↑私の中でヤンエグといえば今でもこの人、宅麻伸。もはや全然ヤングじゃないんですけど、いまだに『課長・島耕作』のイメージが頭から離れません。警察署長やパイロットのコスプレもやたら似あうんだよなあ……(注・コスプレじゃなくて役柄です!)。
毎週土曜日更新!
onanistic pacifism by “maestro”Endo Yusa.
最近、ショックだったこと。
年下(20代)の友人と話していたときに、褒め言葉のつもりで「おお、ヤンエグって感じだね!」と言ったら、きょとんとした顔で「……それ何?」と言われてしまいました。
えー、まじっすか!“ヤンエグ”って死語なの?っていうか、20代の人って“ヤンエグ”知らないの?!
ああ、ジェネレーションギャップ……。
生まれた時は1ドル=360円でした。1971年生まれのオナニー・マエストロ遠藤です……。
――ほんとに知らないの? “ヤンエグ”って略語なんだけど。
「えーと、“ヤングエッグ”とか?」
――違う! なんですか、その謎の青年誌みたいなのは。
「あ、じゃあアレでしょ、携帯の……」
――それは“ワンセグ”です! 。・゚・(ノД`)・゚・。
(ちなみに正解は“ヤングエグゼクティブ”。即答できたキミは30代!)
ここだけの話、オイルショック時には母さんとトイレットペーパーを買い溜めしに行った記憶もあります。ああ、昭和は遠くなりにけり……。
さて、そんな宅麻伸ばりのヤンエグ達が高級ホテルで女子大生にフェラチオだけさせて帰ってきてたようなバブル全盛期。
古本屋で買ったエロ本と深夜放送だけが友達の美しい青春期を過ごしていたマエストロも、年号が昭和から平成に変わるのと同時になんとか東京の大学にすべりこみ、一人暮らしを始めたのです。
おわかりかと思いますが、ここからの数年間は私にとってまさにパラダイスでありました。
深夜までテレビ番組をやってて、夜更かしし放題! 仕送りでエロ本買い放題! 家には自分一人きりだから、通販で裏ビデオだって買えちゃいます。VIVA一人暮らし!!
寝過して入学式をずる休みしたのを皮切りに、私のモラトリアムなオナニー生活が始まりました。
毎日昼近くに起き、『暴れん坊将軍』の再放送を観ては松平健の和服姿にぽわーん。
学校に行こうか迷いつつ『笑っていいとも』を観て二度寝。
夕方になってようやく本格的に目覚めて、レンタルビデオ屋に行ったり、コンビニで立ち読みしたり、エロマンガ読みながらちょっとマンコをいじってみたり……。
↑しまいにゃ『暴れん坊将軍』の、吉宗が白馬に乗って走ってくるオープニングが目ざまし代わりになっていました。この頃にはもう和服萌えの性癖が根付いていたようです。
大学では一応演劇とか映像とかのごった煮サークルに入ってみたのですが、毎日顔を出さなくてはいけないことがわかり、一学期で辞めてしまいました。バイトもいよいよ食いつめたら日雇いのチラシ配りに出かける程度で、もうほんとに清々しいほどに何もない大学生活。ああ、こうやって改めて思い出してみると、本当にダメ人間以外の何物でもなかったなあ。よくクラスの真面目な友達に「今日こそは家から出なきゃ!」って説教されたもんです。
しかし不思議なのは、こんな状況にもかかわらず私自身は何の危機感もなかったということ。
たぶん、まだバブルの余波が残っていたせいでしょうね。うん、そうに決まってる!
そして、そんなぼんやりしたぬるま湯生活の中で、マエストロを現在のようなオナニストへと変えたある出来事が起こりました。
えー、ひょんなことから、いわゆる初体験というのをしたんですね。ほほほ。
「なんで、セックスしたことでオナニーの回数が増えるのか?」と疑問に思う人もいらっしゃるでしょう。
詳しく説明するとですね、実はそんなオナニーやり放題の状況に置かれながら、その頃の私はまだ「イク」という感覚を知らなかったのです。
それはなぜかというと、女子の最大の性感帯である“クリトリス”の存在がよくわかっていなかったから。今から考えると「この情報過多の時代にそんなことも知らないなんて、とんだカマトトちゃん!」と思うんですが、当時はまだインターネットも普及してない時代。エロ本や官能小説でも「ここにあるこの突起をしつこく弄り続けるとイク」という事実を、はっきりと教えてくれているものはそうなかったんですよね。
しかし、実際にセックスを体験してみると、そういうことって否が応にもわかるじゃないですか。
その時の相手は彼氏というわけじゃなく、正直酔った勢いのことだったりもしたので、私の初体験の感想は、
「これでオナニーの幅が広がる! ○○さん、グッジョブ!」
というものでした。はあ、身も蓋もない。
余談ですけど、たまに飲み会の席なんかで“童貞・処女喪失話”になると、けっこう言葉に詰まってしまう私。それが何歳の時のことだったか、はっきり思い出せないんですよね……。初めてオナニーでイッた時のことは、使ってたオカズが何だったかまでくっきり覚えてるにもかかわらず。
いかにオナニーのほうに心を奪われていたかが、うかがい知れるというものです。
そんなこんなで遅ればせながら「イク」感覚を知り、それからはそりゃもう猿のようにオナニー三昧の毎日。楽しいの楽しくないのって! 「私は今まで何をしていたの?」と本気で思いました。ロック少年が初めてギターを弾けるようになった時って、きっとこんな感じなんじゃないかしら。
今まで10年以上も溜めこんできたモノが一気に噴き出したかのように、朝に昼に夜にオナニーばかり。この頃になると妄想をオカズにすることはほとんどなくなり、今と同じように通販で買った丸見え洋ピンが中心になっていました。やっぱり一日に何回もオナらなきゃいけないとなると、刺激が強いほうがいいんですよね。
以前このコラムでも書いたように、ダイヤルQ2にハマッて月に8万の電話料金を払ったりしていたのもこの頃……。だから今、逆にお金貰ってオナニーしてるという状況について考えると、幸せのあまり目眩がします。
そんなことをしている間に、やがて大学生活も終わりに近づき、マエストロも幸せなモラトリアム生活から足を洗わなくてはいけないことに。
しかし、私が自分のマンコとばかり向き合っている間にも世の中は着々と変わっていたらしく、バブルはとっくにはじけて就職氷河期というものに突入していました。
一応、就職活動らしきものはしてみたのですが、つぶしがきかないので有名な学校だったうえに「何がなんでも!」という意欲がなかったせいか、ことごとく不採用。(しかも20社くらい受けて全部面接で落とされた……よっぽど第一印象が悪いんだろうなあ。これは今でも軽くトラウマです。)
仕方なく少し前から知り合いのツテでバイトを始めていた編集プロダクションにそのまま残り、フリーターで食いつなぐことにしたのですが、思えばここでモラトリアムを脱出できなかったのが、私の人生の大きな敗因でした。
給料は安いけど、そこそこラクで楽しい職場。周りに同年代の若い子たちがいなかったので、世の生々しい恋愛事情を知ることもなく、家に帰ればこれまでと同じようにオナニーし放題。結局、殿方と付き合う機会も、これからの人生に向けて手に職をつけることもなく、4年間をその編集プロダクションで過ごすことになったのです。
その4年で成長した部分といえば、日々の鍛練とバイブの導入によって“中イキ”を体得したことくらいでしょうか。
↑これまでも何回かご紹介した、マエストロ御用達の“中イキ用バイブ”。実はこれに辿りつくまでにも幾多の試行錯誤がありました。だから「登り棒でイッちゃった〜」とか言ってる奴らが憎いんですよ! こちとら20年越しの一大事業だよ!
まあ正直、自分でもよくこんなに何もない青春を過ごせたもんだと思うんですよ。しかも、そんな状況なのに危機感がないっていうんだから恐ろしい。『モテキ』でも『ボーイズ・オン・ザ・ラン』でも、ダメな主人公は悶々とオナニーする中でちゃんと成長していくっていうのに。
でも逆に考えると、私はオナニーという趣味があったからこそ、何もなくてもそこそこ楽しく過ごせたんじゃないかって気もするんですよね(←出た、根拠なき自己肯定!)。
↑ マンガだと、主人公はちゃんと一念発起してモラトリアム脱出するんですけどねえ。ちなみに来年公開予定の映画版『ボーイズ・オン・ザ・ラン』は、主役が銀杏BOYZの峯田さんで、監督がポツドールの三浦大輔らしいです。こ、濃いなあ……。
そんな感じで東京でぼんやりとオナニーに明け暮れること8年間。花も恥じらう26歳の乙女となったマエストロは、これまたぼんやりと実家に戻ることにしたのです。
「えーと、“ヤングエッグ”とか?」
――違う! なんですか、その謎の青年誌みたいなのは。
「あ、じゃあアレでしょ、携帯の……」
――それは“ワンセグ”です! 。・゚・(ノД`)・゚・。
(ちなみに正解は“ヤングエグゼクティブ”。即答できたキミは30代!)
ここだけの話、オイルショック時には母さんとトイレットペーパーを買い溜めしに行った記憶もあります。ああ、昭和は遠くなりにけり……。
さて、そんな宅麻伸ばりのヤンエグ達が高級ホテルで女子大生にフェラチオだけさせて帰ってきてたようなバブル全盛期。
古本屋で買ったエロ本と深夜放送だけが友達の美しい青春期を過ごしていたマエストロも、年号が昭和から平成に変わるのと同時になんとか東京の大学にすべりこみ、一人暮らしを始めたのです。
おわかりかと思いますが、ここからの数年間は私にとってまさにパラダイスでありました。
深夜までテレビ番組をやってて、夜更かしし放題! 仕送りでエロ本買い放題! 家には自分一人きりだから、通販で裏ビデオだって買えちゃいます。VIVA一人暮らし!!
寝過して入学式をずる休みしたのを皮切りに、私のモラトリアムなオナニー生活が始まりました。
毎日昼近くに起き、『暴れん坊将軍』の再放送を観ては松平健の和服姿にぽわーん。
学校に行こうか迷いつつ『笑っていいとも』を観て二度寝。
夕方になってようやく本格的に目覚めて、レンタルビデオ屋に行ったり、コンビニで立ち読みしたり、エロマンガ読みながらちょっとマンコをいじってみたり……。
『吉宗評判記 暴れん坊将軍 第一部 傑作選(1)』 監督:荒井岱志 ASIN: B000FVGPT4 定価:5250円(税込) 発売:2006年10月21日 販売元:東映ビデオ |
大学では一応演劇とか映像とかのごった煮サークルに入ってみたのですが、毎日顔を出さなくてはいけないことがわかり、一学期で辞めてしまいました。バイトもいよいよ食いつめたら日雇いのチラシ配りに出かける程度で、もうほんとに清々しいほどに何もない大学生活。ああ、こうやって改めて思い出してみると、本当にダメ人間以外の何物でもなかったなあ。よくクラスの真面目な友達に「今日こそは家から出なきゃ!」って説教されたもんです。
しかし不思議なのは、こんな状況にもかかわらず私自身は何の危機感もなかったということ。
たぶん、まだバブルの余波が残っていたせいでしょうね。うん、そうに決まってる!
そして、そんなぼんやりしたぬるま湯生活の中で、マエストロを現在のようなオナニストへと変えたある出来事が起こりました。
えー、ひょんなことから、いわゆる初体験というのをしたんですね。ほほほ。
「なんで、セックスしたことでオナニーの回数が増えるのか?」と疑問に思う人もいらっしゃるでしょう。
詳しく説明するとですね、実はそんなオナニーやり放題の状況に置かれながら、その頃の私はまだ「イク」という感覚を知らなかったのです。
それはなぜかというと、女子の最大の性感帯である“クリトリス”の存在がよくわかっていなかったから。今から考えると「この情報過多の時代にそんなことも知らないなんて、とんだカマトトちゃん!」と思うんですが、当時はまだインターネットも普及してない時代。エロ本や官能小説でも「ここにあるこの突起をしつこく弄り続けるとイク」という事実を、はっきりと教えてくれているものはそうなかったんですよね。
しかし、実際にセックスを体験してみると、そういうことって否が応にもわかるじゃないですか。
その時の相手は彼氏というわけじゃなく、正直酔った勢いのことだったりもしたので、私の初体験の感想は、
「これでオナニーの幅が広がる! ○○さん、グッジョブ!」
というものでした。はあ、身も蓋もない。
余談ですけど、たまに飲み会の席なんかで“童貞・処女喪失話”になると、けっこう言葉に詰まってしまう私。それが何歳の時のことだったか、はっきり思い出せないんですよね……。初めてオナニーでイッた時のことは、使ってたオカズが何だったかまでくっきり覚えてるにもかかわらず。
いかにオナニーのほうに心を奪われていたかが、うかがい知れるというものです。
