからアンディ・ラウも「分かったよ、黙って食うよ」みたいになるんだけど、今度はズルズルッ、ズルズルって音が響いて、またそれをガン見してるサミー・チェンの顔が歪んでて。
真 (笑)。
タ アンディ・ラウがズルズルッズルズルっ、サミー・チェンはブス顔でガン見、っていうギャグをずっとやってて最高だった。
真 路上でも常に何か食べながらケンカしてるのとか。演出で「2人ともデブなのでずっと食べながらやり取りして」って言ってるのかな。理不尽にテンション高いし。
タ 手がなんか、つねに別の生命体みたいに食物を探してる(笑)。最初こそ2人ともフリークスな感じなんだけど、痩せる決意をしてからはずっと明るいんですよね。この映画、超デブがいるだけでも面白いし、ギャグも面白いし、ほんとに幸福感がある。
真 首を吊るシーンも、結構太い荒縄なのに、死にきれなくて爪切りで縄を切ろうとして。さらにその爪切りで自分の爪を切り始めて(笑)。
タ ありましたね、時間を持て余して(笑)。
真 現場でどう説明して、俳優さんが納得してるのか。「そこで飽きて、爪を切り始めようか」「えっ?」っていうふうにはならないんでしょうね。このメンバーはもう。
タ 「そのギャグ面白い!」って共有できるんですかね。
真 慣れたメンバーで作る映画っていう面白さはありますよね。いっぱい作っていく中で、特にこれは軽い、バカっぽいコメディで。他はもっとシリアスだったり、手間も掛かってたりするんだけど、なんかふざけて1本、軽いのを撮ろうかっていう、つなぎみたいな。毎回同じ高いテンションではいけないから、ちょっと気を抜いた映画っていう感じ。
タ やっぱ企画にかこつけて日本旅行しようぜ!ぐらいのノリだったんですかね。日本っていうのが凄く効いてるんですよね。香港の人が観たら、逆にどう思うのかな。日本語のセリフもオマケってレベルじゃないですよね。旅館のシーンでアンディ・ラウがベラベラ喋ってて。明らかに、意味もわからず壁に貼ってあるカンペ読んでるだろって目線で(笑)。映画は面白ければ、細かいとこはどうでもいいんだということがよくわかりました。後半は高級ダイエット合宿みたいなところにサミー・チェンを送り込むんだけど、そのためのお金をアンディ・ラウが殴られ屋で稼ぐっていう、献身的な涙の展開になっていく。
真 ちゃんとラブコメになってる。
タ ラブのほうもちゃんと描かれてて。しかも強がって、「俺は金持ちだから心配するな」って言いながら、実は新宿の新南口の前で殴られ屋をやってて。自分のサミー・チェンへの好意は、気を使わせないように隠してる。
真 意外とそういう切ないラブロマンスのところがきちんと出来てるんですよ。デブのまま。
タ でも、アンディ・ラウはいつのまに恋に落ちたんですかね。なんでそんな好きになってるんだって、痩せてたころの生写真見たからかな。
真 健気だからじゃないですかね。
タ 健気でしたよね(笑)。
真 あくまでも明るいし、性格に惹かれたってことじゃないかな。
タ 中華街を走り込みしてるシーンとか最高でした。夢に向かって笑顔でドラム缶引いてるサミー・チェンが、素直でかわいい(笑)。
真 今そんな撮影してたら誰かがネットに目撃情報あげそうだけど、2001年だから、いつの間にこんな映画を日本で撮ってたんだろうって(笑)。
タ 誰も気づいてなかった(笑)。公園も出てきたけど。
真 日本のいろんなところで撮ってますよね。
タ 見たことあるなこの場所、っていうのが出てきて。最後まで日本である必然性はまったく感じられなかったですけど、ホント面白い。いきなりつぶやく日本語のチョイスもふくめて、日本をかなり分かってる感じしましたね。
真 その辺りはアンディ・ラウが一番よく知ってそうですよね。やっぱり、80年代の香港映画ブームがあって、日本にもコンサートで来たりしてたし。
タ いつも食ってるのが「カラムーチョ」だったりとか。これ金曜ロードーショーでやって欲しい映画ナンバー1です。
真 (笑)。昔だったらやりそうですよね。
タ これ流したら日中友好に役立つんじゃないですか。
真 今だと、怒られるのかなぁ。午後ローとかでやって欲しいですよね。
タ そうですね、高校生とかに観て欲しい。学校で「スゲーアホな映画やってたんだけど、カラムーチョ食う奴」って。(笑)
■私、試写でこれを観た時ガッツポーズしましたよ(真魚)
タ というわけで最初は『ダイエット・ラブ』の話だったんですけど。ジョニー・トーのおかしい映画はこれだけではなかった。
真 他のも変なんですよ。『MAD探偵』の主役のラウ・チンワンと組んで、ノワールに傾斜した辺りから作風が変わっていくんです。ジョニー・トーの作家性が認められてくるんですが、その頃ラウ・チンワンが事務所との契約の都合で、ジョニー・トーの映画に出られなくなっちゃって主役が変わっていくんですけど、『ヒーロー・ネバー・ダイ』がまたすごい映画で......。
タ それは初期の作品ですか?
