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最終章 奴隷の王【1】

今日、三度目の検問だった。運転手が申し訳なさそうに言う。

「先生、すいません。少し到着が遅れてしまいそうです」

後ろの座席にどっかと座った北尾は表情を変えずに答えた。特に不機嫌ということもなさそうだ。

「かまわん。不可抗力だ」
「しかしまるで戒厳令ですね。あの頃を思い出します」
「確かにな。しかし、用心に用心を重ねて足りないということはない。もし何か起きれば、我が国の存亡に関わるんだからな」

東京国と日本共和国が共同開催国となる記念すべきサミットが開かれようとしているのだ。これは日本を分断する長い冷戦の終わりを意味すると同時に、世界が平和の世紀を迎える象徴でもあった。

小規模な紛争こそ残ってはいるものの、世界中から戦争や内戦は、姿を消しつつあった。人類は初めて平和な時代を手に入れたのだ。

官邸へ向かってハイウェイを走るリムジンの窓から、流れていく都市の景色を眺めながら、北尾は思いに耽る。

「相楽先生、いよいよですよ」

心の中でつぶやく。運転手にすら、その名前を聞かれてはならないからだ。
到着まで、まだ30分以上かかるだろう。思い出に浸るには十分な時間がある。


「まぁ、とにかく怪人だよ。われわれ凡人には、ちょっと理解出来ない世界で生き抜いてきた人だからな。まぁ、せいぜい機嫌を損ねないように気をつけたほうがいい。お前一人くらい消すことくらい、なんの躊躇もないだろうからな」
「やめて下さいよ、先輩。そんなに脅さないで下さいよ」

北尾は顔では笑ってみせたが、内心はかなり不安になっている。先輩の前川の言うことは、まんざら冗談ではないだろうからだ。

北尾は自他ともに認める同期のトップだった。治安維持庁に入庁するなり、みるみる頭角を現し、異例のスピードで出世を果たしていった。上に取り入るのが上手いゴマスリ野郎だと、陰口を叩くものもいたが、確かに北尾は年長者の懐に潜り込み、信頼を得る術に長けていた。しかし、それも実力が伴ってのことだ。大きな実績を次々とあげた北尾を、表立って非難する者など、誰もいなかった。

その北尾が、急に妙な辞令を受けたのだ。政策調整課長。それが北尾に与えられた新しい肩書きだった。それまで、北尾は地方情報課に所属し、いち早く課長にまで上り詰めた。しかし、いきなり政策調整課に移れというのだ。しかも、そんな課の存在を、北尾は今まで聞いたことがなかった。かといって、新しく創設された課ではないという。

どうやら、庁内ですら知る者の少ない、秘密の部署ということらしい。治安維持庁は、様々な意味でグレーゾーンが多い官庁だ。こうした特殊な部署が存在していても、おかしくないというムードはある。しかし、それにしても、若くしてかなり内情に詳しくなったと自負していた自分のような者ですら、初めてその存在を聞く課があったとは、簡単に信じられるものではない。

しかもどうやら、これから自分が担当する仕事とは、とある老人とのコンタクトが主な業務らしいのだ。かつて、政策調整課に勤務していたという前川がこっそりと教えてくれた。前川自身も、自分が政策調整課に所属していたということは秘密にしていたようだ。

そして北尾は、「ご老人」と呼ばれるその人物の屋敷へ赴いた。ご老人は一人だけで来るように指示していた。仕方なく北尾は自ら自家用車を運転して、都心から2時間ほどの距離にあるご老人の屋敷へと向かった。

かなりの山奥だった。周りに民家もほとんどない。しかしそんな場所にも拘わらず道は広い。それが、ご老人の威光によるものであることは明白だ。

やっと辿りついたのは、築二百年は下ることのないほどに古く、そして威圧感のある屋敷だった。

まるで江戸時代からタイムスリップして来たかのような佇まいの屋敷ではあったが、その門の前には、警察官の常駐ボックスがあり、ちょっとした違和感を醸し出していた。北尾は、その警察官に声をかけ、駐車場まで誘導してもらう。


4月も半ばという季節だったが、山の中という場所のせいか、その広い座敷はかなり冷え込む。北尾はぶるぶる震えながら正座してご老人の登場を待った。

もう一時間は経っているだろう。最初から、そう簡単に会えるとは思っていなかったので、待たされる覚悟はしていたが、この寒さにだけは閉口した。

奥の襖が開いた。北尾はハッと顔を上げるが、入ってきたのは老人ではなく、着物姿の美しい女性だった。年の頃は二十代半ばか、三十手前というところか。抜けるように白い肌と、華奢でありながら、どこか強さも感じさせる顔立ちが百合の花のような印象を与える。そして北尾がこれまで見たことのないような美しさを持った女性だった。

「おまたせして申し訳ありません」

女性は畳の上に正座し、深く頭を下げた。

「いえ。あの、ご老人は?」
「ご案内いたします」

北尾はその女性に連れられて、屋敷の奥へと向かった。外観の印象以上に広い屋敷だったが、人気が全く感じられないのが不気味だ。そして昼間というのにどこも薄暗い。

「こちらです」

そこは、渡り廊下で母屋とつながった古い土蔵だった。なぜ、そんなところに通されたのか、北尾は不思議に思った。ここに、ご老人がいるのだろうか……。

分厚い鋼鉄の扉を開いて、土蔵の中に入る。そこは、生暖かい空気と赤い光に満たされていた。

ご老人がいるのかと、緊張しながら見渡すが、そこには誰の姿もなかった。しかし、その代わりに、木や鉄、石などで作られた奇妙な装置や道具が並んでいることに気づく。そして縄や鎖が天井から吊り下がっている。

なんという気味の悪い部屋なのだろう。北尾はぞっとした。その器具の数々は、あきらかに拷問を目的とするものだとわかったのだ。

「ご、ご老人はここに?」

思わず声が上ずってしまう。すると女性は、妖しげな笑みを浮かべるだけで、答えない。それどころか、薄桃色の着物に手をかけると、するすると脱ぎ始めた。

「えっ」

北尾はあっけに取られた。何が起きているのはわからずに、ぽかんと口を開けたまま、着物美女のストリップを見つめていた。

赤い電球から放たれる妖しげな光の中で、裸身を露にしていく女の姿は、この世のものとは思わないほどに美しかった。北尾は、これは夢なのではないかと思った。全く現実感がない。

女性は恥じらい混じりの微笑を浮かべたまま、あっという間に全裸になってしまった。日本女性らしいしっとりとした曲線を持ったその裸身は、夢幻のような美しさを見せていた。しかし、それ以上に北尾の目を引いたのは、その裸身に絡みついた麻縄だった。

白く柔らかい肌に何重もの縄が食い込んでいる。それは豊かな乳房をくびりあげ、そして股間にしっかりと割り込んでいる。あの優美な和服の下に、こんな姿が隠されていたとは、全く想像もつかなかった。

女性は、北尾にその姿を見せつけるかのように両腕を頭の後ろで組んだ。その妖しくも美しい緊縛された裸身を北尾は見つめた。一瞬たりとも視線を外すことが出来ない。喉がカラカラに乾く。

「どうだ、その美しさがお前にわかるか?」

その突然の背後からの声で、北尾は現実に呼び戻される。慌てて振り向くと、そこには作務衣を来た小柄な老人が立っていた。

白い髭が顔半分を覆っている。そして、その残りのさらに半分の肌は大きな痣が占めていた。

「ご、ご老人……。はじめまして」

驚きと緊張で声がうまく出ない。

「お前が北尾か。どうだ、この美しさがわかるかと、聞いている」
「は、はい……。SMというものですか」

女性を緊縛したり、苦痛や恥辱を与えることで興奮する性癖のジャンルがあることは、北尾も知っていた。というよりも、そうした雑誌や成人映画を好んで見ていた時期もあったほどだ。しかし、緊縛された女体を本当に見たのはこれが初めてだった。

老人は女性に近づき、背後に回った。女性は膝を曲げる。老人よりも女性のほうが上背があるのだ。老人は手に持っていた縄を後ろに回した女性の両腕にかけていく。慣れた手つきだった。

そして天井から下がっている縄につなぎ、引っ張る。老人はあっという間に、女性を吊るしてしまった。女性のつま先は、なんとか床につくかどうかという高さだ。吊られた裸身がゆらゆらと揺れている。

老人は更に女性の両膝にも縄を巻きつける。その縄も天井から下がっている鉄輪に通して、勢い良く引っ張る。

「あっ、ああっ」

女性の体が宙に浮いた。しかも膝は大きく開いたまま吊り下げられているのだ。つまり、女性は大股開きのままで吊られてしまった。

思わず、北尾はその股間を見つめた。肉裂に食い込むように縛られていると思っていたが、実は両腿の付け根を縛っていたため、縄はそこを隠してはいない。それどころか、肉裂を左右に大きく広げる役割を果たしていた。

女性の肉裂がぱっくりと口を広げているのだ。無毛の割れ目の中の、ピンク色の粘膜が、北尾の目の前で露になっている。そしてそこは、明らかに湿り気を帯びていた。赤い光をキラキラと反射している。なんの愛撫もないのに、十分に濡れているのだ。

「なんだ、ここが見たいのか。ほれ」

老人は背後から手を伸ばし、女性の肉裂を指先でさらに押し開いた。その悩ましい光景に北尾は目を奪われ、つばを飲み込んだ。

「濡れて、いますね……」

北尾がかすれた声でそういうと老人は嬉しそうに笑った。

「ふふふ。そうだ。この麻由里は恥ずかしいことをされるのが大好きな女でな。お前のように初対面の男にこんな姿を見られて、興奮しているんだよ。そうだよな、麻由里」

老人は麻由里と呼んだその女の顔を掴んで自分のほうへ向けさせる。

「は、はい。麻由里は、北尾様に恥ずかしいところを、見ていただけて、興奮、しています……」

麻由里の目にはうっすらと涙が浮かんでいる。それは羞恥と屈辱のためなのか、快感と興奮のためなのか、北尾にはわからなかった。

「もっと見てもらいたいんだろう、麻由里」
「はい、もっと、近くで、見ていただきたいです」

老人は北尾を手招きし、大きく広げられた麻由里の股間へと近づけさせた。北尾は血走った目を、至近距離となったその部分へ向けた。

「もっと恥ずかしいところを見てもらいたいんじゃないのか、麻由里?」
「あ……、はい。もっと恥ずかしいところまで、北尾様に、見てもらいたいです」
「どこを見てもらいたいのか、ちゃんと言わないとわからないぞ」
「はい……。お、お尻の穴まで見てもらいたいです……」

麻由里の肌は赤い光の中でもはっきりわかるほどに紅潮していた。

「そんなところまで見てもらいたいのか。全くいやらしい変態だな、麻由里は」
「はい、麻由里は恥ずかしいことをされるのが好きな、変態です」
「では、その変態の望みをかなえてやろうか。北尾、よく見てやってくれるか」

老人は麻由里の腰を持ち上げるようにした。そしてさらに尻肉を左右に押し広げる。双丘の底の窄まりが、北尾の目の前で剥き出しになった。

(続く)

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12.03.19更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |