注目の大型官能小説連載 毎週木曜日更新!
New Style Heian Erotical Mandara [Kouchu no hitoya]
艶めかしき人外の化生に魅せられた侍が堕ちていく魔的なエクスタシーの奈落――。今昔物語の一編を題材にとり、深き闇の中で紡がれる妖と美の競演を描くニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅。期待の新人作家・上諏訪カヤハと絵師・大往生ジダラクのカップリングで贈る会心のアブノーマル・ノベル!!「ではやはり、今度も八十度打つのか」
「えぇ、お約束ですから、それだけにしておきます」
「それだけ……」
手足が拘束されているのでなければ、吉丸の体は磔台からずるずるとずり落ちていたことだろう。一発一発ですら気が遠くなるようだった打撃を、八十回も与えられるというのか。その上、今度は治りかけの傷の上を打たれるのだ。
だが、聞き覚えのある、しかしここで聞くとは思わなかった音が、吉丸を失望の深淵から引きずりあげた。しゅっ、という紐を解く音。さら、ら、という、着物が肌の上を滑り落ち、床に流れ落ちる音。何をしているのだ、と思って吉丸が振り向いたときには、阿夜はもう一糸纏わぬ姿になっていた。
「…………!」
見慣れたというほどでもないが、それでももはやそう驚きもしない肉体だと思っていた。だが今、薄暗い部屋の中ほどに立つ阿夜の裸身は、降り続いた雨で澱のように溜まった湿気が蟲惑という形に練られて固まり、不意に差し出されたもののようであった。
阿夜は吉丸の後ろに歩み寄った。吉丸がはっとする間も与えず、その首すじに細くみずみずしい腕を巻きつける。
「本当のことを申し上げます」
耳たぶを舐め上げるかのように唇をごくごく近くに寄せて、阿夜は吉丸の耳もとで囁いた。日に焼けた頬に、女の香りのする熱い息がかかった。
「あの後、吉丸さまがまるで獣のように私をお抱きになったでしょう。あれが、とても……よかったのです」
言いながら思い出して興奮してきたのだろうか、阿夜の腕に力が入ったのが感じられた。
吉丸からは阿夜の顔は見えない。だが声の様子から、今の彼女はきっと潤んだ目と唇と、桜色に上気した頬をしているのではないかと思われた。官能を求めて咽(むせ)ぶ血潮に蹂躙される肌。今にも熱に形を失って、蜜と蕩(とろ)けてしまいそうな……。
「今日とは考えてはおりませんでしたが、吉丸さまがお出かけになる前には、今一度、可愛がっていただきたいと思っておりました」
何かと考えすぎるきらいもあるが、根はそう複雑ではないし、木石の境地には程遠いところにいる吉丸である。これを聞くと「そうなのか、わかった」と、今まで煩悶を重ねていたことなど忘れたかのように、少々の期待に震えつつ、豁然と胸ならぬ背中を張った。
……の挙句が、二刻(四時間)ばかり後の姿である。
吉丸は前よりもさらに腫れ上がり、肉の奥深くまで抉(えぐ)れて滝のような出血を見せた背中を、阿夜の前に呻き声とともに晒すことになった。
夜半、阿夜はまた竈の土を煎じたものを飲ませた。
「やはり不味いな」
これも再び口にするとは思っていなかった味だった。
傷を癒すべく床に就いている間、阿夜は横になって動けないでいる吉丸に様々な「わるさ」をした。水菓子を持ってきて咀嚼するところを見せたり、それを口うつしで与えてみたりというのはいつものことだったが、そうしているうちに男の根の部分が平静ではなくなると、背後から巧みな指を遊ばせたり、四つん這いにさせて唇と舌でじっくりいとおしんだりした。
吉丸は背中の痛みが枷となってされるがままであった。男の沽券が、とやきもきもしたが、それも最初のうちだけで、すぐに嫋々とした陵辱に我を忘れるようになった。いきり立ったものを好きになぶられていると、自分は文字通り芯からその女のものになったという気がする。そういう意味では、笞で打たれている時と何かしら相通じる恍惚がそこにはあった。
やがてまた背中の傷がおさまってきた。だが今度は吉丸のほうが、昼を夜とも分かたず愛欲の海に二人してたゆたっていた日々の終わりを惜しんでしまった。明日こそは、明日こそはと思っているうちに日々が過ぎ去っていく。体はすでになまりを感じるほどになっていた。
ある夜、吉丸はひそひそと囁き合う声で目を覚ました。雨が止んだ直後の、湿気のひどい夜だった。肌の表面が汗ばんでいる。隣を見ると、一緒に寝ていたはずの阿夜がいなかった。
暗がりの中で聞くともなく耳を澄ましていると、声は若い女と老女のもののようである。若い女のほうが阿夜であることは確実だった。老女のほうは、阿夜が留守だった時に吉丸をあしらった女だろうか。そういえばあれ以来姿を見ていなかった。女房や下女が出入りすることは何度かあったが、老女はこの家の者ではなかったのだろうかなどと、吉丸はどうでもいいと思いつつもぼんやり考えた。
――こんな真夜中に、あんなか弱そうな老女が危険な辻々を歩んできたというのか。それとも存外このすぐ近くに住んでいるのかもしれないな。
「……に五人、……それほど多くは……」
「……の前は……子の一刻……」
老それにしても、こんな夜中にどんな用があるというのだろう。断片的に捉えられた言葉もあったが、話の幹にまで至ることはできなかった。
そうしているうちに吉丸はまた、彼方から雲のようにたなびいてきた睡魔にうつつを失っていった。
翌朝、吉丸は阿夜に昨夜のことについて訊いてみた。阿夜は相変わらず朝は呆としていたが、吉丸に尋ねられると、それまで穏やかな晩春の湖面のようだった顔に薄氷が張ったかのような緊張が走った。
「何か、あるのか?」
吉丸は彼女の変化を見逃さなかった。あのやりとりの中にそれほどの何かがあったのだろうか。大事だとも思わずにいたが、考えてみればあんな真夜中にわざわざ訪れ、忍ぶように話していたことが尋常な内容であるはずはないとも思えた。 吉丸はもしや訊かなければよかったことを訊いてしまったのではないかと不安になったが、もう遅かった。
阿夜はしばらく沈黙の中に身じろぎもせずにいたが、やがて意を決したように、
「どう切り出しましょうか、迷っていたところです。いっそ、よかったかもしれない。あなた、今夜、蓼中(たでなか)の御門に行って下さい」
と、半ば命令するかのように強く言い放った。
「それは、例のすべとやらに何か関係があるのか」
直感だった。しかし、それには何も答えずに阿夜は続けた。
「丑の一刻です。ゆめ、遅れてはなりません。着いたらそっと弓の弦をお鳴らし下さい。すれば、それに応じて同じように弦の音が聞こえましょう。さらに口笛をお吹きになれば、また同じ返しがございます。聞いたら、音のしたほうにお近づき下さい。そこにいる者たちに『何者か』と尋ねられましょうが、ただ、『参りました』とだけお答えいただければよろしゅうございます」
吉丸は黙って聞いていた。阿夜が答えを返さないことが、答えになっているような気がした。
「その者たちに連れられるところに行き、言うことに従って、立つように言われた所にお立ちになって下さい。そこからこちらに攻めてくる者があったら、戦って、お味方を守って下さいますように。その後は、一緒にいる者たちについて、船岡山の麓へお行きなさい。得たものはそこで皆(みな)に分配されますが、もしも誰かがあなたに何か分けようと言っても、断じてお受け取りになりませんよう」
早口で立て続けに、しかし一語一語を確と放つ阿夜は、普段の飄として人を煙に巻きがちな彼女とはかけ離れた鋭さを見せていた。吉丸は無意識に、頭の中で状況をできるだけ具体的に想像しながら話を聞いた。そうして思い描いた絵は、吉丸に、阿夜が何を命じているのかをすぐに理解させた。
「……つまり、俺に盗賊の一味に与(くみ)せというのか」
どちらとも退(の)こうとしない二人の視線が、食(は)み合おうとする二匹の蛇のように絡み合う。吉丸が自分でも意外に思ったほど落ち着いていたのは、「もしかしたら……」という覚悟が、すでに心の隅にあったからかもしれなかった。
(続く)
10.09.02更新 |
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口中の獄
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