Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第五章 臨界点の再点検【1】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
今回というか今月は、これまでの連載とはちょっと趣向を変えて――といっても実際は変わっていないのだが――記事を書きたいと思う。ちょうどこういう『ビジュアルノベルの星霜圏』なる本を編集したわけだから、それにまつわる記事を書かないのももったいないと思ったのだ。では具体的に何をするのか。『ビジュアルノベルの星霜圏』という言葉遣いから、そして僕の出自を考えれば、どうやったって想起せずにはいられない固有名がある。かつて東浩紀と波状言論編集部が編集発行した同人誌、『美少女ゲームの臨界点』の存在だ。『星霜圏』と『臨界点』には直接の関係はない。しかし、その関係のなさにこそ、どうしても僕らが『星霜圏』を出したかった事情がある。僕らは『臨界点』を更新したかったのだ。それは年代的な事情においてもそうだし、認識論的布置上においてもそうだ。そういう活動の一環としてこの連載も行なわれている(というか僕にとってはこの連載のほうが遥かに付き合いが長い)。
その試みの成否は実際に手にとってもらうことで判断してもらうしかないのだが、今回はその絡みとの兼ね合いにおいて、『臨界点』を取り扱おうと思う。それはある意味で都合のいい展開なのかもしれない。アリスソフトを代表にまだまだ取り上げていない潮流が多い本連載だが、そろそろリアルに年越しだし、いい加減21世紀に入りたいと思っていたのだ。その意味でも『臨界点』を取り扱うのは非常にちょうどよい。そもそも『臨界点』とは何だったのか、多くの人が覚えているのかどうかも心配なほどである。そこで、まずはその確認を入り口に、この書物の読み直しを行なっていこう。
†再点火
東浩紀は言う。
これは、もし僕が『新現実』を自由に編集できたとしたら行ったはずの企画を、ひとりで勝手に実現したような本である。そして、もし『ファウスト』の編集方針に僕が多少とも貢献できたとするのなら、その起源は、伝奇でもメディアミックスでもない、この本に書かれたようなヴィジョンにある。
この説明は当時の雰囲気を簡単に説明している。この頃、即ち2002年から2004年ほどの間は、前世紀末に蓄積された様々なムーブメントの熱気が形になろうとしていた時期だった。はてなダイアリーを中心としたネット論壇の形成や、大塚英志と東浩紀による『新現実』創刊、文芸誌に対するカウンターとしての文学フリマの開催、それから太田克史による『ファウスト』創刊。妙な言い方にはなるが、これらに裏打ちされていたのは明らかにネット的なコミュニケーション(あるいは当時的にはブログ文化)のプレゼンスであり、それらの増加に伴ってむしろ現実へのフィードバックが起こった、というように見える。個人的な印象だが、『臨界点』はその最後の仇花、という感じが強い。少なくとも、『臨界点』が代表している雰囲気と、『思想地図』が代表している雰囲気は明らかに異なるのである。
美少女ゲーム業界的にはどうだっただろうか。
2004年というのは、『Fate/stay night』(TYPE-MOON)と『CLANNAD』(Key)が発売されると共に、『ひぐらしのなく頃に』が総集編の発売によって大ブレイクしたという、美少女ゲーム業界の一種のピークであるとともに、移行期であった。それを示す言葉が、まさに『臨界点』によって提唱された「雫の時代」だった。それは、簡単に言えば実存主義的な想像力の時代としてまとめることができる。
一九八五年が『新世紀エヴァンゲリオン』の年で、一九九六年が『雫』の年なんですが、それ以降、僕たちの周りの作品にはひとつの共通したフォーマットがあったと思うんですね。ひとことで言うと実存主義化で、『エヴァ』以前には、思春期の悩みがストレートにアニメやゲームで表現されるのは決してメインストリームではなかった。けれども、一九九五年以降は、美少女ゲームだけではなく、サブカルチャーのチープさをまといつつ、トラウマや癒しをテーマにした作品がばっと増えた。これは『エヴァ』が作り上げた独特のパラダイムと言えると思う
しかし、この言い方だけでは誤解を招いてしまうだろう。たとえば、『エヴァ』と『雫』と『ONE』を実存主義の一言でまとめてしまうのは、明らかに抜けが多いと言わざるを得ない。たしかにそれぞれに実存主義的な要素を持ってはいたかもしれないが、それが作品の本当の核なのかと言われれば、そうではない。そのために求められたのが、恐らくは「セカイ系」という言葉ではないだろうか。この言葉は、別な言葉で表現しようとしたときに必然的に抜け落ちてしまうような空白を全て抱え込んでくれたところがある。だからこそバズワード化し、いまいちその中心的定義が分からない言葉になってしまったのは、ある種の必然だったのかもしれない(※68)。そして、ここではそういう便利な記号として、一種な要石としてその言葉が機能していたのだ、という程度の認識に留めておくこととする。そういう位置づけなのだから、それを掘っていっても定義上何もない。
むしろ東の発言に登場している「トラウマや癒し」という言葉の方が重要だろう。癒し系という言葉がその象徴である。その代表格としては飯島直子や優香といった人物が挙げられる。彼女たちは缶コーヒー「ジョージア」のCMに出演することで癒し系としての認定を受けるとともに、その概念を周知することとなった。それはおよそ、2000年前後のことである(※69)。彼女らの果たした機能は、要は見ている人を安心させるというものだ。確かに美少女ゲームには癒しの側面があった。しかし、それは決して癒し系とカテゴライズされるような代物ではなかった。そこにはもっと強烈なカタルシスが――そしてまさにその点においてこそ『エヴァ』と共通点を持っている――からだ。その潮流は、当初、泣きゲーと呼ばれた。雫の時代の作品は、むしろ泣きゲー的カタルシスという点においてこそ整理されうるものである。
文=村上裕一
※66 『BLACK PAST』増刊号 『ビジュアルノベルの星霜圏』コミックマーケット81 12/31(土)東 Q-31ab サークル名「BLACK PAST/最終批評神話」にて頒布
※67 BLACK PAST | トップページ
http://blackpast.jp/
※68 この経緯は前島賢『セカイ系とは何か』に詳しい。本書の指摘で重要なのは、セカイ系という言葉の定義が時期ごとに異なっているということである。だいたい三期ほどを見ておくのがよいだろう。第一期は『エヴァ』の影響が色濃かった2003年まで。第二期はそれから2006年までの『臨界点』=『ファウスト』時代。そして第三期が『ゼロ年代の想像力』出版以後である。
※69 あまりにも個人的な記憶で恐縮だが、この頃、覇権的な人気を誇っていたテキストサイト「侍魂」の2001/2/21の日記に以下のような記述がある。「あと脅されてるときにテレビで優香と飯島直子をみて/始めて癒し系の意味を理解した」http://www6.plala.or.jp/private-hp/samuraidamasii/sou/2/2go.htm
関連リンク
波状言論>美少女ゲームの臨界点
http://www.hajou.org/hakagix/
11.12.18更新 |
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