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Alice who wishes confinement
私の居場所はどこにあるの――女児誘拐の不穏なニュースを観ながら倒錯した欲望に駆られた女子高生が体験する、エロティックでキケンで悩み多き冒険。理想と現実の狭間で揺れ動く乙女心とアブノーマルな性の交点に生まれる現代のロリータ・ファンタジー。オナニーマエストロ遠藤遊佐の作家デビュー作品!!日曜日の午後。
まゆりは、新居のリビングルームでインターネット将棋に興じていた。相手はもちろん藤原だ。
大検拾得のためのフリースクールに通うようになって、何人か友達もできた。多少変わったところもあるけれど、いい子たちばかりである。でも、こうして安心して付き合える相手はやはり藤原くらいだ。それでいいと思っている。焦らなくても、徐々に溶け込んでいけばいい。私はそういうタイプなんだから。
転勤するタナベとともに大阪へ来て、早2カ月。大阪弁や吉本芸人だらけのテレビ番組にもすっかり慣れた。最近は、2LDKの片隅にある小さなキッチンで料理にも精を出している。タナベは「学校もあるんだし無理しなくていいよ」と言ってくれるけれど、いざ新生活が始まってみるとそういうわけにもいかない。新しいプロジェクトチームのチーフになった彼は、「うう、こんなに忙しいとインポになりそうだ」とボヤキながらも毎日夜遅くまで働いている。今日も休日出勤だ。
「居候なんだからタナベさんに迷惑をかけちゃあだめよ。家事くらいはあなたがやりなさい」母親は電話で話すたびにしつこくそう言う。
本当は居候なんかじゃなく25歳の年の差カップルによる同棲なのだが、それを言うと話がややこしくなるので黙っている。
意外なことに、監禁を解かれ約2カ月ぶりに家に帰ったまゆりの言葉を、両親はあっさり信じた。もちろんこっぴどく怒られたし、母親は「どれだけ心配したと思ってるの」とその場にくずおれて号泣したが、インターネットのひきこもり支援サイトで知り合った仲間と気分転換の貧乏旅行に行っていたのだと言うと、それ以上は何も言わなかった。実は富子とだけは密かに連絡を取り合っていたことにしたのも良かったのかもしれない。今は、2年間も引きこもっていた娘が新しい土地で復学して新生活を始めたことを、喜んでくれている。
この無謀ともいえる監禁ゲームが大きな事件にならず丸く収まったのは、ひとえに富子と藤原のおかげと言っていい。自宅に戻ったまゆりは、意を決してタナベに監禁が仕組まれたものであったことを打ち明けようとしたけれど、2人に止められて考え直した。
「男と女は一つくらい秘密があったほうがうまくいくのよ」というのが富子の言い分、「男は女よりもデリケートだから今は黙ってたほうがいいよ。そうだな、30年後くらいに教えてあげればいいんじゃない? 口裏は僕らでうまく合わせるからさ」というのが藤原の言い分だ。タナベと藤原と富子とまゆり、4人で相談してタナベのことは“旅の途中で知り合ったひきこもりに多大な理解をもつおじさん”という役回りにした。
母さん、この人だったら大丈夫よ。これまでにもひきこもりの子を何人も自宅に居候させて後見人になってるっていうんだもの。富子は演技派女優も顔負けの名演技で、あっという間に両親をまるめこんでくれた。ほら、まるっきり冴えない顔してるけど、人畜無害でいい人そうじゃない。
――こんなにも口のうまい人が、男の前に行くとどうして赤子の手をひねるみたいに簡単にだまされるんだろう。
人間の不思議だとつくづく思う。でも余計なことは言わずにおいた。なんてったって、おねえちゃんがいなかったら間違いなく警察沙汰になっていたのだ。感謝してもしきれない。
そんなわけで、あの監禁生活のことを知っているのは、今のところ富子と藤原だけである。4人で話し合ったとき、まゆりのような清楚な女子校生とタナベみたいな冴えない小男が夜ごと獣のような痴態を繰り広げていたなんて、彼ら以外は誰も信じないだろう。
こうして藤原と対局するのは、2月の頭に監禁されて以来初めてである。
数か月もブランクがあるのだからボロ負けするだろうと思っていたが、意外にも勝ったのはまゆりのほうだった(もちろん“角落ち”のハンデはあったけれど)。投了すると、藤原はすぐさまスカイプで話しかけてきた。
「どうしたの。繭さん、今日の一局キレありすぎ! 人が変わったみたいじゃない」
「そうですか?」
「うん、繭さんの打ち筋はだいたい読めてるつもりでいたんだけどなあ。……やっぱり25歳も年上の男と毎日エッチしてると女って変わるのかな」
ズバリと言ってまゆりを赤面させる。
画面の向こうの藤原はまた少し太ったように見えた。きっと毎日特製コーヒー牛乳ばっかり飲んでいるんだろう。負けたのが相当悔しいらしく「くそう、どこで間違えたんだろう」とブツブツ言っている。
「……で、結局ハプニングバーへは行ったの?」
「行ってませんよ!」
「なんで?」
「高校生とそんなところへ行くのはロリコンの美学に反するんですって。私が高校を卒業するときまで権利をとっておくって言ってた」
へえ、ロリコン監禁魔のくせに生真面目なおっさんだなあ。でもまあ、わかる気もするけどね。ああいうところって熟年カップルばっかりだから、繭さんみたいなのが行くと目立って大変なことになりそうだし……。
ああいうところですって!? まさかハプニングバーにまで行ったことがあるんだろうか。オタクのくせにほんとに得体が知れない。
「ねえ、そういえば前から聞こうと思ってたんだけど、藤原さんはどうして私に協力してくれたんですか?」
まゆりは、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
あのときは、とにかく今の状態から逃げ出すことに夢中で気づかなかったけれど、よく考えれば、どこの誰とも知れない変態男に監禁志願するなんて正気の沙汰じゃない。運が悪ければ殺されるかもしれないのだ。いくら“面白ければ何でもアリ”のオタク棋士だって止めるのが普通だろう。
「ああ、それはね、繭さんは愛を探しに行くんだって思ったからさ」
藤原は斜に構えてそう言った。まゆりは思わず噴き出したけれど、彼がどうやら真面目に言っているらしいとわかって神妙に耳を傾けた。
「実はね、僕も何年か前は繭さんと同じひきこもりだったんだ。中学3年のときだったかな。その頃僕は中学生でプロ棋士になるかもしれない天才少年ってもてはやされていて、自分でもそうなって当たり前だと思ってた。対局のために学校をギリギリまで休んでるから友達なんていなかったけど、それでいいと思ってた。将棋のルールすらわからない奴らと口をきくなんて時間の無駄だと思ってたんだ。すごいだろ? でも、どういうわけかあるときからぱったり勝てなくなっちゃって、中学プロの夢はあっさり断念。今思うと誰にでもあるスランプだったんだろうけど、それからゆきづまってひきこもりさ。周りの人間がみんな笑ってるような気がして、一歩も外に出られなくなっちゃった。奨励会にも行けないし、今さら学校に戻って普通の中学生やることもできない。けっこう辛かったな」
知らなかった。将棋の勝ち負け以外はなんの悩みもなく見える藤原さんに、そんなことがあったなんて……。
「両親にも腫れ物に触るみたいに扱われながら、パソコンだけを相手に丸3年ひきこもってた。一念発起してなんとか社会復帰したのが、繭さんと初めて会う半年くらい前。だから君が『監禁されたい』って言ってきたときは他人事じゃなく思えたんだよね。数年前の僕がそうだったみたいに、繭さんも愛を見つけてひきこもりから脱出してほしいと思ったんだ」
愛。まゆりは使い慣れない言葉に戸惑う。愛ってなんですか。あ、藤原さんをひきこもりから救った愛って、もしかして前に言ってた知世タンとかいうアニメのキャラクター?
「何言ってんの。将棋だよ、将棋」
藤原は呆れたように言った。
「そりゃアキバもゲームも鉄道も大好きだけど、なんていうか、やっぱり僕にとって一番大事なのは将棋なんだよね。たとえ思うように勝てなくても、スランプで辛くても、将棋のことを一心不乱に考えているときだけ自分はここにいていいと思えるんだ。僕は将棋を愛してるし、将棋も僕を愛してる」
繭さん、愛っていうのは居場所のことだよ。藤原は淡々と続ける。
元ひきこもりでも、モテないオタク男でも、こうやって好きな将棋でお金を稼いで生きてる。それが僕の唯一の居場所なんだよ。将棋は僕に自信をくれるし、一生懸命向き合えば絶対に裏切らない。繭さんも、そういう場所を探してたんでしょ?
富子の話によると、藤原はまゆりが監禁されていたあの家を何度となく偵察に行っていたらしい。家から出てきたタナベを尾行し、懸命にまゆりの身の周りの品を買いそろえる姿を見て、この男ならひどい目にあわされることもないだろうと思ったんだそうだ。富子は藤原から聞いて、タナベが夕飯にきりたんぽ鍋を作ろうとしていたことまで知っていた。
それを聞いたとき、まゆりは何か温かいものにくるまれているような心強い気持ちになった。そう、この感じが、きっと私の居場所なのだ。
「これから少し忙しくなるからしばらく対局できないけど、次は負けないからね。そうだな、次回は10分で決着をつけてやる」
自信満々ですねえ、とまゆりがクスクス笑う。王将少年は「当たり前じゃない、プロを舐めちゃいけないよ」とモニタの中で胸を張る。
スカイプからログアウトしパソコンの電源を落とすと、まゆりはパタパタとキッチンに移動し冷蔵庫を開けた。
好物の冷凍ピザが冷凍室の中から呼んでいる。でも休日出勤から疲れて帰ってくるタナベにはもう少し栄養のあるものを食べさせてあげたい。ここのところ疲れ気味のタナベは「君の顔を見るとほっとする」などとかわいいことを言う。一息ついたら一緒に温泉旅行に付き合ってくれよ。一番いい部屋に泊まれるように残業頑張るからさ。それを聞くとまゆりは胸がキュンとなって、この小柄な中年男が笑っているためにできるだけのことをしたいと思う。
卵と鶏肉とねぎがあるから親子丼はどうかしら……頭の中で夕食のメニューを組み立て始める。それに、タナベが好きなスーパードライを2缶。野菜が足りない分はポテトサラダに挑戦してみよう。
一年で一番日が長い時期とはいえ、窓の外は翳り始めている。そういえば洗濯物も干しっぱなしだ。急いでとりこまなくちゃ。
大阪に来てから一日が早い。朝は7時半に起きてゴミを出し、学校へ行き、帰りは少し遠回りして歩いて20分の図書館まで本を返しに行く。忙しいけれど、自分はこの世界の一員だと感じることができる。
やるべきことがあるというのはいいことだ、とつくづく思う。暇を持て余して一日の終わりを待ちわびていたのが、まるで夢のようだ。
まゆりは隣の部屋から携帯を持ってきて、キッチンのテーブルの上に置いた。ストラップ代わりに富子から貰ったクマのぬいぐるみがついている。
もう6時。そろそろタナベから「これから帰る」とメールが来る頃だ。
(了)
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11.03.26更新 |
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