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第9章 潜入捜査官・エリカ【5】

「それを返して下さい。大事なものなんです!」

エリカは叫んだ。メモリーを失ったら、自分がわざわざこの国に来た意味もなくなってしまう。

しかし、エリカのその慌てぶりを見た山本はニヤリと残酷な笑みを浮かべた。

「ずいぶん大切なものみたいね。でも、パンツの中に隠しておいたなんて、やっぱりどこかで盗んだものかなんかじゃないの?」
「そうだな。いくらなんでも、大切なものをそんなところに入れておくはずがない」

しゃがみ込んで、エリカの股間を見上げたままで、店長もいう。一瞬でも目を離したら損だとばかりに、見つめ続けているのだ。

「違います。それは私の大切なものです。お願いします、返して下さい」

エリカは半ば泣き出しそうな表情になっていた。プライドの高そうなこの白人美女が、そんな顔をしているのが、山本たちには楽しくて仕方がない。もっと苛めたいという気持ちが沸き上がってくる。

「返してあげてもいいけど、それはあんたの態度しだいだよ。まずは、エロ本を万引きしたことを認めて、謝ってもらおうか」
「でも、私、万引きなんか……」
「じゃあ、これがどうなってもいいんだね」

山本は、メモリーを指先でつまんで、エリカの前に突きつけた。

「わ、わかりました。謝ります……。申し訳ありませんでした……」
「それじゃあ、謝っているようには見えないよ。日本には土下座ってものがあってね……。と、言ってもそれじゃあ土下座できないか。店長、縄を解いてあげてよ」

言われて、店長が振り向く。意外そうな表情をしていた。

「え、でも、そうしたらこの女、逃げちゃうんじゃないか?」
「大丈夫よ。素っ裸のままでどこかに行けるわけもないし、これもあるしね」

山本はメモリーを手の上で転がして見せた。

「そうか。しかし、このいい眺めをもっと見てたかったなぁ」
「何言ってるのよ。バカね、店長。もっと楽しいことが出来るわよ。ふふふ」
「おお、そうか」

店長は、エリカの手足を縛り付けたロープを手際よく外していった。エリカは手が自由になると、すぐに胸や股間を隠した。そして後ろ手に引っかかっていたコートとブラウスで、体を覆おうとした。

「おっと、それはこっちに渡してもらうか。盗人の土下座はすっぱだかだって決まってるんだよ」
「ああっ」

山本はエリカの手から強引にコートとブラウスを剥ぎ取った。一糸まとわぬ姿となってしまったエリカは体を縮ませて、裸身を少しでも隠そうとする。

「何今さら隠そうとしてるんだい。さっき店長におまんこまでじっくり見られてたくせに。ほら、床に正座するんだよ。わかるだろ」
「は、はい……」

エリカには抵抗するすべはない。言われるがままに、床に座り込む。固く冷たい床材の感触が脛に伝わってくる。エリカは正座し、両手で胸を覆った。

「そうだね、ちゃんとこう言ってもらおうか。私は、高橋書店様で、あろうことかエロ本を二冊万引きいたしましたってね。そうだ、あんた名前はなんていうんだい?」
「カレン、カレン・カールソンです……」

エリカはこの国でずっと使っている偽名を口にした。

「そうかい。じゃあ、ちゃんと言いな。カレン・カールソンは、高橋書店様で、エロ本を二冊万引きいたしました、大変申し訳ありませんってね。証拠にちゃんと動画で撮影しておくからね」

店長はデジタルカメラのレンズをエリカに向ける。静止画だけではなく、動画も撮影できるカメラなのだろう。あのカメラには、すでにもう自分の恥ずかしい姿を撮られている。なんとか消去できないだろうか、とエリカは考えるが、山本が怒鳴りつける。

「なにぐずぐずしてるんだい。早くそう言って、土下座するんだよ」

なぜ、私がこんなことを……。込み上げてくる不条理に対する怒りを押しとどめながら、エリカは、言われた通りの言葉を口にする。

「カレン・カールソンは、高橋書店様で、え、エロ本を二冊万引きいたしました。た、大変申し訳ありませんでした……」

そして、エリカは体を前に倒し、土下座した。それは屈辱的な姿勢だった。店長と山本がニヤニヤ笑いながら自分を見下ろしているかと思うと、悔しくてたまらない。涙が滲みでてしまう。

「すぐに頭をあげたら土下座にならないんだよ。しばらくそのままで反省の気持ちを表わすんだ」

山本に言われ、エリカは唇を噛み締めながら、その通りに土下座を続ける。

しばらくすると、「ヒッヒッヒ」と店長のいやらしい笑い声が背後のほうから聞こえた。ハッと後ろを振り向くと、店長がしゃがみ込んでエリカを見ていた。

「ヒヒヒ。後ろから見ると、お尻の穴まで丸見えでしたよ。外国の美人さんは、お尻の穴まで綺麗なんですなぁ」

その言語にエリカは真っ赤になって、あわてて手で尻を隠した。

「フフフ、遅い、遅い。もうじっくりと見せてもらったし、ちゃんと撮影させてもらったからね。そういや、あんたはアナル物のSM小説も万引きしてたっけ。そこを責められるのが好きなのかい?」

エリカはこれまで、こんなに屈辱的な言葉を浴びせられたことはなかった。怒りで体が震える。しかし、メモリーが山本の手にあるうちは、どうにも出来ない。襲いかかったとしても、相手は二人。かよわい女の力では、立ち向かえるはずもない。

「ちょっと! 何、勝手に後ろ向いてるんだよ。まだ謝罪は終わってないよ」

山本が怒鳴りつける。エリカは慌てて前を向いた。

「ま、まだ返してくれないのですか」
「パンツの中に大事なものを隠すような女だからね。まだ何を隠してるか、わかったもんじゃないよ」
「こんな格好にされて、これ以上隠せるわけがないじゃないですか!」
「フフフ、女は隠せるところが、男より多いですからねぇ……」
「そ、そんな!」
「うちは小さな文房具も扱っているからね。そこに十分隠せるだろう? 奥まで開いて、よーく調べないとねぇ」
「い、いや、いやです!」

この男女は狂っている。エリカは恐怖に襲われた。何がなんでもここから逃げださなければならない。メモリーの奪回も後だ。全裸で外へ飛び出すのは、恥ずかしいが命には替えられない。だれか通報してくれれば、警察が来てくれるはずだ。

潜入調査に来たとは言え、特にスパイの訓練を受けているわけでもないエリカは、さすがに命をかけてまで任務を遂行するという決意はない。とにかく、ここを逃げ出そう。

エリカは急にドアへと飛びついた。目の前にいた山本を突き飛ばす。そして大急ぎでドアノブの鍵を外した。ドアを開ける。

ところが、そこには人が立っていた。制服を来た大男たち。

それが警官であることは、外国人であるエリカにもわかった。助けが来たのだ。エリカは全裸であることも忘れて、警官に叫んだ。

「助けて! この人たちはおかしいです!」

すると、警官は優しい笑顔を浮かべてエリカを見た。

「おやおや、ずいぶん素敵な格好ですね」
「あ、あの人たちに裸にされてしまったんです。助けて!」
「ふふふ、これは目の保養だ」
「!」

警官の一人がエリカの両手首をつかんで、上に引っ張った。

「あっ、いやっ!」

女としては身長のあるエリカだが、警官はかなりの大柄だった。エリカは両手吊りのように体を引き伸ばされる。つま先が床につくかつかないかという高さに引き上げられた。

「な、何をするんですか!」

他の警官、そして店長や山本も、吊り上げられたエリカを取り囲む。警官たちは好色な視線で、エリカの裸身を上から下まで眺めている。

「確かにすごい美人だな」
「おっぱいもいい形じゃないか」
「ほほう。下の毛も金髪なんだな」

警官たちは口々に卑猥な言葉でエリカの裸身を評し合っている。

「あ、あなたたちは警察官じゃないんですか!」

エリカが叫ぶと、ひとりの警官が答えた。

「もちろん正真正銘の警察官ですよ。我が国の国民を犯罪から守るのが我々の仕事です。あなたのような海外のスパイからもね、エリカ・コルピさん。パスポートではカレン・カールソンでしたっけ」
「!」

エリカは警官に本名を呼ばれて慄然とした。この国に来てから、一切その名前は使っていない。すべて、偽名のカレン・カールソンで通してきた。

自分がPTWのメンバーであり、潜入調査に来たのだということがすでに知られているということなのか?

「ずいぶんお早いおつきで。もう少しゆっくりでもよかったのに」
「何言ってるんだ。危うく逃げられるところだったじゃないか」
「大丈夫。すぐに捕まえるつもりだったんですよ。そして、もうちょっと色々と楽しませてもらおうと思ってたのになぁ」
「相変わらずだなぁ、高橋のオヤジは」

店長は、警官たちと馴れ馴れしく会話していた。どうやら、警察に連絡したのは店長らしい。しかし、なぜ店長は自分のことを知っていたのか。エリカにはわけがわからない。

「しかし、素晴らしい体でしょう。やっぱりアジア人とは作りが違いますね。まるで妖精のように美しい」
「全くだ。おっぱいだって、今は東京でも、もっと大きい女はいっぱいいるが、この色と形は真似できないな」

警官のひとりがエリカの乳房を乱暴に掴んだ。尻を撫で回す警官もいる。

「な、何をするんですか! 止めて。警察官がそんなことをするなんて。大使館に、大使館に連絡して下さい!」

エリカは叫びながら、暴れるが、両腕を高く吊り上げられている姿では、どうにもならない。警官たちと店長は、全く意に介さずエリカの肌を触り続けている。

「スパイを大使館に受け渡すバカがいるものか。こちらでじっくりと取り調べさせてもらうからな」
「スパイだなんて……」
「偽造パスポートで入国しただけで重罪だってことは分かっているだろう? まぁ、この国に何をしに来たか、この体にじっくりと聞くことにするよ。ふふふふ」
「いいなぁ、私も取り調べしたいなぁ」

店長が無邪気にそんなことを言う。すると、警官の中のリーダーらしき男が答えた。

「相変わらず好きだねぇ、高橋のオヤジさんは。いいですよ、また参考人として、取り調べに立ちあってもらいましょうか。いつもお世話になってますしね」

店長は飛び上がって喜ぶ。

「お、やった。それじゃあ、山本さん、お店のほうは頼みますよ」

山本は呆れた顔で肩をすくめる。

「はいはい。しょうがないですね、店長は。あ、そうだ。これを」

山本は手にもっていたメモリーを、警官に手渡した。

「あ、ああ……」

エリカはそれを見て絶望的な呻き声を上げる。これで何もかもが終わりだ。みゆきたち、WTPの東京メンバーにも危険が及んでしまうかもしれない。

そして、エリカは警官たちによって、パトカーで搬送されていった。

 

(続く)

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11.02.07更新 | WEBスナイパー  >  赤い首輪
文=小林電人 |