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第9章 潜入捜査官・エリカ【2】

エリカは翌日、朝早くから活動を開始した。東京国内にいるPTWのメンバーと接触することになっていた。

噂に聞いていた通勤電車のラッシュはエリカの想像を超えるものだった。乗り物にこんな数の人間が無理矢理押し込まれるなどと、先進国ではありえない。これこそ正に奴隷のような扱いではないだろうか。

身体が潰されてしまいそうに圧迫される中で、エリカは妙な感触に気づいた。何者かの手が、エリカの尻を触っている。スカートの生地越しにも、その指の感触はわかる。偶然に触れてしまったというものではない。明らかにエリカの尻の感触を楽しむように、撫で回しているのだ。

そのおぞましさに全身がそそけ立つ。その手の主を探そうとしても体の向きを変えることも出来ないし、自分の手を動かすことすら無理だった。

エリカが抵抗しないことがわかると、その手はさらに大胆に動き始めた。なんとスカートの裾をまくりあげ、その内側へと入り込んできたのだ。それほど短いスカートではない。しかしその手は慣れた様子で内側へと侵入してきた。手のひらが、エリカの太腿に直に触れた。

「ヒッ……」

その不快さに思わず声が漏れた。周りの乗客が一斉にエリカを見た。美しい白人女性がこんなラッシュアワーの通勤電車に乗っていること自体が珍しいのだ。乗客はずっとエリカを気にしていた。周りの男性たちと同じか、むしろ少し高いくらいの身長の高さも注目される理由のひとつだった。

ここで、助けを求めるべきか。エリカは悩んだ。しかし、もし大事になってしまったら、潜入捜査の妨げになってしまう。何しろエリカは偽名のパスポートで入国しているのだ。極力、目立つようなことは避けたい。

そんなエリカの心を読んでいるかのように、その手はさらに大胆に動き始めた。内腿を撫で回し、そしてショーツ越しに股間に触れてきたのだ。エリカは必死に太腿を閉じて、その手の動きを止めようとするが、無駄だった。

指は微妙な動きで、布越しにエリカの敏感なエリアを刺激してきた。

「ン、ンン……」

異変をさとられないようにうつむき、必死に声を殺す。奥歯を噛み締める。

指の動きは恐ろしく的確にエリカの性感帯を攻撃する。乱暴にこねくりまわすことはせずに、絶妙なタッチで這い回るのだ。おぞましいばかりだったその感触が、次第に快感へと変わっていく。エリカとしては、それが快感だとは決して認めたくはない。しかし、体の奥から沸き上がってくる熱い液体は隠すことが出来ない。

「Do you feel sick?」

目の前にいた眼鏡をかけた若いサラリーマンが心配そうに声をかけてきた。たどだとしい英語だった。

エリカは、その男のほうを向いて精一杯の笑顔を見せた。

「あ、大丈夫です。こんなに混んでいる電車は初めてなので……」

エリカの流暢な日本語に、その男も、周りの乗客も少し驚いたようだった。

「そうですか。次の駅でかなり降りると思いますから、もう少し頑張ってくださいね」

男は爽やかな笑顔を見せた。エリカも笑顔を返すが、それは引きつったものになってしまった。指が、ショーツの中へと侵入して来ていたからだ。

エリカの意志に背いて、ショーツの中はびっしょりと濡れてしまっていた。指は、そのヌメヌメした湿り気に気づくと、さらに大胆に動き出す。

スルリ、と濡れそぼった肉裂の中に指が滑りこむ。同時に別の指がその蜜を塗り込むように肉芽を擦る。

「ンッ、ンン……」

強烈な快感がエリカを襲った。堪えようにもどうしても声が漏れてしまう。脚に力が入らないが、四方八方からの圧力で崩れ落ちることすら出来ない。

「ホント、東京のラッシュアワーはすごいですからね。海外の方にはお恥ずかしい限りなんですが……」

混雑で気分が悪くなっていると思い込んでいる若いサラリーマンが、のんきにそんな声をかけてくる。エリカも、必死にそれに応える。

「はい、確かにちょっと、きつい、です」

肉裂の中の指は二本になり、激しくかき混ぜる。そして肉芽を刺激するもうひとつの指の動きも止まらない。

すっかり忘れていた感覚だった。最後にセックスしたのは、もう何年も前のことだ。その後、たまに自分で慰めたりもするが、やはり他人に刺激されるのは全然違うものだ。

こんな異国のこんな異常な状況での愛撫。ただでさえプライドが高く潔癖なエリカにとって、あまりに屈辱的な行為なのに、かつてないほどの官能を覚えてしまっていた。しかし、それを自分で認めるわけにはいかない。エリカは官能の波と必死に戦っていた。

早く、駅について……。若いサラリーマンの言葉を信じるなら、次の駅で混雑は緩和されるはずだ。乗客が減れば、この手も無茶なことはしないだろう。いや、自分も一度、この電車から降りたほうがいい。一度、トイレで下着を拭かなければ。

それほど濡れてしまっているのだ。肉裂の中で指が動きまわる時のクチュクチュという湿った音が周りに聞こえていないか、エリカは心配になるほどだ。

しかし、通勤快速であるこの電車は次々と駅を飛ばして走っていく。いったいいつになったら次の駅につくのか、エリカは絶望的な気持ちになってしまう。

汗でブロンドの髪がぺったりと額にくっつく。白い肌が紅潮し、目の焦点が虚ろになっている。それがまさか痴漢に秘部をまさぐられているためだとは気づいていないものの、周囲の乗客たちは、この美しい白人女性のエロティックな表情に釘付けになっていた。

「!」

エリカは自分の肉裂に沈んでいるものとは別の手が尻を撫で回していることに気づいた。

不埒な男は一人だけではない。

なんとか周囲を見回すが、誰も無表情で、エリカと目を合わせない。しかし、この中に二人。エリカの股間に手を這わせている男が確実にいるのだ。

いや、二人ではない。エリカの下半身を触る手はどんどん増えていった。スカートはたくし上げられ、ショーツは引き下ろされる。そして剥き出しになった下半身へ、四方八方から手が伸びてきた。

いくつもの指がエリカの肉裂に挿入され、尻肉を撫で回し、揉む。肉芽は剥き上げられ、激しく擦られる。最初の指のデリケートさとは全く違う乱暴な愛撫だ。しかし、十分に官能を開花させられてしまっているエリカにとって、その乱暴さすら快感だった。

「あっ、あっ、ああん」

エリカの口から漏れる声は明らかに甘いものとなっていた。しかし周囲の乗客は目を合わせずに無表情のままだ。無表情のまま、エリカの下半身を蹂躙する。

尻肉が左右に大きく引き裂かれる。剥き出しになった谷間の底の窄まりを、ひとつの指先が捉える。肉裂から溢れ出た愛蜜をたっぷりとすくいとり、窄まりへと塗りたくる。

「あ、そこは……」

思わず母国語で呻く。自分が想像もしなかった器官を指で嬲られているのだ。その指先はゆるゆると窄まりの表面を撫で回す。初めて味わうくすぐったいような感触。同時に肉裂の内部と肉芽を別の手によって愛撫されているため、もう、何が快感で何が不快なのかもわからない。

指先がゆっくりと窄まりの中へと挿入されてきた時も、押し広げられる苦痛が快感と渾然となり、声が漏れた。

「ああ、あうう……」

窄まりの奥深くまで指が挿入された。そして、ゆっくりと出し入れされる。

今までノーマルなセックスしか知らず、しかも経験数も極めて少ないエリカにとって、それは初めての感触だった。

内臓をひきずりだされてしまうような不快感。しかし、それは快感と紙一重のものであり、時には強烈な快感と化す。

無数の手によって、何カ所もの性感帯を同時に責められるのも、エリカにとっては初体験だ。頭が混乱して、もう何が何だかわからなくなっていた。

ここはどこなのか、自分が誰なのか。何もわからない。目の前が真っ白になる。

体の奥から熱い物が込み上げてくる。それはどんどん大きくなって、やがて脳天を突き抜けた。

「ああ〜っ!」

エリカが絶叫したと同時に、電車は停車した。アナウンスと共にドアが開き、乗客は一斉に車外へと迸った。エリカはその人の渦に巻き込まれた。

気がついた時、エリカは駅のベンチに座っていた。まだ頭がぼんやりしている。今の出来事が現実だったのか、自分でも自信がない。限度を超えた混雑による幻覚だったような気もして来た。

いくらなんでも、あんなことはありえない。自分はもしかしたら欲求不満で、あんな淫夢を見てしまったのではないか。

PTWの活動に身を入れるようになってから、男性に対して恋愛感情を持てなくなり、セックスとも縁遠くなってしまった。しかし、肉体はセックスを求めてしまっているのではないか。それが淫夢という形となって現われたのかもしれない。

そうだ、あれは夢だったのだ。エリカはそう考えたが、やがて自分がショーツを穿いていないことに気づいた。スカートの下には、何もない。剥き出しの下半身がある。

そして、腿の付け根はひんやりとしていることにも気づく。エリカの下半身は、ぐっしょりと濡れていたのだ。


少し遅れてエリカは、約束の場所に到着した。駅から続く商店街の中程にある小さな公園に、その女性はいた。

地味な服装に地味な顔立ち。どこにいても周囲にとけこんでしまい、記憶に残らないような女性だった。年齢も若いのか、エリカより年上なのか、よくわからない。

「歩きましょう」

その女性は、エリカが来たことに気づくと、挨拶もしないうちに、歩き始めた。

「どこに聞き耳を立てている人がいるかわからないですからね。こうやって歩きながら話すのが一番なの。それにしても、あなたは美人過ぎて目立つわね」

笑いもせずに、その女性は言う。一緒に歩きながらエリカは謝る。

「すいません。できるだけ地味な格好をしてきたつもりなんですが」

グレーの薄いコートに、ゆったりとした黒いスカート。確かに地味な服装ではあるが、それが逆にエリカの美貌をさらに引き立てているようにも見える。

「まぁ、いいわ。カレン・カールソンさんね。ようこそ東京へ。私は坂下みゆき」

彼女は、エリカを入国時に使った偽名で呼んだ。坂下みゆきというのも偽名なのかもしれない。

「よろしくお願いします」
「あら、本当に日本語お上手なのね」
「父がこっちの人ですし、私も東京で生まれました」
「そう。ハーフなのね。でも、顔立ちは完全に向こうの人ね。すごく綺麗だわ」

みゆきは無表情のまま、そんなことを言う。

「ありがとうございます」
「事前に聞いてるとは思うけど、他の国での活動と一緒にしちゃダメよ。この国ではPTWの活動は完全に違法なんだから。ちょっとでも目をつけられたら、大変なことになるわ」
「はい。わかってます。PTWにとっても、この国の体制は最も憎むべきものですから」
「そう。でも、この国では、もうそれがおかしなことだってこと、みんな忘れてしまっているの。恐ろしいわ」
「みんな礼儀正しくて、親切です。あんな恐ろしく野蛮な制度がある国だとは、とても思えません」
「ええ。表面的にはね。でも、男なんてみんな仮面の下には、恐ろしい獣を飼っているんだから信用しちゃダメよ」

エリカはついさっきの満員電車の中での出来事を思い出す。あの爽やかな笑顔の若いサラリーマンも、エリカの下半身に手を伸ばしていたのだろうか。

エリカとみゆきは並んだまま、住宅街の中を歩いて行く。

(続く)

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11.01.17更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |