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第13章 女上司・麻奈美【5】

アラーム音が鳴っているのにも気づかないほどに、陽太は熟睡していた。麻奈美に揺り起こされて、ようやく目を覚ました。

「ご主人様、朝です」

身体が泥のように重かった。このまま眠っていたかった。しかし、なんとか瞼を開ける。

「わっ!」

目に飛び込んできた光景が眠気を一気に吹き飛ばした。陽太は飛び起きる。思わずベッドの上で正座してしまった。

「おはようごさいます、ご主人様」

目の前でにっこりと微笑んでいるのは、全裸に赤い首輪だけをつけた格好の、かつての上司、北村麻奈美だった。

その瞬間に陽太は昨夜のことを思い出す。佳織に麻奈美の調教を任された陽太は、二人きりでこの部屋で一夜を過ごしたのだ。そして、何度も何度も交わった。3回までは覚えているが、その後はよくわからない。その前に会社の応接室でも一度射精しているので、最低でも5発は出しているということだ。体力に自信のある陽太でも、さすがに疲れた。最後には、ばったりとベッドに倒れこんで眠ってしまったのだ。

確か、その時は全裸だったはずだが、いつの間にかに下着をつけて、パジャマまで着ている。麻奈美が着せてくれたのだろう。

「お食事にしますか?」
「あ、はい……」

すると、麻奈美は耳元に唇を寄せて、囁いた。

「ご主人様らしく、お願いします」

そうだ。この部屋には隠しカメラがあり、全ての様子は佳織に筒抜けになっているのだ。ご主人様らしい態度をとっていなければ、不適格として、陽太は麻奈美の管理者の任を解かれてしまうかもしれない。しかし、自分の会社の取締役であり、社長夫人でもある佳織に、自分がセックスしているところを覗かれているというのは、いい気持ちはしない。いや、それでもしっかりと勃起してしまっていたのが陽太なのだが。

麻奈美にリードされ、なんとかSっぽいセックスを演じたのだが、所詮付け焼刃だ。たぶん佳織は見ながらゲラゲラと笑っていただろうとは思う。これで、どう判断されるかは、知ったことじゃない。

とにかく陽太は、今までの人生の中で最も甘美な夜を過ごしたのだ。

麻奈美の身体は素晴らしかった。男を興奮させずにはおかない肉感的な身体。滑らかでとろけそうな肌。どこを触っても激しく反応する感度の良さ。そして、陽太がこれまで味わったことのないテクニック。それが林原社長との長い愛人生活の間に培われたものなのか、奴隷となってから島本常務らに調教されたものなのか、陽太にはわからない。

しかし、いずれにせよ以前の凛とした女上司である麻奈美の記憶が、この快楽をさらに高めていたのは事実だ。

麻奈美は立ち上がってキッチンへ向かった。全裸の背中、そしてヒップが陽太の目に飛び込んでくる。ボリュームがありながらも、少しも垂れていないムッチリとしたその下半身を眺めているうちに、陽太の下半身は、また元気になっていた。

昨夜、あんなに出したのに。陽太は、さすがに気恥ずかしくなって、一人顔を赤らめた。


麻奈美の二日目の出勤も、当然のことながら社員たちの注目を浴びた。首輪の鎖を陽太に引かれながら、全裸で犬のように四つん這いになった麻奈美は、ハイライズ社内の通路を歩いていく。後ろから見れば、麻奈美の恥ずかしい部分は丸見えだ。脚を動かす度に、大きな尻肉が悩ましく揺れ、その狭間から、菫色の窄まりも、その下の肉の裂け目も、はっきりと見えている。男性社員は、通路に鈴なりになって好色な視線をその部分に向けていた。

麻奈美は顔を真っ赤にしながらも、姿勢を崩すことなく、しっかりと歩を進めていく。

「おい、陽太。いつこの奴隷とやれるようになるんだ? 待ち切れないよ」

一年先輩の笠野が声をかけてきた。本当にズボンの前を押さえている。麻奈美の裸身を見て、勃起してしまったのだろう。

「まだ、林原夫人の許しが出ないんですよ。もう少し待って下さいよ」
「頼むぜ。仕事が手につかないよ。なぁ、麻奈美。お前も早くおれのチンポをぶち込まれたいだろう?」

笠野はしゃがみ込んで、麻奈美の顔を覗き込む。麻奈美は唇を噛んでうつむく。笠野は、麻奈美の部下であった。すぐ楽をしようとするので、いつも麻奈美に叱られていたのだ。

そんな男に奴隷扱いをされる。陽太は、麻奈美の心中を思うと、いたたまれなくなる。しかし、これから麻奈美は、そんな屈辱が当たり前の日々を送らねばならないのだ。

陽太は、心を痛めながらもオフィスの中央を通り、社長室へと向かう。朝、電話で佳織から命じられたのだ。

オフィス中の視線を浴びながら、麻奈美はしっかりとした足取りで、陽太の後をついて歩く。

「うわ、すごいな。丸見えじゃないか」
「ねぇ、もしかして、北村さん、濡れてない? ほら、あそこ、キラキラしてる」
「え、うそ? やだ、本当だ!」
「あんな格好で歩かされて、感じてるってこと? マゾって奴?」
「やだぁ、北村さん、憧れてたのに、そんな変態だったなんて」
「ふふふ、じゃあ、奴隷になれて、内心喜んでるんじゃないの?」

男性社員やOLたちの、そんな残酷な会話が麻奈美の耳に入っていないわけがない。しかし、麻奈美は何も聞こえないかのように、歩みを止めなかった。キッと唇を結び、前を見て足を進めていく。

