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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!まゆりが再び目を覚ましたのは12時間後だった。後ろ手に縛られた手がまだ少し痛いけれど、ゆっくり休んだせいか体中にパワーが充填されているのがわかる。
だんだんと思考がクリアになってくるのを確かめながら、ベッドに寝転がったままの態勢で思いを巡らせた。
そういえば、妄想上のタナベに弄ばれる淫夢を見なかったのは久しぶりだ。昨日、はからずも感情をまるだしにしてしまったことを思い出すと自己嫌悪でゲンナリしたが、やってしまったものはしょうがない。思いきり暴れたおかげで体力回復できたんだと考えることにしよう。
――ポジティブシンキング、ポジティブシンキング。
目を閉じ、猿轡をかまされた口の中でブツブツとつぶやく。
奨励会で将棋を指していた頃は、よくこんな局面に遭遇した。まだエンジンがかからない序盤のうちに明らかに不利な一手を指してしまったら、どうするべきか。人によってベストな方法は違うだろうが、彼女が経験から導き出した答えは「その一手はなかったことにする」というものだった。
失敗そのものよりも、失敗をひきずって萎縮してしまうことのほうが実はダメージが大きい。
どんなに実力があっても、勝利の瞬間を思い描かぬまま戦っている指し手は決して勝つことができないということを、まゆりは知っていた。
――でも、もう失敗しないようにしなくちゃ。この監禁生活がお気楽専業主婦並の快適なものになるか悪夢になるかは、これからの私の出方次第なんだから。
帰りたい帰りたいと大騒ぎしたものの、そんなことを言っても今さらハイそうですかと帰してもらえるわけがない。それによく考えてみれば、ここまではうまくいきすぎるほどうまくいっているのだ。ただ一つの誤算は、現実のタナベがまゆりの妄想の中の彼と違ってセックスアピールのかけらも感じさせないタイプだったということだが、それはこの際仕方がない。
そうよ、どうせ監禁されるなら素敵なナイスミドルがいいだなんて、ずうずうしいにも程があるわ。まゆりは夢見がちな自分を思って苦笑した。前にテレビで見た“婚活”と同じだと思えばいいのよ。ときめきやセックスなんて二の次、居場所を与えて養ってくれればそれでいい。
そう心に決めてしまったら、なんだかガッツが湧いてきた。
あとはどうやってこの勝負に勝つかだ。
カーテン越しに入ってくる光の加減からすると、今は朝だろう。でも部屋の中はしんと静まり返っている。もしかして人里離れた場所にまで連れてこられちゃったのかな。コンビニやレンタルビデオもないような田舎だったりして……。
自分がどこにいるのか全くわからないという状況は、心細いけれど不思議な開放感もあった。これからは毎朝登校中の子供たちの楽しげな笑い声を聞かなくてもすむんだと思うと、それだけでありがたい。
――さあ、いつまでもこうして物思いにふけっているわけにもいかないわ。
まゆりは大きく鼻で深呼吸をすると、ウーウーと唸りながら足で力いっぱい壁を蹴っとばした。
すると待ち受けていたかのように、すぐにタナベが駆け込んできた。
「おい、やめなさい、目が覚めたのはわかったから! こら、やめないか!!」
男の姿を目にすると、まゆりは思わず体を硬直させた。手にくだものナイフが握られていたからだ。
お前を傷つけるつもりはないんだ、とタナベは言った。
「でもそれは大人しく言うことをきけばの話だ。そんなふうに暴れられると、これにモノを言わせなきゃならなくなる。僕はできればそんなことはしたくないんだ。痛いことをされてここにいるのがいいか、心地よく安全にここにいるのがいいか。頭のいい星涼学園の生徒なら、どっちが得かわかるだろ?」
まゆりは、大きな目でじっとタナベを見つめ、コクンとうなずく。
「そうか、いい子だな。じゃあ猿轡を外してあげよう。さっきみたいに大声をあげたりするなよ。この部屋は昔ピアノのレッスンに使われてたから防音壁になってるんだ。ちょっとくらい叫んだって無駄なんだからな」
もちろん大声で助けを呼ぶつもりなど毛頭ない。
猿轡を外され、ずっと半開きのまま固定されていた口が自由になると、まゆりはすぐに「喉がかわいた」と言った。
タナベは「ちょっと待ってなさい」と言うとそそくさと部屋の外に消え、すぐに飲み物を持って戻ってきた。手足の拘束を解かれた途端、ペットボトルに入ったお茶をひったくるようにして受け取り、ゴクゴクと喉を鳴らして飲む。美味しい。こんなに美味しいお茶を飲んだのは中学時代のバレー部の特訓以来だ。
「いい飲みっぷりだな。まあ、ずっと水分摂ってなかったんだから当たり前か……。ごめんな、後で何かあったかい食べ物も用意するから許してくれよ」
なあんだ、セックスアピールはゼロだけど結構優しいイイ人じゃない。いや、いい人だからセックスアピールがないのか。そうよね、ほっといても女の子が寄ってくるようなタイプだったら、わざわざ監禁したりしないだろうし。
いきなり痛い目にあわされたりしないとわかってホッとしたせいか、そんな余計なことを考える余裕も出てきた。
「ちょっとは落ち着いたかい」
500mlのお茶を一気に飲み終えたまゆりにナイフを向けたまま、タナベはゆっくりと話し始めた。
42歳になるまで独身で、この一軒家でもう10年以上一人暮らしをしているということ。女が欲しくないわけではないが、慎みも恥じらいもない最近の女には興味がわかず、まゆりのような汚れのない少女にしか魅力を感じないということ。自分だけの理想の女を所有したいとずっと夢見ていたこと。昨夜、あの公園でまゆりを見て運命を感じ、拉致してきたこと。おとなしくこちらの希望を受け入れる気持ちがあれば、できるだけ丁寧に扱うつもりでいること。
そして最後に、ここがどこか自分が誰かは教えられないけれど僕は本気だ、君もきっと今にこの生活が気に入るはずだと少し格好をつけて言った。
今まで気付かなかったが、落ち着いて観察してみるとタナベは寒い部屋の中なのに白いカッターシャツに黒いズボンというスタイルだ。ボタンを3つもはずして胸を大袈裟にはだけているのがなんとも不自然でキャラに合っていない。“監禁したいご主人様のための掲示板”で得た情報がなかったら、エリート会社員ではなく場末の喫茶店のマスターか何かと勘違いしてしまいそうである。
「ところでこれから君のことをなんて呼ぶか考えたんだけどね……その、アリスっていうのはどうだろう」
――ハァ?! アリスぅ?
思わずぽかんと口が開いてしまう。アリスって何、どういうこと? ヤンキーの子供の名前じゃあるまいし、そんな恥ずかしい呼び方はできれば御免こうむりたい。
「あの、私の名前はまゆりっていうんですけど。西野まゆり」
彼女にとってその可愛らしい名前は数少ない自慢の一つだった。明るく美人で男ウケする姉よりも、唯一優っていると言えるものだったからだ。
まゆりがささやかな優越感に浸ることができたのは、姉が“富子”という地味な名前を嫌がり、歴代の恋人達に無理矢理“トミー”と呼ばせるのを見ているときだけだった。
「ああ、そう。でも絶対にアリスのほうがいいと思うんだ。それでいいよね。あ、僕のことは“おじさま”って呼んでくれればいいからね」
そんな少女の気持ちも知らず、タナベは話し続ける。“お父さま”っていう呼び方もグッとくるけど、僕はまだ独身だし、それじゃまるで近親相姦みたいだろ。難しいかもしれないけど、ニュアンス的には援交ギャルがエロオヤジに媚びるみたいな感じじゃなく、親戚のおじさんに甘えるような感じで頼むよ。君のお父さんに独身の弟がいたらこんなふうに呼ぶんじゃないかなって想像して呼んでくれればいいんだ……ね?
まゆりはようやく理解した。タナベと名乗るこの中年男は、真性のロリコンなのだ。思えば彼が掲示板に書き込んでいた理想の奴隷は、若くて清楚なタイプだった。それも決まって女子高生。
なるほど、そういうことか……。
できるだけ落胆を表面に表わさないよう細心の注意を払いながら、小さくため息をつく。
もしかしたら、あの喫茶店のマスターみたいな格好は彼なりのご主人様コスプレなんじゃないだろうか。脱力感。いい人だなんて思って損した。
夢の中のタナベのようなたくましい男性じゃなかったのは仕方ないけど、まさか妄想癖バリバリのロリコンだったなんて。ああ、やっぱり私はクジ運がない。
そんなことを考えていると、急に下腹がキュッと締め付けられるような感じに襲われた。
――まずい。おしっこしたいかも。
ペットボトル1本分のお茶を急に一気飲みしたんだから、尿意を覚えるのは当然だった。しかも昨日からずっと暖房なしの寒い部屋にいるのだ。そう考え出したら膀胱にしか意識がいかなくなってきた。
ああ、おしっこしたいおしっこしたいおしっこしたい。でも、そんなことを言ったら、何をされるかわかったもんじゃない。なんといっても相手はご主人様を自称するロリコンのS男なのだ。お漏らし、失禁、オムツプレイ……。インターネットの告白サイトで読んだあんなプレイやこんなプレイが頭をよぎる。
一応の覚悟はしてきたつもりだけど、こんなに早く貞操の危機が訪れるなんて。しかし、躊躇している間にも1秒ごとに尿意は激しくなっていく。
うう、ダメ。もう我慢できない……!
「あのぅ、ト、トイレに行きたいんですけど……」
そう小さな声でつぶやくと、ボソボソと妄想語りを続けていたタナベの声がピタリと止まった。
(続く)
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