Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第三章 探偵小説的磁場【7】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
†溶解する探偵小説的フレーム
ところで、筆者自身も書いていて禁じ得ない感情は、『YU-NO』まで来ると「探偵小説的磁場」とは言っても相当に抽象化されてしまっているということだ。もはや探偵とは関係ないのではないのかと思われてもしょうがない。むろん『YU-NO』という作品は父探しという点で「探」偵小説的なものを完全に内面化していることは、蓮實重彦的な物語理論を噛ませて抽象的に考えずとも容易に理解して頂けるものと思うし、そもそも剣乃ゆきひろという探偵小説クリエイターの文脈を考えれば、わざわざ補足するほうが野暮にすら思えてくる。それでもそんなことを言いたくなってしまうのは、『YU-NO』があまりにも様々な要素を含んでしまっているからである。
確かに『YU-NO』は純粋な探偵小説ではない。そして、本連載が提出しつつある主張は、いわば『黒の断章』的な探偵小説が不可能になっていく過程がアダルトゲームの歴史に現れているのではないか、ということだ。例えば最初に触れた「跳躍」の「超展開」化というものは、この不可能性の一面であると想定することができる。この想定が正しいかどうかは別として、主に20世紀を主要な論述対象としている現況にあっては、そろそろ章を閉じねばならない。そこで第三章の〆として、ある調べ物をしておきたい。それは、データ的に、いわゆる探偵小説的なゲームはどうなってしまっているのか、ということを確認し概観するということである。最後にそれかよ、と思われるかもしれないが、本連載では後に世紀末と21世紀の作品も取り上げるので、その前準備も兼ねているということでご了承願いたい。
調べ方は例に習って「エロゲー批評空間」である。このサイトではPOVというタグづけによってあるゲームがどんな要素を持っているかを管理することができ、それをユーザーがクラウド的に投稿している。従って、いわゆるジャンル名やタイトルからでは分からない内容的な部分を捉えることが可能であるということだ。むろん半匿名のユーザーたちによる自発的な投稿であるため、完全とは言いがたいかもしれないが、それゆえに中立的であることが望めるし、また自分で全てのゲームをプレイするよりもはるかに現実的かつ有益であると考えている。
ということでさっそくデータを収集したのでそれを見てみよう。さしあたり三つのキーワードに依拠した。
取り上げるPOVの一つ目は「ミステリーの世界」だ。タイトル通りであるともいえるし、説明書きによると「狭義の意味の謎解きものだけでなく、広義の意味でのミステリー全般を集めよう」というのが趣旨とのこと。これはむしろ我々にとっては好都合な定義である。というのも、狭義のミステリが減り、広義のミステリが増えていることこそが我々の期待する流れだからだ。
■1 POV「ミステリーの世界」(10P以下を除外)
○1995 EVE 〜burst error〜
1996 雫
1996 痕
1996 この世の果てで恋を唄う少女YU-NO
1997 遺作 (Win)
2000 Phantom 〜Phantom of inferno〜
△2000 書淫、或いは失われた夢の物語。
2000 果てしなく青い、この空の下で…。
2000 二重影
2001 21-Two One-
2001 水夏〜SUIKA〜
2001 歌月十夜
2002 腐り姫
△2003 あした出逢った少女
△2003 Ever17
2003 CROSS†CHANNEL
2003 沙耶の唄
△2003 河原崎家の一族2
△2003 FOLKLORE JAM
○2003 EVE
○2003 新・御神楽少女探偵団
2004 Fate/stay night
2004 Forest
2004 CARNIVAL
△2004 何処へ行くの、あの日
2004 3days
○2004 ミステリート〜不可逆世界の探偵紳士〜
2004 そらうた
2004 ひぐらしのなく頃に
2004 神樹の館
○2004 十次元立方体サイファー 〜蒼き月の水底〜
○2005 カルタグラ
2005 鎖 -クサリ-
2005 Fate/hollow ataraxia
2005 あえかなる世界の終わりに
2006 ゴア・スクリーミング・ショウ
2006 ひぐらしのなく頃に解
○2006 PP-ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞
2006 終末少女幻想アリスマチック
2007 いつか、届く、あの空に。
2007 レコンキスタ
○2007 EVE 〜new generation X〜
○2007 つくとり
2007 うみねこのなく頃に
2008 夏神
2008 CHAOS;HEAD
2008 G線上の魔王
○2008 殻ノ少女
2009 ナツユメナギサ
○2009 クロウカシス 七憑キノ贄
2010 素晴らしき日々
煩雑をさけるためにタグが11個以上の作品のみを取り出した。いくつか明らかな探偵ものが抜けているのはそのせいである。頭に○をつけたのは純然たる探偵もの、△をつけたものは捜索過程などが探偵ものに準ずるような描かれ方をしていると筆者が判定したものである。さて、ここには配列上には現われていない大きな傾向が存在している。それは、いわゆる探偵ものが特定のメーカーによって担われているということだ。例えば『EVE』はシーズウェアであるし、探偵紳士シリーズは菅野ひろゆき率いるアーベルの管轄である。そして、実はinnocentgreyというブランドが実は『カルタグラ』『PP-ピアニッシモ-』『殻ノ少女』『クロウカシス』を手がけている。このようにお家芸にしているブランドを除いていくと見えてくるのは、この「ミステリーの世界」というPOVに思いのほか沢山の数の業界的に成功したコンテンツが紛れているということだ。『ひぐらし』『うみねこ』は無論そうだが、『CROSS†CHANNEL』や『Fate/say night』、『G線上の魔王』『素晴らしき日々』などがそれである。本当はPOVのタグ数も吟味せねばならないが、ある程度でも、大ヒット作品の中にはある種のミステリ要素が込められているのだろうという推測が成り立つ。実際このタグがつくだけあって、「宝探し」的な抽象度の高さでのミステリらしさではなく、探偵小説的な体裁を取っていないものの確かにミステリ的な「謎」をめぐってこれらの作品が駆動していることは印象レベルでは頷くことができる。
多角的に見るために別なPOVを調べてみよう。次は「ハードボイルド」である。
■2 POV「ハードボイルド要素が高い(作品)」(同人、FC・リメイク、3P以下除く)
1994 AmbivalenZ −二律背反−
○1995 EVE 〜burst error〜
△2000 Phantom 〜Phantom of inferno〜
2001 吸血殲鬼ヴェドゴニア
△2001 誰彼
2002 鬼哭街
2002 ”Hello,world.”
△2003 Routes -ルーツ-
2003 斬魔大聖デモンベイン
○2003 EVE
2004 PARADISE LOST
○2004 id -Rebirth Session-
○2004 ミステリート〜不可逆世界の探偵紳士〜
△2005 MERI+DIA 〜マリアディアナ〜
○2005 カルタグラ 〜ツキ狂イノ病〜
2005 あやかしびと
2005 ダンシング・クレイジーズ
2005 あえかなる世界の終わりに
2005 車輪の国、向日葵の少女
2005 刃鳴散らす
2006 Scarlett 〜スカーレット〜
△2006 BALDR BULLET ”REVELLION”
○2006 PP-ピアニッシモ- 操リ人形ノ輪舞
○2006 エーデルヴァイス
2007 月光のカルネヴァーレ
○2007 EVE 〜new generation X〜
2007 Bullet Butlers
2007 続・殺戮のジャンゴ ─地獄の賞金首─
2008 魔都拳侠傳 マスクド上海
2008 G線上の魔王
○2008 殻ノ少女
2008 天ツ風 〜傀儡陣風帖〜
2008 AliveZ
2008 暁の護衛 〜プリンシパルたちの休日〜
2009 俺たちに翼はない
2009 装甲悪鬼村正
2010 暁の護衛 〜罪深き終末論〜
2010 最終痴漢電車3
2011 グリザイアの果実
2011 Vermilion -Bind of Blood-
ハードボイルドというタグづけがされている作品は比較的少なく(検索上の問題があるのかもしれないが)、結果的に低いポイント数のものまでを含めている。こちらだと「ミステリーの世界」に引っかからない作品も登場する。純然たる探偵ものもいくらか発見でき、ハードボイルドというタグと「探偵」の切っても切れない関係を再確認させられる。しかしながらあくまでも単発に留まっているイメージは拭えない。また、ニトロプラスの作品が軒並みノミネートされていることには注意が必要かもしれない。他のブランドの作品にも言えることだが、こちらはむしろハードボイルド展開の異能バトルものが多く、むしろ「新伝綺」(※46)的な概念で捉えるべきだろう。こちらには例えば『Fate/stay night』は入っていないが、むしろ同傾向の作品が散見される。
最後に、いささか極端だが、POVではなく、「探偵」と名前に入っている作品を抽出してみたいと思う。
■3 「探偵」
1987 私立探偵マックス 潜入!!謎の女子高
1988 ちょっと名探偵
1991 私立探偵マックス2 マスター・オブ・エレメンタル
1993 Night Walker 〜真夜中の探偵〜
1994 真説 大江戸探偵 神谷右京
1997 探偵・苫米地研介 普通はこうだぜ!!
1997 帝都奇譚〜道士探偵の事件メモ〜
2000 Holmes!! 〜でっちあげ名探偵〜
2001 鬼畜探偵 禿作
2002 脅迫 〜氷川探偵事務所事件ファイル〜
2002 探偵少年A
2003 こすぷれ探偵ナマ着替え♪
2003 不確定世界の探偵紳士Virginal Vol.1 ゴースト殺人事件
2003 新・御神楽少女探偵団
2004 不確定世界の探偵紳士 Rebirth!
2004 探偵紳士superバリューパック
2004 ミステリート〜不可逆世界の探偵紳士〜
2004 ペット探偵Y’s
2006 ピヨたん 〜ハウスキーパーはCuteな探偵〜
2009 不確定世界の探偵紳士 Origin!
2009 名探偵失格な彼女(非18禁)
2011 KISS×700 KISS探偵
2011 欲望回帰第426章-ショタ女装ストーカー男×痴女女探偵-
少ない。のもさることながら、単に名前に「探偵」と入っているだけの作品が結構あることにもすぐに気付くだろう。また、大部分を占めるのはアーベルの「探偵紳士」シリーズであるから、実質はさらに少なくなる。
このような結果から結論を出すのは性急に過ぎるのだが、20世紀においてはEVEシリーズが巨大なプレゼンスを発揮して後に多数のシリーズを展開することになったことを思い出せば、そのレベルの新しいものが無さそうだというアタリはつけられる。むろん、内容的に吟味すれば、例えばinnocentgreyの一連のミステリ系作品はそれこそ『黒の断章』的なものとして位置づけられるかもしれないのだが、それは21世紀の考察となるので今後の課題としておきたい。しかし、それにしても、結局ジャンル的な潮流を作るには無論のこと及んでおらず、老舗化したメーカーが淡々と同ジャンルを作り続けているという事実ばかりが確認されそうである。そういう特定メーカーの継続的な仕事を除外して見れば、むしろこの精神は、探偵小説的なものは意匠を取り外し別なジャンルの物語のパーツとなることで生きながらえているような印象を受ける。それは「宝探し」ほど抽象的な物語装置ではない。そして、これを論ずることはむしろループやメタミステリといった「美少女ゲーム」的問題を論ずることと恐らく不可分になるだろうという予感を感じている。それは優れて21世紀的問題だが、さしあたり「探偵小説的磁場」の章はここで切り上げ、この問題はまた後に論ずることとしたい。
文=村上裕一
※47 講談社ファウスト編集部によって提唱された「那須きのこ」を代表格とする伝奇バトル的なジャンルの一群を示すために作られた語。
11.10.23更新 |
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