「おはよう、高橋君。昨日は楽しめたかしら」

社長室の来客用のソファで足を組んだ佳織が、にこやかに言った。デスクに座った林原社長は、うつむいたまま黙っている。

「はい、お陰様で……」
「若いから、ずいぶん頑張れたんじゃないの? ふふふ」

全部見ていた癖に……。陽太はそんな言葉を飲み込む。

「実は、さっそく今日から麻奈美には奴隷としての仕事をしてもらおうと思うの」

その言葉に麻奈美の肩がビクンと反応した。

「それは、あの、社員の性欲処理、ですか?」

おずおずと陽太が尋ねると、佳織は楽しげに笑う。

「ふふふ。それも早くやりたいけど、今日は接待よ。大事な取引相手の接待に、麻奈美に協力してもらおうと思ってね」
「接待……」
「そう。あなたも名前くらいは知ってるでしょう? バックスのイサク・バックマン」
「はい、……知っています」

答えたものの、陽太は本当に名前程度しか知らなかった。たしかヨーロッパのどこかの国のコンピューター関係の大企業の社長だ。あれ、ハードじゃなくてソフト開発のほうだっけ? 陽太の知識は、IT会社の社員にしては、あまりに貧弱なものだった。

「うちの平沼チームが開発していたサーチエンジンの技術に、バックスが興味を示してくれたの。それで今回の来日中に、会ってくれることになったのよ」
「接待って、イサク・バックマンにってことですか?」
「そうよ。今夜、時間をあけてもらえたの」
「でも、海外の方には、国民奉仕法はあまり理解してもらえないんじゃないでしょうか」

この国の独特の制度である国民奉仕法は、確かに、人権無視だと海外から叩かれることが多かった。特に女性の人権意識の強い欧米では過剰な反応を受けることが少なくない。

「私たちも、そう思って最初は麻奈美を使うつもりはなかったの。でもね……」

佳織はここで声を潜めた。

「以前から噂では聞いていたんだけど、海外のセレブの間にこの国の奴隷が輸出されて、密かに可愛がられているっていうのよ」
「え、輸出ですか?」
「声が大きいわよ、高橋君」
「すいません」
「海外じゃ、ドールって呼ばれているらしいけどね。そしてバックマンもドールの愛好家だっていうの。そんなことが公になったら、大変なことだから、もちろん秘密の話なんだけど、あるルートから教えてもらえたのよ」
「あのバックマンが、ねぇ……」

陽太は、微かに記憶のあるイサク・バックマンの顔を思い浮かべる。何かの雑誌に載っていたのを見たような気がするのだ。はっきりとは覚えていないのだが、ひょろりとした頼りなさそうな男だったような気がする。それこそ、林原社長のような。

あんな男が奴隷を飼っているとは、ちょっと想像がつかない。

「まぁ、そんなわけで、もしドール遊び仲間になれたとしたら、向うの弱みを握れるわけじゃない? ビジネスもやりやすくなるというわけよ」

佳織は、立ち上がって陽太と麻奈美のほうに近づく。そしてしゃがみこむと、麻奈美の顎を指で持ち上げる。

「つまり、あなたのご奉仕次第で、ハイライズの今後が大きく変わるのよ。ふふふ、社運を賭けた大仕事なんて、以前のあなたでも張り切って挑んでくれたわよね、きっと」

麻奈美は目を逸らそうとするが、佳織は許さない。強引に自分の顔に向けさせる。

「ただ、バックマンの飼ってるドールは、若くて可愛い子らしいのよね。ロリコン趣味なのかもしれないわね。麻奈美みたいな年増に興味がないってことも考えられるわ。それでも、なんとか気に入られるように、精々頑張るのね。もし、粗相でもしようものなら、あんたは奉仕期間の間、男子便所から一歩も出さないわ。文字通り、肉便器になってもらうからね」

ぎらついた目で佳織は言う。それはただの脅しとは思えなかった。この人は、本当にやりかねないな、と、陽太は震え上がる。

なんとしてでも、この接待は成功させなければならない。

「頼んだよ、高橋君」

ずっと黙っていた林原社長が、顔を上げて一言だけ言った。そしてまたうつむいた。


陽太には今ひとつピンと来ていなかったが、IT業界の世界的な有名人が来社するということで、ハイライズの社内はかなり盛り上がっていた。

しかし、陽太と麻奈美は、イサク・バックマンが来る前に、接待場所で待機することになっていた。

社屋から、少し離れた料亭だ。江戸時代から続く老舗で、離れの座敷がいくつもあることから、政界人や財界人の密談にもよく使われているという。

陽太が全裸で四つん這いの麻奈美を連れて訪れても、全く驚かれることはなかった。奴隷連れで訪れる来客も多いのだろう。

陽太たちが通された座敷は、敷地内の一番奥にある、最も大きな離れだった。築百年以上という木造で、手入れや掃除が行き届いているため不潔感はなかったが、どこか不気味さを感じさせる重々しさがあった。

「そちらにひと通りのものは用意してありますので」

女将が指し示した戸棚を開けると、そこには縄や、革製の器具など、おどろおどろしい道具がたくさん収納されていた。

気がつけば、天井の太い梁などは、恐らく縄を掛けた跡らしい傷がいくつもあった。もしかすると、ここは昔から、そうした遊びに使われてきた部屋なのかもしれない。

この部屋は、百年もの間、女たちの悲鳴を聞いてきたのだろうか。

陽太は、なんだか背筋が寒くなった。

「北村さ……、じゃなくて、麻奈美。今日はしっかり頼むぞ」

麻奈美もさすがに不安そうな表情だった。この場の雰囲気にも怯えているようだ。

しばらくして、外で声がした。佳織たちの声だった。そうして、イサク・バックマン一行が到着した。

(続く)

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11.11.14更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |