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Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第一章 恋愛というシステム【4】

様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
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†キャラクターの生起

改めて確認すると、『To Heart』は Leafから発売されたアダルトゲームで、発売後大きな反響を呼び、さまざまなメディアに移植された。巨大な影響としてはコミックマーケット(以下コミケ)を代表とする同人市場を席巻したことで、後に KEYのファン層と合流して「LeafKey(葉鍵)」というジャンルを形成し、未だにこのジャンル分けがコミケ内に残っていることからもその反響は窺い知れる。また、今となっては当時ほどの勢いはないものの、匿名掲示板2ちゃんねるにLeaf・Key板が存在することも印象的な事実である。それまでは21禁のBBSPINKにおけるアダルトゲーム枠で一括されていたものが、その勢いやらユーザーの跳ねっ返りぶりやらが相まって隔離されたのだった。

ゲームとしてはLVNS――リーフ・ビジュアル・ノベル・シリーズ――の第3作に位置づけられている。つまりこれは最初からノベルゲームとして設計されていたわけだ。この系譜については項を改めて論じたい。ただ一つ言えるのは、このシリーズの前2作は恋愛が必ずしも主題ではなくむしろ伝奇ホラー系の作品であったということだ。実際には、前2作において『To Heart』を成立させるシステム上の要素がかなり出揃っており、ホラー要素を抜いた結果、それが『To Heart』において剥き出しになったのだと考えることができるだろう。

『To Heart』は、非常にオーソドックスな、まさにテンプレートというべき形式で作られているため、ここにナンパゲームの起こした問題が制度的なレベルで抽象化されかつ内面化されたのだ、などと言ってしまえば、あまりにも仰々しい印象を受けるだろう。裏をかえせば、それはシステムがそれだけ洗練されているということを意味する。

では『To Heart』は何をしたのか。それは、すでに何回か述べたことだが、『同級生』におけるような自由度を制限し、時間ではなく物語を制度にしたことだ。より具体的に言えば、本作では物語の単位がヒロインと等しくなっているのである。1ヒロイン1ルートの原則とでも言えばいいのだろうか。無論これは、セックスというご褒美を手に入れる過程としては『同級生』と同型である。しかし、もっとも本質的な違いは、『同級生』が一種の逆算的計算によって――セックスがあるからには恋愛があるはずだ――シナリオを設定したのに対し、『To Heart』の次元では、セックスは「事実上」おまけに過ぎないのである。

このおまけ性は前述したファンタジー系アダルトゲームと呼応している。あくまでも目的達成の一種の印としてそれが与えられるのであって、それそのものが目的なのではない、という名目がここにはある。中山文十郎が想定した、ナンパゲームではない(そして鬼畜でもない)アダルトゲームがまさにここにあると言えるだろう。しかしそれは具体的にはどういうことなのか。それは、1ヒロイン1ルート化した結果、各ヒロインが、主人公による憑き物落としの対象となったことを示している。各ヒロインは物語を形成するだけの「問題」を内面に抱え込むこととなり、いわば、攻略されるべき存在として対象化される――本質的に攻略対象となるのである。

実際、『To Heart』と比較すれば『同級生』の物語は貧弱である。その貧弱さを『同級生』は細かい時間管理や煩雑な操作によって代補しているというのが実情だろう。これは言わば、ゲームそのものに対しては、『同級生』が非常にコミュニケーション的であり、一方『To Heart』はコンテンツ的である、ということを意味している。操作の実感が『同級生』の恋愛性を支えている。それに比べれば、選択肢を選ぶだけという『To Heart』はまるで作業量に乏しく、まさに読むだけの作品である。それでも、現代から振り返ってプレイしてみるとむしろ今の我々には選択肢自体の量が極めて多く煩雑に感じられるだろう。この傾向は後にさらに洗練され、選択肢に遊びがなくなった結果、選び間違えると死ぬという極端な選択肢か多出するものや、ヒロインを選択する以外に選択肢が存在しないもの、あげく選択肢が存在しないゲームすらも登場することとなる。

また、『同級生』と『To Heart』を比較した場合、人物造形において大きな差異がある。そこにも、ゲーム性のパラダイムシフトが現われていると考えることができる。例えば『同級生』には14人ものヒロインが登場するし、とりわけ田中美沙や仁科くるみ、黒川さとみといった名は今もなお根強くファンを残す固有名として存在しているわけだが、『To Heart』の登場人物と比較したときはっきりするのは、いわゆる「属性」「萌え要素」が薄い、という事実である。ビジュアルのレベルでは多様なものの、キャラクターとしての文脈がどちらかと言えば弱く、人数の多さも、この観点からはネックになっているだろう。これに対して『To Heart』はあまりにもはっきりしている(※15)。神岸あかり=幼なじみ、長岡志保=コギャル、保科智子=委員長、宮内レミィ=ハーフ、来栖川芹香=魔女、松原葵=スポーツ少女、姫川琴音=超能力者、雛山理緒=貧乏人、マルチ=ロボット、というようにそのキャラクターが担う属性が完全に明確化されている(※16)。これは、ある意味で人間を選ぶというよりも、物語のジャンルを選ぶという体験に等しいと言えるだろう。ところが、そのような意匠によって演出される分岐ごとの強い差異が、言わば振り返ってくる形でそれぞれの物語の主役としての諸ヒロインの存在感や独立性を強めるという効果を果たしている。

ともあれ話を戻せば、同じ恋愛ゲーム(シミュレーション)と言えども『同級生』と『To Heart』の間には大きな断絶がある。本論は『同級生』が古典的形式として「恋愛」を発見したという道具立てについて論じてきた。しかし、それが真に内面化されたのがまさに『To Heart』以降なのである。つまり、ナンパゲームとしての布置が放棄されることで「恋愛」がシステムとして完全化したのだと考えることができる。しかし、システムとしての「恋愛」とはいったい何か。それは「憑き物落とし」と先述したことからも明らかなとおり、一種の共依存の体系を意味している。「恋愛」は登場人物から自由を奪い、そのことによって人物を特別な存在として見出す。即ち、「恋愛」こそが主人公とヒロインを作り出すシステムなのだ。その結果、『同級生』に体現されていたような一種のリア充的で爽やかで健康的な主人公像や恋愛観が――鬼畜的な作品でなくとも――疑問に付され始める(※17)。あくまでも日常的な学園や世界を舞台にしているにも拘わらず、そこで普通にしか見えない恋愛をしているはずにも拘わらず、それが必然的に問題化するような文脈が形作られてしまうことになる。

そしてその萌芽はすでに『To Heart』にすらも現われているのだ。例えば、大きな貫通的物語が存在せず、単純に登場人物の数だけ恋愛(=世界)の可能性があったのだというシミュレーション的意匠で展開されるこの作品では、むしろ『同級生』的欲望、即ちナンパゲームの欲望が満たされやすくなっている。というのも、この仕組み下においては『同級生』以上に個々のヒロインに深くコミットしなければならないが、それによって展開する物語はエンディングに至ることで、ゲームプレイの経験上は終わりを迎え、事実上も形式上もリセットされ、次回以降のプレイでは何事もなかったかのように記憶喪失した気分で新しいヒロインとの恋愛を楽しむことができる。むしろ、『同級生』のような繊細な時間管理から解放されている分、こちらのほうが楽だとすら言えるかもしれない。しかし、問題は、そんな都合のいい記憶喪失が本当に可能なのか、ということである(しかも、ループうんぬんの問題が作品内に現前化する以前においてでだ)。

例えばアダルトゲームのシナリオライターである元長柾木はこのように語っている(※18)

なんで Leafのビジュアルノベル・シリーズに画期を見るかと言ったら、やっぱり、あのものすごく微妙な表情変化なんですよね。Susieとかで画像を抜いてみると、ホントに少ししか動いてないんですよ。逆にF&Cのゲームって、喜怒哀楽だけというか。大雑把なんですよね。それに比べると、「喜」ひとつとってみても、恥じらっているのか怒りながらなのか、そういう微妙な感情が盛り込まれるのは、あの辺が最初じゃないのかな。

東浩紀『批評の精神分析』(講談社BOX、2007)222頁より引用

このような、今から考えればあまりにも些細に思われるような表情変化が、1ヒロイン1ルートの制度と重なり合うことによって特別な意味合いを持つようになる。もちろん、それは本来は『同級生』にもあったはずの要素である。即ち、架空の青春のシミュレーションなのではなく、虚構の存在との恋愛的なコミュニケーションが現在系で進行されるようになったのだ。ここから、表層上のナンパゲームというコンセプトが放棄されることによって、恋愛ゲームは人間的なゲームからキャラクター的なゲームへと移行したと考えられるのではないだろうか。

このとき『To Heart』以降のある潮流が特徴的なのは、メディアとしては、物語を読んでいくだけのノベルゲームであるはずなのに、そこにおいてキャラクターを対象とする新しいコミュニケーションが成立している点である。『同級生』にあるのがコミュニケーションのシミュレーションだとすれば、『To Heart』ではコミュニケーションそのものが生起しているという見方がここにはありうる。そしてその証左として、すでに述べた通り、『To Heart』が二次創作の市場で圧倒的な人気を博し、現代にまで繋がるような流行に至ったという事実があるのではないだろうか。
文=村上裕一

※14 セックスがおまけだという発想が体裁とはいえ古くからあったことは重要である。それは『ドラゴンナイト』におけるファンタジーにおいてもそうだったわけだが、結局この流れが強まった結果セックスが大した意味を持たない感動系としてKEY作品が隆盛し、セックスがないのに「美少女ゲーム」的な作品として『Ever17』や『CLANNAD』、『Steins;Gate』などが現われるに至っている。

(c)AQUAPLUS Co.,Ltd.
(c)AQUAPLUS Co.,Ltd.
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※15 『To Heart』PS版(株式会社アクアプラス/Leaf、1999)マニュアルより。

※16 そして、かようなキャラ立ち=萌えの文脈があったからこそ後に『To Heart』が二次創作市場で一大勢力を誇ったのだとも考えることができる。本章末尾の叙述と対応。

※17 例えばエルフの主人公は鬼畜ゲーでない限りカラッとした爽やかなキャラづけである。他方でLeafの場合、『雫』『痕』がそうであるように鬱屈や懊悩が主人公の性格を基礎付けている。『To Heart』の主人公は例外的にエルフ的なリア充キャラなのだが、後のアニメ版で大幅にキャラ修正され、何を考えているか分からない人物になるが、それは爽やかさと鬱々さの対立の結果かもしれない。まして次作の『White Album』は浮気ゲーなわけだが、エルフ的主人公ではこの作品は成立しなかっただろう。

『批評の精神分析』著=東浩紀(講談社BOX、2007)
※18 『批評の精神分析』著=東浩紀(講談社BOX、2007)222頁より


関連リンク

株式会社エルフ ホームページ
http://www.elf-game.co.jp/

elf | 同級生オリジナル版 - アダルト美少女ゲーム - DMM.R18
http://www.dmm.co.jp/digital/pcgame/elf/dokyusei.html

エルフ | 下級生−オリジナル復刻版− - アダルト美少女ゲーム - DMM.R18
http://www.dmm.co.jp/digital/pcgame/elf/kakyusei/index_html/

AQUAPLUS ホーム
http://aquaplus.jp/index.html
村上裕一 批評家。初の単著となる『ゴーストの条件』が講談社BOXからようやく10月に出版予定。 最近の書き物は同人誌『アニメルカvol.4』に岡田麿里作品論「ノスタルジーの文法――岡田麿里の世界観」 同人誌『BLACK PAST』に魔法少女まどか☆マギカ論「受胎の記憶――ループと忘却のメカニズム」など。 あとニコニコ動画で「おばけゴースト」というラジオ番組やってます。http://d.hatena.ne.jp/obakeghost/
twitter/村上裕一
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11.07.16更新 | WEBスナイパー  >  美少女ゲームの哲学
文=村上裕一 |