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Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第六章 ノベルゲームにとって進化とは何か【2】

様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
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二次創作という言葉には、大塚英志が指摘するように、アイロニーがある(※89)。それは「二次」であるのにもかかわらず「創作」であると主張したがっているということだ。

DNMLは、はからずもこの欲望を正面から捉えているところがあった。というのも、「文章の内容以外のほとんど全てが、オリジナルと同じ材料で作られる」と言えば、普通はファンディスクや追加シナリオのことであり、それはまさに創作者である製作元の権利だからだ。

この事実は強みであると同時に、弱みでもあった。

強みは、まさに先述した通りの、至高の二次創作性にある。ユーザーは、これを使うことで本当の製作者に成り代わることができる。あるいは、より純粋な形で、自分の考える作品の理想像を再現することができる。

問題は、オリジナルを利用し過ぎた、まさにそれゆえの脆弱さにある。DNMLは、ある特定の作品にパラサイトする形で機能する。たとえば『Kanon』のDNMLは『Kanon』をインストールしていないユーザーには見ることができないのだ。これを避けようとして画像や音楽データを同梱して配ることは著作権侵害になってしまう。この問題はシステム的な欠陥だとも言えるだろう。

また、いかに二次創作だとはいえ、オリジナルに依存しすぎることも問題である。多くの同人作家がブレイクしたのは、やっているのが二次創作だとしても、そこに還元しきれない作家の個性あってのものである。DNMLは必然的に、それを使う二次創作者の個性を奪ってしまう。

この意味でDNMLは、現われるべくして現われたにもかかわらず、定着するには早すぎたツールだったと言えるだろう。東浩紀は『動物化するポストモダン』にてDNMLに触れているが、そういう方向性から考えれば、DNMLとは作品を一人の権利者から匿名の複数者へと解放するポストモダン的なツールだった。しかし、文化や制度がそれに追いついているかはまた別である。つまりDNMLとは、美少女ゲームという文化の成熟と、これにかかわる制度の未成熟を、同時に告げるような存在として現われてきたのである(※90)

実際のところ、DNML自体は、ツール自体の更新が早期に止まってしまったため、後年の美少女ゲームに対応することができなかった(※91)。しかし、DNMLが唱えた、同じ素材を使って別な物語を作るというコンセプトは、形を変えてニコニコ動画におけるアイドルマスター動画などへと繋がることとなった(※92)

ではDNML以外にノベルゲームの潮流はなかったのか。ある。もっとも重要なのは『Kanoso』(いつものところ、1999)の大ヒットである。

本作は『Kanon』のパロディだ。ほとんど同じストーリーラインを辿るのだが、大きな違いがある。それは全編が、他の漫画やアニメ作品のパロディで満ちているということだ。とりわけ『グラップラー刃牙』ネタの存在感は圧倒的に強く、後の『Kanon』同人にも大きな影響を与えた。数行ごとに仕込まれるネタの豊富さと、選択肢を間違えると常に死に直結する極端さは、後の美少女ゲームにも間違いなく受け継がれている(※93)

しかし、注目すべきは『Kanoso』の続編である『Kanoso64〜うぐぅ来訪者〜』(いつものところ、2000)が、単なるパロディ作品ではなく、ある種のシリアスさを抱えたメタ・パロディ作品になっている点だ。それは、端的にはクライマックスにおける「なぜ私達は物語の登場人物なの」という問いに象徴される。

象徴的であると同時に症候的でもあるようなこの事例は、恐らくDNMLのような受容に対しても無縁ではない。『Kanoso』的なパロディがノベルゲームで成功を収めたはずなのに、早くもパロディだけであることに耐えられなくなり、キャラクターに自己言及をさせてしまったことと、自己言及的なシステムによって本来は停止しているはずの過去作品を駆動させ続けたDNMLは、同じノベルゲーム的な限界を共有していたのではないか。

むろん、この周辺の事情は全て間接的な関係に過ぎない。いわば深読みの対象でしかないということだ(※94)。しかしながら、その流れの中で「原稿用紙5000枚以上」という鳴り物入りの登場を果たしたのが『月姫』だった。

†物語空間の設計

『月姫』は2000年いっぱいをかけてリリースされた。その年の夏コミに半月版が、冬コミに完全版が出た。冬コミの翌月にはアペンドディスクである『月姫PLUS-DISC』が発表され、次の夏コミではファンディスク『歌月十夜』が発表された。早くもこの頃には、大変な行列が並ぶ超大手サークルとなっていた。それは実に、『月姫』完成から半年強の出来事である。

『月姫』の重要性は、単なるシナリオの長さを超えた世界観の広がりにある。これはいわゆる東方projectの懐の広さにも繋がる話であるかもしれない。東方が二次創作の広がりを意識して設計されていることは有名である。それを『月姫』に当てはめることは性急だが、しかし、期せずしてそのような機能を果たしていたことは恐らく間違いない。
文=村上裕一