そんなこんなで遅ればせながら「イク」感覚を知り、それからはそりゃもう猿のようにオナニー三昧の毎日。楽しいの楽しくないのって! 「私は今まで何をしていたの?」と本気で思いました。ロック少年が初めてギターを弾けるようになった時って、きっとこんな感じなんじゃないかしら。
今まで10年以上も溜めこんできたモノが一気に噴き出したかのように、朝に昼に夜にオナニーばかり。この頃になると妄想をオカズにすることはほとんどなくなり、今と同じように通販で買った丸見え洋ピンが中心になっていました。やっぱり一日に何回もオナらなきゃいけないとなると、刺激が強いほうがいいんですよね。
以前このコラムでも書いたように、ダイヤルQ2にハマッて月に8万の電話料金を払ったりしていたのもこの頃……。だから今、逆にお金貰ってオナニーしてるという状況について考えると、幸せのあまり目眩がします。
そんなことをしている間に、やがて大学生活も終わりに近づき、マエストロも幸せなモラトリアム生活から足を洗わなくてはいけないことに。
しかし、私が自分のマンコとばかり向き合っている間にも世の中は着々と変わっていたらしく、バブルはとっくにはじけて就職氷河期というものに突入していました。
一応、就職活動らしきものはしてみたのですが、つぶしがきかないので有名な学校だったうえに「何がなんでも!」という意欲がなかったせいか、ことごとく不採用。(しかも20社くらい受けて全部面接で落とされた……よっぽど第一印象が悪いんだろうなあ。これは今でも軽くトラウマです。)
仕方なく少し前から知り合いのツテでバイトを始めていた編集プロダクションにそのまま残り、フリーターで食いつなぐことにしたのですが、思えばここでモラトリアムを脱出できなかったのが、私の人生の大きな敗因でした。
給料は安いけど、そこそこラクで楽しい職場。周りに同年代の若い子たちがいなかったので、世の生々しい恋愛事情を知ることもなく、家に帰ればこれまでと同じようにオナニーし放題。結局、殿方と付き合う機会も、これからの人生に向けて手に職をつけることもなく、4年間をその編集プロダクションで過ごすことになったのです。
その4年で成長した部分といえば、日々の鍛練とバイブの導入によって“中イキ”を体得したことくらいでしょうか。
↑これまでも何回かご紹介した、マエストロ御用達の“中イキ用バイブ”。実はこれに辿りつくまでにも幾多の試行錯誤がありました。だから「登り棒でイッちゃった〜」とか言ってる奴らが憎いんですよ! こちとら20年越しの一大事業だよ!
まあ正直、自分でもよくこんなに何もない青春を過ごせたもんだと思うんですよ。しかも、そんな状況なのに危機感がないっていうんだから恐ろしい。『モテキ』でも『ボーイズ・オン・ザ・ラン』でも、ダメな主人公は悶々とオナニーする中でちゃんと成長していくっていうのに。
でも逆に考えると、私はオナニーという趣味があったからこそ、何もなくてもそこそこ楽しく過ごせたんじゃないかって気もするんですよね(←出た、根拠なき自己肯定!)。
『ボーイズ・オン・ザ・ラン 1 』(ビッグコミックス) 著者:花沢健吾 ISBN-10:4091873057 発売:2005年11月30日 出版社:小学館 |
そんな感じで東京でぼんやりとオナニーに明け暮れること8年間。花も恥じらう26歳の乙女となったマエストロは、これまたぼんやりと実家に戻ることにしたのです。
(続く)
(c) 花津ハナヨ
遠藤遊佐 AVとオナニーをこよなく愛する三十路独身女子。一昨年までは職業欄に「ニート」と記入しておりましたが、政府が定めた規定値(16歳から34歳までの無職者)から外れてしまったため、しぶしぶフリーターとなる。AV好きが昂じて最近はAV誌でレビューなどもさせていただいております。好きなものはビールと甘いものと脂身。性感帯はデカ乳首。将来の夢は長生き。遠藤遊佐ブログ=「エヴィサン。」
09.10.17更新 |
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