Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第六章 ノベルゲームにとって進化とは何か【1】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
前回まで、我々は20世紀のアダルトゲームを分析しながら、美少女ゲームがどういうものであったのかを考察してきた(※86)。それは言わば、起源(1980年代)から世紀末(2000年)への道程だった。ここからは世紀末から21世紀への道のりとして叙述を進めていきたい。
21世紀の美少女ゲームを考える上で、まず触れたいのはTYPE-MOONの仕事である。
TYPE-MOONとは、1999年に結成された同人サークルであり、現在は有限会社ノーツのゲームブランドだ。同人ゲーム『月姫』(2000)の成功によって名を馳せ、その後も続々と話題作を発表し、今となってはアダルトゲーム界の、そしてノベルゲーム界の代表的なメーカーとして認知されている。
TYPE-MOONはなぜ重要なのか。もちろん作品内容的にもそうなのだが、その現れ方こそが重要である。そこで、少し回り道になるのだが、同時期の同人ノベルゲームの状況確認から始めたい。
世紀末において美少女ゲームというジャンルが沸騰していたのにはいくつかの理由がある。たとえば、日活ロマンポルノ的なメディアとして、エロがあれば何をやってもよいという環境だったことはよく知られている。実際、まだ当時の美少女ゲームは知名度が低かったため、表現の自由度が高かった。
現在と比較すれば、パソコンのスペックや技術が発達していなかったことも重要だ。美少女ゲームの基礎的な形式である、立ち絵とテキストというようなシンプルな組み合わせは、かように貧困な環境に適応したインターフェイスだった。そして、表現形式が貧困だったため、内容で勝負する必要があった。
もう一つ付言すれば、当時は日本におけるインターネットの勃興期でもあったということだ。当時は、常時接続環境としてのISDNが広まり、CATVやADSLといった高速回線が登場し始めた時期だった。美少女ゲームユーザーは、アーリーアダプターとしてネットを活用していた。そして、ネットの口コミによって美少女ゲームもまた広く知られるようになっていった。
こういった要素の共通項として、ユーザーとメーカーの距離の近さを挙げることができる。それは、メーカーとユーザーが近い、と言った意味であると同時に、ユーザーがいつでも製作者側に立つことができる、ということを意味している。その証左として、同人ゲームというジャンルの興隆があった。
世紀末の同人ゲーム業界は、ゲーム性から考えればむしろ進んでいた。たとえば当時大きな存在感を誇っていたのは渡辺製作所の『THE QUEEN OF HEART'99』である。これはLeafのキャラクターを利用した二次創作格闘ゲームである。筆者の記憶でも、当時の低スペックなマシンで快適に動いたことが印象深い。かような出来の良さに加え、アペンディックスとしてキャラクターが増えていくということ、何より当時の圧倒的な葉鍵人気を背景にして、渡辺製作所は大変な人気を博していた(※87)。
葉鍵人気を背景にしていたということは、ノベルゲーム人気を背景にしていたという意味でもある。そして、格闘ゲームのような技術的に発達した分野の作品が隆盛していたからには、無論のことそれよりは簡単に制作できるはずの同人ノベルというものも存在していた。
実際、ノベルゲームの制作環境は、2000年当時ですら、かなり充実していた。たとえば『月姫』や『ひぐらしのなく頃に』のエンジンであるNScripter、『Fate/stay night』のエンジンである吉里吉里などは、すでに実用的なフリーウェアのエンジンとして公開されていた(※88)。また、アリスソフトのゲームエンジンであるSystem3も研究用として配布されており、そのままノベルゲームのエンジンとして使うことが可能だった。
ということで環境は充実していたのだが、同人ノベルゲームの存在感があったのは、即売会を中心とする同人市場というよりも、むしろ金銭に結びつきにくいネット上においてだった。
一つの理由は、オリジナルよりも二次創作が流行っていたからだ。これはある意味当たり前で、同人というのはほとんど二次創作を示唆している。『雫』や『痕』に衝撃を受けた人々が、それを超えるオリジナルを開発しようとする前に、まずそれらの作品で遊び尽くそうと考えたのは自然なことではないだろうか。
そして、その流れをエンパワーするうってつけの開発環境があったのだ。それがDNMLである。
DNMLは、デジタル・ノベル・マークアップ・ランゲージの略称である。見た目からも明らかだが、HTMLを意識したスクリプト言語であり、ホームページを作るような調子でノベルゲームを作ることができたエンジンである。
しかし、DNMLが重要なのは別な理由によってである。このエンジンはSusieという画像閲覧ソフトと連携していた。Susieは、様々な開発者が提供するプラグインを搭載することで、暗号化されている商業作品のゲーム画像を抽出することができたのである。そして、Susieと連携したことによってDNMLは、本物の作品と同じ材料を使って別な物語を作ることができるツールとなったのだ。それはまさに、最強の二次創作ツールと呼ぶにふさわしいものだった。
文=村上裕一
※86 とはいえ、さすがに分量の問題で色々と落としている要素があることは否めない。特に欠けているのはアリスソフトと戦略シミュレーション的なゲームたちの系譜である。先んじて述べておけば、『鬼畜王ランス』や『大悪司』を代表とする戦略シミュレーションゲームはこの20年に渡ってユーザーの大きな評価を獲得しており、売り上げレベルでも実売でほとんどが業界トップといった体だ。またアリスソフトに限らず、近年であれば『神採りアルケミーマイスター』のような大ヒット作品も出ている。話題作という程度にまで射程を広げればさらに様々な作品を取り上げることができる。このようなオールタイムベスト的な人気から、これらは21世紀的な射程の問題として考えることができる。しかし、戦略シミュレーションは一般向けゲームとの関連で発達してきた分野であることは、それこそ『信長の野望』といった作品の存在からも自明だろう。ということは、このジャンルの問題はさらに広い射程の話になるということだ。従ってこれを組み込むことは論述のいっそうの複雑化が予想されるため、物語とエロスという二つの基軸要素を中心に分析しているという筆者の指向性があることをここに念のため記しておく。
※87 渡辺製作所は、『THE QUEEN OF HEART』シリーズを代表とする格闘ゲーム以外にも、Keyのキャラクターが登場するアクションゲーム『あゆちゃんパンチ!』『魔物ハンター舞』などを発表している。また、TYPE-MOONとの関係においては、何と言っても『MELTY BLOOD』の制作が極めて重要である。
※88 まさにここで説明されているように、フリーウェアのゲームエンジンそれ自体が、どんどん商業メーカーにおいても使用されるようになっていった。NScripterはねこねこソフトやオーガストにおいて使用されてきたし、吉里吉里はほとんど事実上その後継エンジンとして、今なお様々なメーカーで利用されている。
関連リンク
TYPE-MOON Official Web Site
http://www.typemoon.com/
12.02.12更新 |
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