※89 たとえば『物語の体操』など。

※90 筆者は、美少女ゲームというものを精神の制度であると考えている。この点において、DNMLが非常に早い段階で、美少女ゲームという精神の制度の、剥き出しのメディアとしてあったと考えることはできないだろうか。筆者はそう考えている。
というのも、たとえば吉里吉里やNScripterと言った他のエンジンに対して、本文でも説明したように、DNMLはパッケージの美少女ゲームや、そこからデータを引き出すためのツールであるSusieとの結びつきが強い。逆に、実際にはこういうものを使わずにオリジナルの作品を作ることも可能である(現にわずかながらそういう作品も存在した)。
にもかかわらず、DNMLにおいてそれは前提ではない。DNMLはやはり明確に過去の作品の素材を指定して、それを配置することをツールの本願としている。このとき、単に素材を指定するというだけなら他のツールも行なっている基本的な仕組みである。違いは、素材をオリジナルで用意するか何らかの作品にパラサイトするかだ。問題は、この「ノベルゲームの作り方」それ自体が無色透明なものではない、ということである。
より明確に言おう。美少女ゲームはノベルゲームとは違う。なぜかというと、美少女ゲームはノベルゲームの形式を拡張し、さらにその仕組みを内面化した精神を持っているからだ。それは決して無色透明なものではない。たとえば『YU-NO』が自己言及的な、ゲームを物語化したような物語であることは既に述べた。『YU-NO』に対して吉里吉里のようなゲームエンジンは透明である。なぜなら、『YU-NO』は吉里吉里のようなエンジンの仕組みを内在的に表現しているからだ。しかし、DNMLは、『YU-NO』に対しても異物的、不透明である。なぜなら、『YU-NO』がゲームエンジンに対して行なっているような動作そのものをDNMLが表現しているからである。
DNMLの成立にはかなりの偶然性があった。たまたま美少女ゲームが新しいメディアとして勃興し、技術の過渡期であったためハックが容易であったなどという、いくつかの要因が重なっていた。したがって、少し技術が進展すると、ツールの更新が追いつかなくなったり、あるいは美少女ゲームの盛り上がりが薄れ、注目がパソコンではなく家庭用ゲーム機に移動したり、全く別なジャンルのゲームが流行ったりして、DNMLという固有のものは忘却の憂き目にあうこととなった。以降の注で詳述されるが、しかし、それが体現していた精神はかなり普遍的なものがある。それゆえにニコニコ動画などで再発見されることとなった。その意味からすれば、DNMLはむしろ、早すぎたのである。

※91 たとえば画像解像度が640×480でなくなったことがクリティカルな要因であった。

※92 1998年前後のDNMLの活況と同時に盛り上がっていたのは、いわゆる静止画MAD動画の隆盛だった。これは、美少女ゲームのイベント絵や立ち絵(静止画)を、既存のアーティストの楽曲と組み合わせて、PV調にした動画作品のことである。アンダーグラウンドで流通しており、DNMLが直面した著作権問題をある意味スルーする形で生き延びた。このPV化がポイントで、もともとMADと言われていたものは既存の音声や動画をパッチワークして、ありえない表象を作り出すことを目的としていた。従ってそれはしばしば一種のギャグ作品として存在していたのだが、上記の流れで、音楽的に洗練していくという方向性ができてきた。ニコニコ動画における『アイドルマスター』受容は、MAD文化的にいえばまさにそこまでの流れの、帰結だけを取り戻したものと考えることができるだろう。興味深いことに、あたかも先祖返り的にアイマスでDNMLのようなことをしている動画がいくつも存在する。さらに言えば、プラグインさえ拡張すればいくらでも作品世界を増やすことができたはずだという点において、DNMLはMMDに似ている。この辺りについては、詳しくは拙著『ゴーストの条件』第二部を参照されたい。

※93 これは直接的な影響というわけではないのだが、前者はタカヒロの『つよきす』『まじこい』に、後者はそれこそTYPE-MOONの諸作品に間違いなく続いている。また、『Kanoso』と同系の、ある種の悪趣味なパロディノベルゲームとしては、たとえばToHeartパロディの『既知街』(犬大工)などが当時話題になっていた。

※94 とはいえ、後のオーガストが同人ノベルゲームを出発点にして現われたこと。Keyの作品に極めて大きな影響を受けたねこねこソフトがNScripterで『銀色』(2000)を制作し大ヒットしたことなど、この周辺が全体として大きな流れを描いていることは間違いないと思われる。

関連リンク

TYPE-MOON Official Web Site
http://www.typemoon.com/


村上裕一 批評家。デビュー作『ゴーストの条件』(講談社BOX)絶賛発売中!最近の仕事だと『ビジュアルノベルの星霜圏』(BLACKPAST)の責任編集、ユリイカ『総特集†魔法少女まどか☆マギカ』(青土社)に寄稿+インタビュー司会、『メガストア』2月号のタカヒロインタビューなど。もうすぐ出る仕事だと『Gian-ism Vol.2』(エンターブレイン)で座談会に出席したり司会進行したりなど。またニコニコ動画でロングランのラジオ番組「おばけゴースト」をやっています。http://d.hatena.ne.jp/obakeghost/ WEBスナイパーでは連載「美少女ゲームの哲学」とラジオ番組「村上裕一のゴーストテラス」をやっています。よろしくね!
twitter/村上裕一
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12.02.18更新 | WEBスナイパー  >  美少女ゲームの哲学
文=村上裕一 |