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第3章 アイドル・さやか【1】


信雄が森原さやかを知ったのは、とあるアイドルイベントだった。新人アイドルの聖地とも言えるその家電量販店のイベントスペースで、5人ほどのアイドルが出演していた。信雄はそのうちの一人である藤島エリカが目当てで足を運んだのだ。

信雄は、マイナーなアイドルを応援するのを趣味としていた。高校時代に友だちに誘われて当時大人気だったアイドルグループのコンサートに行って感動して以来、その世界にずっぽりとハマってしまった。もともとが凝り性な性格だったため、一度熱中しだすと周りが見えなくなる。

休日はすべてアイドルのイベントに通うようになり、中でもデビューしたての新人や、あまり売れていないマイナーなアイドルを特に応援した。

自分が目をつけていたアイドルが売れてきてメジャーになってくると、途端に興味がなくなってしまう。特に嫌いになるわけではないのだが、自分が応援しなくてもいいと思うと、なんだか寂しい気持ちになるのだ。好きになったアイドルには売れて欲しいと思う反面、いつまでも自分たちの手が届くところにいて欲しくもある。

それまで信雄が一番応援していたグループだったNONがブレイクしてしまい、次はどうしようかと思っていた時期だった。その日は一応藤島エリカを見に行ったのだが、彼女自身にそれほどの思い入れはなかった。まぁ、一応ツバを付けておくかな程度の気持ちだった。

しかし、そのイベントで見た森原さやかに信雄は何かを感じた。これがイベントデビューになるというさやかは、まるっきり素人のように、おどおどとした態度だったが、華奢な体つきも相まって、男性の保護欲をかき立てるものがあった。

まだ持ち歌もなく、20年ほど前に人気のあったアイドルのヒット曲を歌っていた。自分が産まれるよりもずっと前に流行った曲だ。彼女が知るわけもない。恐らくプロデューサーの指示だろう。会場に集まっているファンの年齢層を狙ってのことだ。

その後の握手会でも、さやかは恥ずかしそうに、そしてそれでも一生懸命に笑顔を浮かべて、自分よりも10歳も20歳も年上の男たちと握手を繰り返した。

「ファンになりましたよ。頑張ってください」

握手の時に、信雄はそう言った。よくある社交辞令的な言葉ではある。しかし、さやかはパッと表情を明るくして嬉しそうに答えた。

「ありがとうございます! お兄さんが最初のファンになってくれるんですね」

その言葉と、無邪気な笑顔に信雄は心を打ち抜かれた。この子を応援していこうと決意した。

それから信雄は、さやかの出演するイベントには全部通った。会場で販売されるグッズも全て購入し、ネットで彼女を応援するサイトも作った。

信雄のように保護欲をかき立てられる者は多かったようで、さやかには少しずつファンが増えていった。

ほっそりとした体型で胸の小さいさやかは、水着グラビアで人気を得るというような展開は期待出来なかったが、それでも地道な活動が実を結び、1年後には、アイドルマニアの間ではそこそこ知られる存在となっていた。

まだ17歳。今、まさにステップアップしていこうとしていた時期だった。さやかの元に「赤紙」が届けられたのだ。国民奉仕法により、さやかは2年間の「奉仕者」とならねばならない。

男性なら兵役、女性なら奉仕者として、2年間を国に捧げなければならない。それはタレントやアイドルであっても例外ではない。ランダムな選出によって「赤紙」が届けば、誰でも奉仕者、つまり奴隷となるのだ。

とはいっても、多くの場合は所属プロダクションが多額の入札金を払い、その所有権を得るのが普通だ。そのプロダクションが「ご主人様」となり、タレント自身はそれまで通りに活動をすることが出来る。この時期は、タレントに拒否権はないため、無茶な仕事をさせられることもあるというが、タレントの商品価値を下げさせるようなことはプロダクションも滅多にやらない。一般視聴者には奴隷期間であることを全く気づかぜずにタレント活動を行なっている者も珍しくないのだ。

以前は、このチャンスを狙って他のプロダクションが入札して、事実上の引き抜きをするというケースもあったが、現在は業界の紳士協定によって禁止されている。

さやかの所属するプロダクションは、決して大手ではなく、資金に余裕が有るわけではなかったが、それでも相場を超える金額を入札し、まず所有権は獲得できるはずだった。

しかし、その発表された結果を見て、プロダクションも、さやかも凍りついた。プロダクションの入札した額を遙かに超える金額で、さやかは落札されていたのだ。



さやかが奉仕者として選出されたというニュースを聞いた時、信雄は悶々とした。奉仕者の提示は本名で行なわれ、その地域でのみ公開され一般には報道されないが、彼らアイドルマニアの情報網では、すぐにニュースは広まる。

どうせ慣例通りにプロダクションが落札するのだろうと彼らは話しあった。それでも、この時期に急に露出の高い水着などの過激な仕事が増えるというパターンもよくある。これで、さやかが妙な方向に行かされなければいいなとファンの間では心配する声が聞かれた。さやかは、あくまでも清純路線で行くべきだというのがファンの共通認識なのだ。

しかし、表向きはそんなことを言っていても、さやかが奉仕者となると聞いた時に、自分の個人奴隷になったらという妄想を抱かないものはいなかった。

あの可憐な美少女を自分の思うがままにすることが出来るのだ。そうしたら、あんなことをして、こんなことをさせて……。

信雄もまた、そうした中の一人であった。さやかは絶対的な清純の象徴であるべきで、水着グラビアすらやるべきではないと、常々主張している信雄だが、それでも妄想の中では別だった。

奴隷の身分を示す赤い首輪をつけた全裸のさやかが自分の部屋で、ひざまずいている光景を思い描く。

奴隷であるさやかは、信雄の命令のままに脚を大きく開き、未だかつて誰にも見せたことのない裸身を晒すのだ。恥ずかしそうに目を伏せ、歯を食いしばる表情までも想像できる。これまでに数回披露したスクール水着姿から推測できる華奢な肉体。乳首も、そして性器も淡いピンク色に違いない。陰毛は生えているのだろうか。たとえ生えていたとしても、うっすらとしたものだろう。

そしてあの小さな唇に、自分の固く熱くなったペニスをくわえさせるのだ……。

そんな想像をしながら信雄は自慰に励む。30歳を越える今も、信雄は女性とつき合った経験もなく、性体験もない。だから、それ以上の想像はアダルトビデオなどからの知識で得たものでしかないのだ。さやかに挿入したら、どんな感覚なのか。信雄にとっては未知だった。

自分が、大金持ちだったら、本当にさやかを奴隷にすることができるのだ。そう考えると信雄は悶々としてしまう。実際の彼は、しがない安サラリーマンだ。なけなしの給料もアイドルのおっかけ活動に使ってしまい、ロクな貯金もない。これでは奴隷どころか、普通の女性とのつき合うことだって出来ないだろう。そんな現実を考えると信雄はさらに悶々としてしまうのだ。

信雄は給料日の度に宝くじを買う習慣があった。パチンコも競馬も、麻雀もしない信雄だが、何となく宝くじだけは買い続けている。とはいっても、毎回わずかな金額分しか買わないので、それほど本気でもない。どうやらあまりくじ運のいいほうではないらしく、これまでに当たった最高額は3千円だった。

ここ数年は数字を選ぶ方式のくじにしている。当たる確立は低いものの、当選金は高い。どうせ当たらず、夢を見るだけということなら、少しでも高いほうがいいと思ったからだ。

その月に購入したくじは、当選金が繰り越すキャリーオーバーが積み重なり、一等賞金は信雄の想像を絶する金額となっていた。

ああ、この賞金があれば、さやかちゃんをおれの奴隷にすることもできるんだろうなぁ……。信雄はこのところ毎晩、そんな妄想に耽ってから眠りについている。

莫大な賞金を奉仕者入札に注ぎ込み、さやかを落札し、奴隷として仕えさせる日々を妄想するのだ。

仲間から得た情報では、さやかの本籍があるのは、信雄の住んでいる地域と同じ。つまり金さえあれば、さやかを奴隷にすることは可能なのだ。もちろん、金さえあればの話なのだが……。

そしてくじの発表の日、信雄はパソコンで発表サイトにアクセスする。心がときめく瞬間だ。もし当選していたら……。そう考えると胸が痛くなるほど興奮する。もちろんその興奮は数分後には跡形もなくなるのだが、それだけの快感を味わえるだけでも、くじを購入する価値があるのだと信雄は思う。

そして、その日も信雄は心臓を高鳴らせながら、手元の用紙の数字と、モニターに映し出される数字を見比べる。

夢かと思った。これは夢の中のワンシーンに違いないと思った。1等として発表されたの数字と、信雄の手にある用紙にかかれた数字は、まるっきり同じだった。

何度見返しても、声に出して読み上げても、同じだった。一文字として変わらない。


漫画の中のキャラクターがよくやるように、自分で頬をつねったりもしてみた。夢ではなかった。信雄は、とんでもない大金持ちとなったのだ。一生かかっても手に出来ないような金額が自分の元に入ってくる。

そして、この金があれば、森原さやかを文字通り自分の物にすることが出来るのだ。



信雄は、獲得したうちのかなりの金額を入札に注ぎ込んだ。プロダクションが入札したであろう相場の金額よりも大分多く。たった一度のチャンスなのだ。失敗はしたくなかった。どうせあぶく銭なのだ。ケチっても仕方がない。それよりも、普通であれば絶対に叶えることのできない夢を実現することのほうが大事だった。奉仕期間が終わる2年後、一文無しになっていてもかまうものか。信雄は本気でそう考える。

さやかを落札したという通知をもらった後、信雄は会社を辞めた。そして広い物件へ引っ越した。さやかと二人で十分に暮らせる広さの部屋。色々なことが楽しめるスペース。2年後には解約するのだ。それまでに残りの金額も使い切るつもりだった。

事前にさやかの所属するプロダクションとも話し合いがあった。プロダクション側は、所有権の譲渡を打診して来たが、当然のことながら信雄は一切はねのけた。どんなに金額を積まれようとも応えるつもりはない。あきらめたプロダクション側は、くれぐれもさやかを傷つけないでくれ、2年後には復帰できるようにしてくれと言って来た。

アイドルが一ファンの奴隷となることはイメージダウンを免れない。なので、表向きは本人が勉強に専念したいということで2年間活動を休業するという発表をするらしい。

信雄がさやかのご主人様になるということは、隠し通さなければならない。それは信雄も考えていたことだ。こんなことがファンに知れたら、どんなに嫉妬されるかわかったものではない。信雄は知人とも一切接触を断った。仕事を辞めて田舎へ帰ると嘘をついた。もう、アイドルからも足を洗うと宣言した。

これからの2年間、信雄はさやかと二人だけの世界で生きていくつもりだった。

そして、さやかが信雄の元を訪れる日がやってきた。

(続く)

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09.11.09更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |