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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!ここ数日は、ほとんどパソコンの前にいる。あれだけ毎日のようにワイドショーを賑わせていた“女児誘拐監禁事件"のニュースも10日も経つと下火になってきた。今では犯人である田辺昭雄の新供述についてたまに続報が流れる程度。世間なんてそんなものだ。
しかしインターネット上には、まだ事件の余韻が色濃く残っていた。いや、むしろさらに盛り上がりを増していると言ってもいい。2ちゃんねるには田辺関連のスレが乱立し、ファンクラブやまとめサイトまで出没する始末だ。ニュースは消えても物語は残る。何も知らない少女が10年間にわたり監禁されていたというショッキングな出来事は、ロリコンのオタクだけにとどまらず世の男たちすべてを興奮させるものだった。
姉の富子に「わかってないのはあんたのほうよ」と言われた時、まゆりの心に浮かんだのは、
――監禁されよう。
という思いだった。それまで漠然と抱いていた「できることなら監禁されたい」という淡い思いではなく、「監禁されよう」という明確な意思である。
あれから何度も憐れむような富子の表情が脳裏に浮かび、そのたびに考えた。でもやっぱりよくわからない。どう考えたっておかしいのはボロボロになるまで働いてダメ男に貢いでいるお姉ちゃんのほうだ。昨日の夜も、家の外の路地で彼氏にお金をせびられている声を聞いたばかりだ。なあ、たった80万でいいんだよ、最初に80万払えばあとは毎月ガッポリ金が入ってくるんだ、エステに通うオバハンたちにあの化粧品が売れたらそれっぽっちの金すぐに返すし、お前にも楽させてやれるだろ……。どう考えてもマルチ商法にひっかかってるとしか思えないけど、きっとお姉ちゃんは喜んで虎の子の貯金を渡すんだろう。
ふと、さっき田辺昭雄の続報をチェックしようと観たワイドショーで、「婚活ブーム特集」をやっていたのを思い出した。
今の時代は、結婚したいけどできない女性が増えてるんだそうだ。不景気で財力のある男とない男、デキる男とデキない男が二極化したり、独身女性の将来の見通しが立たなくなったり、少子化が進んだり……云々。とにかくイイ男と結婚したいなら、女も結婚するための努力をしなければならないのだという。
それを聞いて、まゆりは「監禁されたいと思うのと、“婚活"するのとどこが違うんだろう」と思った。なんだかんだ言いながらも世の女たちが夢見ているのは、強くて経済力のある男に養ってもらうことだ。食事や服やレジャーを与えられ、男の用意した城の中でなんの不安もなく暮らすことだ。その代わりに自分が払う犠牲は、相手の所有物であるという約束とほんの少しの不自由。あと週に何回かのセックス。ほら、まったく同じじゃない。
監禁されたいと願うのも、一種の婚活と言えば言えないこともない。婚活で前向きな人生設計を! いや、監禁で前向きな人生設計を! だ。
まったく勝手な言い草だが、そう考えるとなんだかテンションが上がってくる。
とはいえ、実際に監禁してもらうにはどうすればいいのかというと、それはまったくわからなかった。まさか知らない男に「私を監禁してください」と頼むわけにもいかない。そんなことしたら頭のおかしい女の子だと思われてしまう……。
――あーあ、女子校生を監禁したいって真剣に考えてる男の人、いないかなあ。
考えあぐねながらパソコンをいじっていると、ピロロロロ……いつも立ちあげっぱなしにしてあるメッセンジャーに呼びかけがあった。あれ、久しぶりだな。相手が誰かはすぐにわかった。なぜならまゆりのアドレスに呼びかけてくる人間は一人しかいないからだ。
モニターの右端に現われたメッセージボードに目をやると思ったとおり、それは藤原将太だった。
王将少年:今そこにいる? 一局対戦しませんか。
家族以外と言葉を交わすのは何日ぶりだろう。まゆりは嬉しくなった。
繭玉:いいですね。今日は頭がスッキリしてるから、いい勝負できる気がする! 先手は私でいいですよね。
“王将少年"こと藤原将太は、まゆりのネット将棋仲間にして唯一の友達だ。ときどきこうしてオンライン将棋を楽しんだり、チャットで話したりしている。本格的にひきこもりを始めてから定期的に連絡をとっているのは彼一人だ。“王将少年"なんて名乗ってはいるものの、もう24歳になる。まゆりのハンドルネームは“繭玉"。名前をもじって適当に付けた名前だが、もう何年も狭い家の中でじっとしている自分は繭玉の中の蛹のようだと最近思う。
まゆりは藤原のことが好きだった。といっても、一人の男として好きだとかいうわけではない。藤原を個人的に知っている人にそんなことを言ったら、たぶん手を叩いて笑われるだろう。彼が情熱を傾けるのは将棋と鉄道と模型とアニメと二次元アイドル。秋葉原を煮詰めたような生粋の趣味人(平たく言えばオタク)だ。面と向かって聞いたことはないが、生身の女にはまったく興味がないように見える。
じゃあどうしてそんな男が好きなのかといえば、理由は簡単。藤原は絶対にまゆりの傷に触れないからにほかならない。「どうして学校に行かないの?」「少しくらい外に出たほうがいいよ」周りの誰もが口にするけして言われたくないセリフを、一度も言ったことがないのだ。ひょっとしたら、忘れているのかもしれないと思うこともある。でもそんなことはどっちでもいい。家族以外の人間と将棋を指したりどうでもいい話をしたりしてつながっている時間は、まゆりにとって大切なものだった。
勝負は30分ほどであっさり片が付いた。
繭玉:ははは。やっぱり全然かなわない……(泣)
王将少年:そりゃまあ、プロですから。でも中盤ちょっとドキッとしたな。繭さんの指し手って読めないから。
繭玉:そうかなあ。
王将少年:「当然こうくるはず」っていう綺麗な展開に敢えて行かなかったりするんだよね。綺麗な展開そのものがダミーだったりするから、始末が悪いんだよw。
そう。驚くことに藤原はプロなのだ。ランキングの上位に顔を出すような生え抜きではないが、将棋だけで食べている立派なプロ棋士である。オタク棋士として一部に絶大な人気があり、指導対局を希望するファンが後を絶たないらしい。そんな相手と一局指せるなんて、なかなか光栄である。
今ではこうしてネット上で交流するだけだが、実は2人が初めて会ったのは、まゆりが中学1年生・13歳の時だ。
まゆりは子供のころから父親に将棋を教えられて育った。父親の腕は素人の趣味の域を出るほどのものではなかったけれど、頭がよく研究熱心な彼女は初めて駒を触ってから1年も経たないうちに親の実力を超えた。中学に入る頃には、休みのたびに連れて行かれる近所の将棋クラブでも、まゆりに勝てる大人はほとんどいなくなっていた。それに気を良くした父親は、なんと娘をプロ棋士養成のための奨励会に入れることにしたのである。ツテをたどって奨励会に入るために必要なプロ棋士の推薦までちゃんと貰ってきた。今考えれば、あの頃は良かったなあと思う。一生懸命に考えさえすれば勝てた。そして、勝てばすべてがうまくいった。
しかし奨励会に入って、まゆりは世の中の広さを知ることになった。当たり前だが、同じ年でも自分より強い子は星の数ほどいるのだ。
そんな時、声をかけてきたのが同じく奨励会にいた藤原だった。すみませんが一局お願いできますでしょうか、とバカ丁寧に対戦を申し込まれ、まゆりはそれに応じた。そこにいた誰もが、年齢も実力も才能も段違いである藤原の勝ちを信じて疑わなかった。でも、どういうわけか勝ったのはまだ少女の面影を残した13歳の小娘のほうだった。
まゆりはそれから3カ月ほどで奨励会を辞めた。父親には悪いと思ったが、自分にはプロになるまでの才能はないとすぐにわかったし、放課後毎日一人で電車に乗り将棋会館に行くよりも、バレーボール部の友達とキャーキャー言いながらファンタを飲んでるほうが楽しかったからだ。それ以来、生身の藤原と直接会ったことはない。
再会を果たしたのは2年前。ひきこもりになってから始めたインターネット上のオンライン将棋でだ。奨励会時代に年上の騎士から呼ばれていた“王将少年"という名前と、無駄のない美しい差し筋で彼だとわかった。何カ月か迷った末に対局したいと声をかけ、昔一度奨励会で指したことがあると名乗ると、驚くことに藤原はまゆりのことをはっきりと覚えていて喜んでくれた。それからはこうしてちょくちょくネット上で交流しているが、結局勝てたのはあれ一度きりだ。時には藤原からお気に入りの萌えアニメを勧められることもあるが、正直言ってどこが面白いのかはさっぱりわからない。
一度、聞いてみたことがある。どうしてあの時私と対局しようとしたの? 藤原さんはあんなに強いのに、どうしてあの時私に負けちゃったの? するとこんな答えが返ってきた。
王将少年:あのねえ、それは繭さんが“知世たん"に似てたから。
繭玉:知世たんって誰ですか。藤原さんの彼女?
王将少年:バカ言っちゃいけないよw CCさくらの、知らないの? 超絶にカワユスな萌えキャラなんだけど。当時アキバのソフマップの前にでっかいポスター貼ってあったんだけど。今もアニメイト行くとグッズいっぱい売ってるよ。
繭玉:知りません。私ひきこもりですし!(笑)
王将少年:あ、そうか。まあ、とにかくその知世たんっていうキャラと繭さんが似てるんだよね。僕、あの頃知世たんに夢中でさ、中学の制服姿の繭さん観た途端に「知世たんだ!」って思ったの。
繭玉:だから声かけたんですか。この子スジが良さそうだなって思ったんじゃないんだ……ちょっとショック。
王将少年:やだなあ、下心じゃないよ~(爆)。あの時はスランプみたいになってちょっといろいろ考えてた時で、自分の精神面を鍛えたいとか思ったわけ。で、知世たんみたいな女の子と対局しても平常心でいられるか試してみたんだよね。結局負けちゃったんだけどさ。あ、画像あった。URL貼っとくから見てみて。
繭玉:うーん、似てるかなあ。
王将少年:似てるよ! 目がクリッとして大きいとことか、丸顔なとことか、色が白いとことか。あの頃だって奨励会のお兄さんチームの中ではちょっとした評判だったんだから。おかしいなあ。他の人に言われたことない?
繭玉:萌えアニメの主人公は、だいたい目が大きくて丸顔で色が白いと思いますけど……。
そう言ってはみたものの、確かに言われてみれば思い当たるフシはあるのだった。中学校に入学した時に家族で撮影した記念写真が、近所の写真館のウインドーに飾られたことがあったのだが、それを見たお兄さんたちが何人か徒党を組んで学校の前までやってきたことがある。頼まれてわけもわからないまま一緒に記念撮影をしたのだけれど、それを父親に話したら激怒された。以来その写真館には行っていない。
いや、それだけじゃない。たまに家に来る親戚のおばさんは彼女の顔を見るたび「本当に変わらないわねえ、小学生の時と同じ」と目を細めるし、お姉ちゃんのだめんず彼氏はまゆりのことをまったく女として認識していないようだ。声が筒抜けの隣の部屋で平気でセックスをするのもその証拠だが、ある時などこんなことを言ってるのを聞いてしまった。「俺、ああいうメイド喫茶にいるみたいな子苦手なんだよ。なんか気持ち悪くねえ?」その言葉はまゆりをひどく傷つけた。ふん、どうせ私はマンガみたいなコドモ顔の、色気のかけらもない女ですよ……。でも、ちょっと観方を変えれば、実はそれこそが彼女の武器なのだった。
そう、まゆりはいわゆる“オタク受けするルックス"の持ち主だった。しかも極上の。富子が峰不二子なら、まゆりは大道寺知世。姉が東レキャンペーンガールなら、さしずめ妹はAKB48だ。
対局後のひとときのチャットタイムを楽しみながら、そんなことを思い出しているうちに、ふと気づいた。
そうだ、藤原さんはこのとおり重度のオタクだけど、プロ棋士になるくらいだからとにかく頭がいい。それにいろんなことを知っている。彼に聞けばうまく監禁される方法がわかるかもしれない。
(続く)
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