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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!――焦っちゃダメ。せっかくこっちの流れになってきてるんだもの、こういうときこそ落ち着いて有利に駒を進めなきゃ。
膝の上にある鞄に神経を集中させながら、タナベの気配が遠くに消えてしまうのをじっと待つ。ほんの少しの我慢よ、あとちょっとだけ……。ベッド脇のテーブルの上にあるデジタル時計を見つめ、心の中でゆっくりと数を数える。念のため、もう大丈夫だろうと思ってからもしばらくそのままの姿勢で辛抱した。
――よし、これだけ時間が経てばもうタナベは通勤電車の中……いきなり戻ってくる心配もないわ。
ちょうど30分経ったのを確かめて、まゆりは鞄についているクマのぬいぐるみに手を伸ばした。拉致される前の晩に富子がくれたものだ。
15センチほどのサイズでアクセサリーにするにはちょっと不自然に思える大きさだが、女子高生の間で人気のキャラクターなので、これと同じぬいぐるみを鞄につけている子はたくさんいる。そのせいか、鞄の中身をしっかりチェックしたタナベも、これを調べるところまでは気が回らなかったようだ。
後ろ手に縛られているので体の自由は利かないが、監禁中に拘束されるのは計算済みである。できるだけ少ない動きで扱えるよう、あの晩、ぬいぐるみの縫い目を一旦ほどき、マジックテープを縫いつけておいたのだ。少し手間取ったけれど、やがてクマの中から四角い物体がゴロンと転がり出た。
携帯電話だ。
――やったわ!
ボタンの位置と操作方法はしっかり頭の中に叩き込んである。手探りで慎重に電源を入れた。それと同時に携帯のGPS機能が作動し、登録してある藤原の携帯にこの家の場所が通知されるよう設定してある。
まゆりはホッと安堵のため息をついた。
これで万が一、タナベが女子高生専門の猟奇殺人魔だったり、『羊たちの沈黙』に出てくるバッファロー・ビルみたいに女性の皮を剥いでコートを作ろうとする重度の倒錯者だったりしても大丈夫だ。まあ、あの小柄なロリコン中年男がそんなことをするとは思えないけれど。
取り上げられた携帯は、もちろんダミーである。「この男に監禁されよう」と決めて準備を始めたとき、まず確保したいと思ったのは外部との通信手段だった。
「家を出たい。今の生活から抜け出して別のどこかへ行きたい」というのは本心だしそれなりの覚悟もしたつもりだけれど、顔も見たことのない相手のところへたった一人で行くのはやっぱり怖い。タナベが見当違いの男だったら殺されることだってあり得るのだ。居場所だけはわかるようにしておいたほうがいい、というのは藤原の意見でもあった。
思案の末、まゆりは新しく携帯を用意することにした。元々彼女は高校の入学祝いに買ってもらった携帯電話を持っていた。すぐに登校拒否のひきこもり生活に入ってしまったためほとんど使っておらず、メモリも家族や親戚だけの寂しい携帯ではあったが、これをそのまま持っていっても絶対に取り上げられるに決まっている。そこで藤原に頼んで、最も小型で充電が長持ちする機種をもう一台契約してもらったのだった。普通に携帯を隠し持っていたら、きっと見つかってしまうとまゆりは考えた。もし自分が誰かを監禁しておこうと思ったら、まず第一に外部と連絡を取れないように携帯を探して取り上げるだろう。今どき携帯を持っていない女子高生なんているわけないからだ。
でも逆に考えると、それさえ取り上げてしまえば安心するはずだ。まさか携帯を2台持っているとは思わないだろう。言ってみれば心理的なトラップである。公園でタナベを待っている間これみよがしに携帯をいじって見せたのも、必要以上に持ち物をチェックされないようにするためのアピールだった。
思ったとおり、タナベはあっさりとひっかかってくれた。しかも鞄のことを尋ねる前に、向こうから「何か欲しいものはないか」と聞いてきたんだから、監禁魔のくせにお人好しとしか言いようがない。自分の計算どおりに物事が進んでいくのって、やっぱり快感。将棋の対局で、相手がこちらの思い通りに駒を進めたときと同じような高揚感だ。思わず口元がゆるんでしまう。
ほんの数秒間だけ充実感を楽しむと、まゆりは休む間もなく拘束された足の指でメールを打ち始めた。相手はもちろん藤原だ。まず無事でいることを連絡しなくてはならない。なかなか思うように打てないけど、焦ることないわ。時間は十分にあるんだから、落ち着いて……。焦って操作を間違えたら、最初からやり直しになってしまう。はやる気持ちを抑えて一文字一文字入力していく。
「やっと携帯ゲット。GPSを確認してください。タナベは真性ロリコンで、私をアリスと呼びます。今はまだ縛られてるけど、明日からはもう少し自由になれそうです」
そして、書こうか書くまいかちょっと迷ってから、最後にこう付け加えた。
「まだ、体に触れられてはいません」
えいやっ、と小さな親指で送信ボタンを押す。これだけの短いメールを打ち終わるのに小一時間かかった。よっぽど集中していたのだろう、気づけば冬だというのに腋や内腿が汗ばんでいた。まゆりは大きく深呼吸した。
――それにしても、今日は朝から目まぐるしい日だわ。
一息ついて考える。タナベに拉致されて今日で5日目だ。
昨日の今頃は空腹を抱えてぐったり横たわるばかりだった。自分で選んだこととはいえ次第に意識も朦朧としてきて、このまま誰にも知られずに死ぬんじゃないかとさえ思った。だが、同じセーラー服姿で同じベッドの上にいても今はまったく状況が違う。
監禁魔の監視を逃れ一人でトイレに行き、シャワーを浴び、甘くて熱いフレンチトーストまで食べることができた。久々の人間らしい食事で体力が回復したのはもちろんだが、それ以上に精神的な安定をひしひしと感じる。お腹がすくとロクなことを考えないというのは本当だ。つい数時間前まで自分はこの世で一番不幸な人間に違いないと考えていたのに、今は嘘のように穏やかな気持ちだ。
タナベは、まゆりのハンガーストライキを“排便姿を見られたくない”という羞恥心の現われだとばかり思っていたが、実を言えばそれは半分しか当たっていなかった。
得体の知れない中年男の前でおしっこを漏らしてしまって、再起不能なほどに落ち込んだのは本当である。あの後しばらくは何を口にする気にもなれず、卑劣なロリコン監禁魔への怒りで頭がいっぱいだった。
――あんな恥ずかしい目に遭わせるなんて、ひどい。しかも私が泣くほど我慢してるのを嬉しそうにニヤニヤしながら見てた……。なんなの、あのいやらしい顔!
しかし、二度と思い出したくないはずなのに、背中を丸めて布団にくるまっていると、どうしてもあの屈辱的な場面が脳裏に浮かんできてしまう。
最初はそれだけショックが大きいんだと思っていた。でも何度もその場面を反芻するうちに、まゆりは自分の中に潜む別の気持ちに気がつき始めた。ゾクゾクするような、甘い感覚。
――もしかして私、この状況に快感を覚えているのかもしれない……。知らない男におもらし姿を見られて興奮するマゾの変態女? ううん、そんなはずない。あの瞬間の絶望的な気持ちは今でもはっきり覚えている。じゃあ、どうして……?
自分では気づいていなかったが、赤の他人の前で子供のように泣きじゃくったことが彼女の心を高揚させていたのである。
子供の頃から真面目な優等生だったまゆりは、これまでの人生でほとんど泣いたことがない。姉の富子は感情的なタイプで、子供の頃から欲しいものが買ってもらえないといっては泣き、友達に仲間はずれにされたといっては泣き、宿題ができないといっては泣いていたが、まゆりはそれとは正反対の我慢強い子だった。たぶん富子の姿が反面教師になっていたのだろう。両親はそんなまゆりをいつも「手のかからないいい子だ」と言って褒めた。
まゆりは本当にいい子だね。パパとママの自慢だよ――。
星涼高校に入学していじめられるようになってからもそれは変わらず、身に覚えのない噂を流されてもクラスメイトにシカトされても、泣くことはなかった。ひきこもり生活に入ってからも同じだ。
そりゃあたまには涙を流すこともあるけれど、そんなときは自分の部屋に帰ってからベッドの上で頭から布団をかぶってひっそりと泣く。人前で感情を爆発させて泣いたり怒ったりするなんてこの上なく恥ずかしいことだ、というのが彼女の倫理だった。
しかし、5日前にこの家に連れて来られてから、何かがおかしくなっている。
初日に初めてタナベを見て理想と現実のギャップを思い知らされたときも、翌日失禁姿を見られたときも、どうしてだかわからないが派手に号泣してしまった。これまでにはけしてなかったことである。そればかりか、かつて感じたことのない開放感まで覚えている。
そんな自分の変化が、まゆりは怖くなったのだ。だから物を食べるのをやめた。
タナベが勧めるままに食べ物を口にしたら、近いうちに便意をもよおしてしまうだろう。ロリコンの監禁魔に排便姿を見られるだけならまだしも、そのことで感情を丸出しにするのだけは耐えられない。涙で男に媚びるなんて、お姉ちゃんとおんなじじゃないか。
いよいよ便意が我慢できなくなり今朝早く覚悟を決めるまで、まゆりは体を丸めて空腹に耐えながら、懸命にこれからのことを考えていた。
どうすれば、あのロリコン監禁魔に手足の拘束を解かせることができるだろう。どうすればあったかいお風呂に入ることができるだろう。どうすれば夢のような監禁生活を手に入れることができるだろう――。
将棋の手を考えるように思案に没頭することで、自分を保とうとしていたのかもしれない。
ふと我に返って足元の携帯に目をやると、藤原から早くも返信がきていた。足の指を使って慎重にメールを開く。
「何日かは身動きとれないだろうと思ってたけど、なかなか連絡来ないから心配してたよ。とりあえず潜入おめでとうw 早速GPSを確認したところによるとミスター監禁魔のおうちは府中市◯◯町◯◯番地、東府中の駅から徒歩10分位の模様。googleストリートビューで見たら閑静な住宅街だった。いざとなったら救出に行けるからご安心を……」
よかった――。藤原のいつもと変わらない調子に、ふと体の力が抜ける。
「ところでミスター監禁魔くん、やっぱりロリコンなんだwww 5日も経つのにまだ手を出されずに済んでるんだったらラッキーだよ。きっとロマンチストの変態さんだから、繭さんみたいにオタ受けする女の子ならうまくやれば優位に立てると思う。いいかい、そういうタイプを手玉に取るとき重要なのは、簡単に笑顔を見せないこと。最初から甘い顔見せると図に乗るからね。時々ニッコリしてお礼言うくらいにしとくと、ご褒美欲しさにどんどん貢いでくるはず。ポイントはツンとデレ、アメとムチだからね。では健闘を祈る!」
――なるほど、アメとムチか……。
確かに思い当たるフシはある。今朝まゆりが無意識のうちにとった行動は、偶然にも“タナベを手玉にとるポイント”をしっかり突いていたようだ。
それにしても、藤原さんったら二次元にしか興味のないオタクのくせに、どうしてそんなテクニックまで知ってるのかしら。まゆりは苦笑しながら「了解。また連絡します」と短く返信した。
(続く)
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