真 ノワールとしては初期ですね。ジョニー・トーってその前は、普通の娯楽アクション映画を撮ってたんです。『ワンダー・ガールズ 東方三侠』とか、チャウ・シンチーのコメディとか。レンタルビデオ屋で借りてきて観るようなのを撮っていたんだけど、突然香港ノワールというジャンルを手掛けるようになって。お金を稼いで、もうそろそろ自分の撮りたいものをやりたいってことで始めたのが『ヒーロー・ネバー・ダイ』くらいですね。
タ じゃあそっちのほうが素っていうか(笑)。奇妙な作品は......。
真 本当は『ヒーロー・ネバー・ダイ』とか、『エグザイル/絆』や『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』みたいな、ノワールが撮りたいんですって。でもこういうのを自社で撮るために、お金を稼がなきゃいけないから、ラブコメを撮るんですって。
タ ということは、中国とか香港ではそっちのほうが儲かるんですかね。でもそれは凄く香港いいなって感じがしますけどね(笑)。それこそ『MAD探偵』は荒唐無稽もいいとこっていうか、パルプフィクション感が最高でした。
真 でも、最近は特にヨーロッパでジョニー・トーのノワール系の評価が高いし、大陸資本が大きくなっているので、ちょっと台所事情が変わってきてるんじゃないかと思うんです。
タ じゃあもしかしたらノワールだけでやっていけるから、もうコメディ作らないとか、変なのは作らないみたいに......。
真 なったりして(笑)。いや、作ると思いますが。
タ そしたら悲しい。「監督、『MAD探偵』とか『ダイエット・ラブ』みたいのまた撮ってください!」って言うとやな顔されるとか(笑)。フランスの監督がドキュメンタリーを撮ってましたね、ジョニー・トー監督の。
真 ありましたね。『映画監督ジョニー・トー 香港ノワールに生きて』。銀河映像のビルの中にセットがあるんです。で、サイモン・ヤムという俳優さんが、「ここで僕らはよく撮影してるんだよ」って中を案内したり。サイモン・ヤムもレギュラー俳優なので、ジョニー・トーファンにとっては、彼が銀河映像のビルの中を案内してくれるっていうのは、嬉しい映像でした。
タ そのドキュメントの中で取り上げられてる作品っていうのも、やっぱノワールものがメインなんですか。
真 そうですね。『ブレイキング・ニュース』とか『エレクション』とか。このドキュメンタリーの後でも、最近では『ドラッグ・ウォー 毒戦』がノワール系で評価は高かった。
タ 『ドラッグ・ウォー 毒戦』で聾唖の兄弟が出てくるシーンがありましたね。
真 あれはカッコイイよね。
タ カッコよすぎて爆笑しました。
真 小柄な方は、中国の伝統芸能的な喜劇俳優さんらしいです。
タ ああ、コメディの人なんですか。
真 コメディの人にシリアスをやらせると、怖くてカッコイイっていうのは、北野武の映画のチャンバラトリオの南方英二といい、ありますね。
タ 超デブとか、異常にマッスルとか、腕がないとか、目が見えないとか、そういうのにこだわりがあるんですかね。
真 香港映画自体の過剰さがもともと伝統的にあるし、そういうのを、さらにジョニー・トーが好きっていう感じがします。『名探偵ゴッド・アイ』は、お金稼ぐために撮ってたラブコメ路線に近いと思うんだけど、ちょっとおかしなモノと融合してきてますよね。コメディでありつつノワールであり、猟奇殺人が起こったりするのも。
タ 『名探偵ゴッド・アイ』のギャグが、そこまで笑えなかったんですよね。ちょっとトレンディドラマというか、ドタバタ寄りっていうか。サミー・チェンとアンディ・ラウのコンビだと『ダイエット・ラブ』のほうが、めちゃくちゃに笑ってしまった。
真 笑えるのはそうですよね(笑)。かっこいい『エグザイル/絆』の路線もいいですが、わたしは『名探偵ゴッド・アイ』や『MAD探偵』くらいのハチャメチャな、シリアスでありつつ狂ってるコメディが好きです。
タ 『MAD探偵』すごい面白かったです。結構泣けるんですよね。
真 『MAD探偵』は切ないです。
タ 奥さんがいるって言い張ってる主人公が出てくるんですけど、いないんですよね。
真 彼が思い描いている奥さんはいないですね。
タ 周りの人が優しさで、いる風に接してあげてるんだけど。主人公が、行きつけのレストランに後輩カップルと一緒に行くシーンがあって。
真 給仕の手馴れた人が、ちゃんと4人分セッティングしてくれるっていう小粋なことをしてくれて。
タ バイクに乗って「ちょっと行って来るぞ」って主人公が突然走りだす。みんな呆然と送り出して、それで後ろに幻想の奥さんが現われるんだけど、あのシーンがあと1分長かったら僕は涙腺崩壊してたと思う。
真 (笑)。
タ だけどすごい泣ける演出なのに、引っ張らないでバンと切ってくるのが潔い、職人技だなって思いましたね。
真 『MAD探偵』は犯人の中の多重人格が実際に見えてしまう探偵の話で、犯人が歩いてるのを見ると、本当は1人なのに探偵にだけは7人見える。犯人が口笛を吹くと、他の人格もみんなで同じ口笛を吹くというシーンが、奇妙に爽やかな感じがして凄い。
タ あそこ良かったですよね! えっ、そんな曲がかかるんだと驚いた。
真 オシャレですね。そのあとも、探偵が「わかった!」って言って路地裏みたいなところに突然走っていって、ひらけた路上で両手を上げると、撒いてる水に虹がかかって、とても幸せな感じが漂うんですよね。
タ 「見ろ!俺たちが正しいってことを、天が教えてくれているんだ」みたいな。
真 気違いにしか傍目には見えないけれど、でも正しいというように虹がかかるシーンが、私はすごく好きです。泣けてしまう。
タ 映画が、彼の孤独な世界のほうに寄り添っていく感じがして、そうだね、よかったねって、観てるこっちも一緒に言ってあげたくなる。それにしてもこの主人公、観る前にタイトルから予想してた「MAD」具合を遥かに超えたMADさなんですよね(笑)。狂気の演出が生々しくて、これは......って。周りの人から見たら、ラウ・チンワンはわけわかんないこと突然言ってきたり、なにもないとこに向かって話したりしてる人で。だけど難事件を次々と解決していくから、警察の中ではある程度の地位に就いてる。それでもやっぱり、ある日一線を超えた奇行に走って、クビになるんですね。
真 それで私立探偵になる。
タ でもそれも、成り立ってるのか成り立ってないのか。
真 頼まないですよね、あんな気違いに(笑)。
タ (笑)。周りの住人からも、「この部屋のやつは狂ってるから、相手してもしょうがない」みたいに言われてて。だけど、またどうしても解決できない事件が起きて、警察内で「やっぱり彼に頼もう」みたいな話になる。それで彼を訪ねていく後輩がいるんですけど、彼は「周りの人はありえないって言ってるけど、俺は先輩についていきますよ」っていう感じで。『エレクション』でもそうだけど、この映画にも男同士の友情っていうか師弟関係っていうか、ホモソーシャルな熱い部分があるんですよね。その考えでいくと、あの最後って凄いビターエンドで。どこまでその狂気を信じられるか、どこまで相手を抱きとめられるか、みたいなところに踏み込んでいくじゃないですか。
真 途中で新米刑事の中のもう一つの人格が、MAD探偵に見えちゃうんですね。
タ 新米の限界がわかっちゃうんですよね。
真 だから探偵は、若者が自分についてこれないっていうのを知ってて、でも乗り出した事件だからやるしかないっていう感じになっていくんだけど、やはり破滅に向かってしまう。
タ 能力があるゆえの孤独と義務みたいのは、凄いハードボイルドですよね。なのに、捜査の過程でMAD探偵が犯人にプレッシャーを与えてボロを出させようとするいろんな行動があるんですけど、ラウ・チンワンと後輩がレストランまで尾行していって......。
真 犯人の心理を辿るために同じ行動をとるんですよね。『名探偵ゴッド・アイ』でも同じ捜査方法が出てくるんだけど、犯人がレストランで何を頼んだっていう情報を得て、MAD探偵もそれを注文して、同じ料理を食べながら犯人の心理を探っていく。それも1回じゃたどりきれなくて「もう1回同じもの」って何度も頼んで、食べ過ぎで吐くという(笑)。
タ ここでも過食が(笑)。あの飯はめちゃ美味そうでしたね、蒸し鶏とか、フカヒレスープとか。
真 ジョニー・トーの映画は、ホントに食べ物美味しそうですよ。
タ あと犯人がトイレに行った時に、いきなりションベンをかけるんですよ。
真 多重人格の中にはホントにいろんな人格があって、女性もいるんです。
タ 女性が「冷静さ」担当なんですよね。いつも計算してて。
真 それは犯人を支配している一番重要な人格で、でも男子トイレにいるから凄い不自然なことになってる。
タ 犯人のそれぞれの人格を、一人づつ別の役者が演じてるから。ストーリー的には犯人の女性人格にションベンをかけてるってことなんだけど、画面的には小便器の前に立つ女性にラウ・チンワンがションベンをかけてる。こんな画をストーリーの中で必然性をもって導き出せるの凄いなと。
真 ねえ(笑)。
タ メチャクチャ感動しましたよ。笑っちゃいましたけど。あれもギャグなんですかね。
真 さすがにギャグなんだと思います。
タ そういうところで香港人はエキサイトして、客も殺到!ノワールものを撮る金もガッポリみたいな。
真 『MAD探偵』はヒットしたのか分からないですね。日本ではダメでした。
タ レベルが高すぎたんじゃないですか(笑)。
真 ホントにね。ハイレベル過ぎて、観てない人多いんですよね。
タ まあ、僕も今回教えていただいて初めて観たんですけど(笑)。そういえばレストランに限らず、『MAD探偵』でラウ・チンワンがひたすらいろんな動きを真似するじゃないですか。プロファイリングってことだと思うんですけど、ジョニー・トーの中では「真似る」「演じる」っていうのになにかこだわりがあるんですかね。『ダイエット・ラブ』でも、2人が告白の予行演習を何度も繰り返すシーンがありましたよね。アンディ・ラウが彼氏役をやって、サミー・チェンが告白の練習をして。
真 それをやるから好きになっちゃうんじゃないかな、心理を辿るから。
タ 演じると、過去も未来も含めてその人になっちゃうみたいな。
真 模倣は重要なモチーフですね。『ドラッグ・ウォー』もそうだった。刑事がドラッグディーラーに成りすまして、捜査対象と接触するシーンがあって、そのドラッグディーラーの顔真似をしながらエレベーターに乗る。
タ 顔真似(笑)。
真 真似がその人を知る、その人自身になるってことなので、とても重要なことなんでしょう。
タ ジョニー・トーの中では真似すればその人の考えてることも分かるし、次にとる手も分かるはずだみたいな。それをあまり突き詰めていくと、いろんな登場人物のこと考えてるうちに俺も狂っちゃうんじゃないかって。その恐怖を元にしたのが『MAD探偵』だったのかもしれない(笑)。
真 すでに狂ってますけどね(笑)。
タ 『MAD探偵』のMAD具合は凄いですからね。
真 私、試写でこれを観た時ガッツポーズしましたよ。これこそ私が観たかった映画! ホントに余裕で我が生涯のベスト10に入れますね。大好きです。
■ワイ・カーファイの狂気映画、日本で公開して欲しいなあ(ターHELL)
タ 『マッスルモンク』も似たような感じで、この映画超バカなのかな?って感じで始まるじゃないですか。始まった瞬間の肉襦袢が、明らかにリアルに見せようとしてなくて、かぶり物みたいな(笑)。
真 (笑)。
タ それで『マジック・マイク』ばりにストリップしてる。
真 ホントにどうかしてるんですよ、この時期のアンディ・ラウ。
タ けどこれまた、超いい映画ですよね。
真 うん、大好き。こないだ出した本(『映画なしでは生きられない』)でもこれはちゃんと取り上げました。
タ ありましたね。
真 「王子様に救われたいし、救いたい」という章で、救ってくれる王子様ってことで『マッスルモンク』を取り上げて。
タ でもなんか救いきれないみたいな話ですよね。業の話が出てくるんですよね。
真 共同監督で、脚本も担当してるワイ・カーファイは仏教に興味がある人なんです。
タ あ、そうなんですか。
真 そう、仏教の変な要素が出てくるのはワイ・カーファイですね。
タ この映画に出てくる「業」って概念がホントに理不尽で。『マッスルモンク』の主人公が女の子を救おうとするんですけど、女の子が恐ろしい業を背負っていて、どうしても死ぬんだと。アンディ・ラウはそれをなんとかして断ち切りたいんですね。
真 前世が日本兵で、太平洋戦争の時に中国人をすごくたくさん殺してて、業が重すぎて、もうどれだけ現世で善行を積んでも償いきれないから、前世の罪でお前はもうすぐ死ぬんだっていう。
タ なんで日本兵の罪を、殺された側の香港人が背負わなきゃいけないんだっていう。その全然筋通ってない感じが、だからこそ問答無用の業なんだって、凄い納得感があったんですよね。その上でさらに、赦しとはみたいなところへ行くじゃないですか。業っていうある意味前時代的な概念をなんか、現代の世の中で通用する、しかもすごい本質的なところに着地させていくのがすごい。
真 信じるか否かはともかく、業を映画化するとああなって。現世と前世は一見してつながってるわけじゃないし、逆に前世であんな悪いことをしているのに、現世で刑事として生まれ変わってるという時点で、彼女はかなり......。
タ 虫とかじゃなくて。
真 そうなんですよ。善行を積めるように生まれ変わってるっていうのは、いいことなんですよ。
タ ああ、なるほどそういうこともあったんだ。『マッスルモンク』があまりによかったんで今度は『MAD MONK』っていうジョニー・トーの凄い昔のやつを観たんですけど、それも神様が地上に降りてきて業の深い人間を救えるか救えないかっていう話でした。
真 それってチャウ・シンチーのやつ?
タ 邦題は『チャウ・シンチーの魔界ドラゴンファイター』。
真 それはね、まだ90年代初頭の、何でも屋だった頃のジョニー・トー監督作です。
タ そうだったんですか、なんかすごいあれ?って感じで......(笑)。『マッスルモンク』の深みはなかったですね。
真 ない。ジョニー・トーは職人監督としてやってるだけ。まあチャウ・シンチー自身が自分で監督もなにもかもやれちゃう人なので、これはチャウ・シンチーの映画です。
タ これは悪い奴が、次ブタに生まれ変わってました(笑)。『魔界ドラゴンファイター』はなんの印象も残らなかったけど、唯一妖怪としてオバケのQちゃんのかぶりものした人が出てくるのがよかった。時代を感じました。
真 あ、わたしDVD持ってる。
タ (笑)これDVDあるんですか?
真 出てます。
タ 『マッスルモンク』は前半と後半でノリがぜんぜん違いましたね。後半は急に、古き良きカンフー映画になる。
真 『マッスルモンク』の前半と後半の分離具合は、ワイ・カーファイのせいなんです(笑)。
タ ワイ・カーファイが実はかなりキーパーソン。
真 かなり気が狂ってる。
タ (笑)。
真 狂ってる。ジョニー・トーはノワールな路線で撮りたいんだけど。
タ 職人として、ノワールとして、がっちり映画の骨組みを。
真 ジャン=ピエール・メルヴィルみたいな映画を現代で撮りたい人。でもワイ・カーファイが単独で監督した映画もあって、それは日本に入ってきてないので全部輸入盤で観てるんだけど、もうお話がメチャクチャなの。『MAD探偵』も非常に混乱してますよね、7人見えちゃうとか。あと『マッスルモンク』の輪廻とか、ああいうのが一緒くたになっているんです。『再生號』という作品では、クライマックスでヒロインが飛び降り自殺をすると、目が覚めて夢だったと思ったら、飛び降り自殺をした走馬燈だった、みたいなことが繰り返される。
タ (笑)。ヤバいっすね。
真 もう何回飛び降りるんだ、みたいなのが5、6回続くんです。あの世とこの世も錯乱しているし。
タ 相当キてますね。
真 英語字幕で観て、ホントに理解するのに苦しんだんだけど、香港の人でもパッと見わからないと思いますよ、何やってるか。
タ 香港だからとか、仏教圏だからとかじゃない。ある意味、属地的なものを超えた......。
真 作家性が強すぎるというか、ジョニー・トーは好きだけどワイ・カーファイにはついていけないっていう人は多いんです。
タ (笑)。ワイ・カーファイの狂気映画、日本で公開して欲しいなあ。すごい観てみたい。
真 ホント字幕つけて欲しい。じゃないと理解してるか自信ないの、あれ。
タ ついに奇妙さの震源を突き止めた! 震源地はワイ・カーファイだった(笑)。
真 そうなんです(笑)。
(続く)
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第1回
16.06.25更新 |
WEBスナイパー
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