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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!――ああ、またあの夢見ちゃった……。
まゆりは小さく溜息をついた。大柄な中年男の手で狭い部屋に監禁されるという夢だ。初めて“女児誘拐監禁事件”のニュースを見てから、毎晩のように見る。まあ、起きている間は四六時中そのことばかり考えているのだから、当たり前といったら当たり前だ。
夢は日々少しずつ、牛歩戦術のように進化している。今日はベッドに縛りつけられて服を脱がされ、下着を脱ぐよう命令されるところまでいった。どういうわけかブラとパンティがまったく別の柄だったのが妙に恥ずかしかった。
まゆりとしては「もうこうなったらイクところまでイッちゃって!」と思っているのだが、いかんせん男女関係やセックスに対する知識がないのだからしょうがない。インターネットでエロサイトを見てみても、一番肝心なところでリアリティが抜けおちているのだ。普通だったらそういった情報は早熟なクラスメイトからでも聞いてくるのだろうが、もう何年もひきこもっている状態ではそうもいかない。いくら成績優秀でも、こればっかりはどうにもならないのがつらいところだ。
時計は9時を過ぎていた。世の中はもう動き出している時間である。
まゆりはなんとなく自己嫌悪に包まれた。もともとほとんど外出しなかったけれど、先週センター試験が終わってからは、ほぼ家の中にこもりっきりだ。たまには近所のコンビニくらい行きたい気もするが、受験休みに入ったクラスメイトと鉢合わせたらと思うと、そんな気にもなれない。
――うう、おなかすいた。
“女児誘拐監禁事件”が起きてから、ニュースやインターネットの掲示板をチェックするのに忙しくてあまり長く眠らなくなった。そのせいかすぐにお腹がへる。
居間のほうから、姉の富子と母親の楽しげな声が聞こえてくる。きっとワイドショーを観ながら甘いものでもパクついているのだろう。何かお腹に入れようとふらふらと起き上がる。家族とはできるだけ顔を合わせたくないけれど、背に腹は代えられない。
「あらぁ、まゆり。お早いお目覚めね」
案の定、2人はシュークリームを食べていた。富子が2つ目のそれに手を出しながら言う。
一体あの細い体のどこに入るんだろう。自分のぽっちゃり体型にコンプレックスを持っているまゆりは、いくら食べてもスラリと美しい体型の姉を少し妬ましい気持ちで見た。テレビには例の事件のニュースが映し出されている。
「ふぅん。このニュースも、いつまでもしつこくやってるわねえ。他に話題がないのかしら。最初はちょっと面白かったけど、さすがに飽きてきちゃったわ」
「そうよねえ。だいたいこんな破廉恥なニュースばっかり繰り返し放送して、真似するバカな男が出てきたらどうするのよ」
のほほんと茶飲み話のように話している。ついさっきまで夢の監禁生活の中にいたまゆりは、急に現実に引き戻されて少しカチンときた。ふん、お姉ちゃんもお母さんも何もわかってないくせに。飽きたんだったら観なきゃいいじゃない。そういう破廉恥なニュースに興味津々なのは知ってるんだから。
すると、彼女の気持ちを逆なでするように富子が言った。
「被害者の女の子も少しおかしいわよね。いくら監禁されてたっていっても四六時中縄でつながれてたわけじゃあるまいし、逃げようと思えば逃げられると思わない? ねえ、まゆり」
「……そんな単純なものじゃないよ」
言ってしまってからハッとした。しまった。波風立てるのはイヤだから黙ってようと思ったのに。
「ふうん、被害者の気持ちがよくわかるのねえ。あ、もしかしてあんたも監禁されたいとか思ってるんじゃないでしょうね。誘拐されれば学校に行かなくても済むなんて思ったら、大間違いよお。世の中そんなに甘いもんじゃないんだから」
富子は美人で明るい性格だが、デリカシーに欠けていた。そしてまゆりと違って学校の成績は悪いのに、へんに鋭いところがある。
いつもだったらこれくらいの棘のある言葉は聞き流せるのだが、いきなり心の中を見透かされ、焦るあまりつい心に思っていたことを吐きだしてしまった。
「お姉ちゃんみたいに男の人に騙されて貢ぎまくるくらいなら、監禁されてたほうがマシじゃないの。何もしなくても、三食昼寝付きで飼ってもらえるんだもん!」
姉の富子は、まゆりより6歳年上の24歳。5歳の息子が1人いる。いわゆるヤンママだ。
19歳の時に職場のファミレスで知り合った男と結婚して子供を産んだが、3年で離婚して実家に戻ってきた。今は花のバツイチである。
美人で華があるタイプなのに惚れっぽく、くだらない男にすぐ夢中になって貢いでしまうのが彼女の癖だった。まゆりが最初にそのことに気づいたのは、まだ小学生の頃だ。高校時代の富子はバンドをやっている2歳年上の先輩に夢中になり、スタジオ代や楽器代を払うために授業をサボってバイトをいくつもかけもちしていた。その男と別れた後は、えーと、何だっけ。そうだ、確かバイト先のファーストフード店主任との不倫。この時もホテル代やデート代を出していたのは富子のほうだ。「お金で彼の時間が買えるなら安いもんよ」とうそぶくのを何度も聞かされた。高校を卒業したら妻と別れるという言葉を信じきっていたらしい。しかし高校を卒業し就職しても、不倫相手はもちろん奥さんと別れてくれなかった。
――私はお姉ちゃんみたいに惨めな女になりたくない。つまらない男の言動に一喜一憂するだけの人生なんて、絶対にイヤ。
物心ついた頃からそう思ってきた。だからこそ一生懸命勉強して星涼学園にも合格した。
いくら美人でモテても幸せにはなれない。冷静に男の人を見積もって、自分を高く売ることだって必要ななずだ。
騙されていたと知った富子は、自殺未遂を起こしたりスピリチュアルにはまったりしていたが、数カ月もしないうちに職場で知り合った同じ年の男と交際を始め、またたくまに妊娠、結婚。しかしその男がまたしてもクズだった。鬱病で働けないなどと言い出し仕事を辞めてしまったため、富子は幼い息子を実家に預けて働くことになった。家でゴロゴロしているくせに見栄っ張りでブランド物に目がない夫のために、コンビニのバイトだけでなくキャバクラにも週4回出勤していた。
本当に、よくぞここまでと言いたくなるような“だめんず”っぷりなのだ。
ようやく見切りをつけて離婚したものの、今付き合っている新しい彼氏も、どうもその手の男らしい。はっきりとは言わないけれど、たぶん知り合ったのは出会い系だろうとまゆりは睨んでいる。まゆりはこの男が嫌いだった。お姉ちゃんが付き合うのはろくでもない男の人ばかりだけど、こいつはまた特別だ。
男はときどき両親が留守の間にこそこそと家にやってくる。そしてお姉ちゃんの部屋で、いやらしいことをして帰っていくのだ。すぐ近くにまゆりがいてもおかまいなしだ。壁を一枚隔てた部屋から「あぁん、あぁん」という甲高い声やベッドがギシギシと揺れる音が聞こえてくると、いつも「お前に存在意義なんかない。お前は空気と同じだ」と言われているような気持ちになって、傷ついた。私だって一応女なのにと思うと、泣きたくなった。
両親は可愛い孫と娘が帰ってきて嬉しそうにしているが、まゆりは手放しで喜べない。力も誠実さもないつまらない男のために寝る間も惜しんで働く富子の姿を見ていると、どうしようもなく悲しくなってしまうのだ。そして同時に、美しいのにバカみたいに情熱的な姉に対して、コンプレックスも感じてしまう。
思えば登校拒否になるまでのまゆりは出来のいい娘で、逆に富子は男に騙されてばかりいるダメな娘だった。真面目で成績優秀で愛らしい次女と、街行く人が振り返るほどの美人だけれど、バカで男にだらしない長女。正直、富子に対して優越感を抱いてないといったら嘘になる。
しかし、ひきこもりになってから2人の立場は逆転した。
ダメ夫と別れて出戻ってきた富子は、未来ある美しいシングルマザーだ。両親は孫を目の中に入れても痛くないほど可愛がっているし、最近落ち着いてきた(かのように見える)富子とも仲よくやっている。一方、まゆりはというとすっかり一家のお荷物状態。
甥っ子は可愛いけれど、両親と姉と4人で楽しそうに話しているところを見ると、自分だけが仲間外れのような気がしてたまらなくなる。
家の中にも学校にも居場所がない。無意識にそう感じていたからこそ“見知らぬ男に誘拐監禁される”という状態に強く惹かれたのかもしれない。
「私の気持ちなんてわからないくせに。私、お姉ちゃんみたいになりたくないの」
何年も前から思っていたけれど、こうして声に出して言ったのは初めてだった。そうだ、私はお姉ちゃんみたいになりたくない。男の人に夢中になって、捨てられて、泣きわめくようなカッコ悪い女になりたくない。
「おお、怖い。あんた、少しは外に出たほうがいいわよ。家にひきこもってばかりいて、お日さまに当たらないからイライラするのよ」
富子はおどけて取りあわない。いつもこうだ。男の人にふられたときは気が狂ったかと思うくらいに泣き叫ぶくせに、少したつと何事もなかったかのようにケロッとしている。本気で心配したこっちがバカなんじゃないかと思えてくる。
でも、この日は少し勝手が違った。黙りこくっているまゆりを見て、最後に真面目な顔でこう言ったのだ。
「何もわかってないのは、あんたのほうよ、まゆり」
私が何もわかってないって、どういうことなんだろう。意味はわからなかったけれど、どうも富子は自分を憐れんでいるらしいということだけはわかった。
気まずい雰囲気の中で黙ってシュークリームを食べ部屋に戻った時、まゆりの中にははっきりとある思いが芽生えていた。
(続く)
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