第47講 ケッツいろいろ【3】 文=横田猛雄 イラスト=伊集院貴子 |
第五課 幽霊はケッツの穴を差し出す
更にケッツの穴ならば戒律に触れないとあっては、夜になって里からやって来て僧たちにケッツの穴を提供する幽霊もいたのです。
幽霊というと何だろうと思うでしょう。その実体は生身の女性のことです。
つまり寺域は女人禁制ですから女性は入れない訳で、入れない所に入るのですからそこにいるのは「女性」ではなく、まさに女性のように見える幽霊だという訳で、幽霊なら」入るな!!」と禁じてもこの世の者でないから勝fに入ってくることを防止するのは不可能である、という考え方によったもので、この幽霊たちはそのように暗黙の内に認められた存在であり、全山の僧侶の欲望の捌け口としての務めを果たす必要な存在であったのです。
だが彼女らとて世俗の女性のように性器を提供したのでは破戒の大罪を犯すことになるので、それでは地獄へおちることになり大変です。そこで髪を少年のように高く結い上げ、一寸見には少年のような装いをし、つまり擬似男子となって寺域に入り、専らケッツの穴を差し出し、肛交を専門とする闇の慰安婦として活躍したのです。
一般に男性同性愛の肛交が専らのように思われている僧侶の世界でも、裏ではこのように古くから男女間の肛門性交が密かに行なわれていたのです。
日本の肛門性交の元祖は弘法大師空海だとされています。勿論日本でも古代から肛交の習いのあったことは古事記・日本書紀に記されていますが、古代文化の中心の隋・唐に渡って学び、当時の世界一級の文化を日本に伝えた人の中で一番有名な人物が空海であるところから当時の唐の国の仏教の様式と僧侶の生活様式を伝えた人であるから、当然唐の国の大寺院で行なわれていたケッツの穴での交合法も彼が伝えたのであろうと考えられ、空海が肛門性交の元祖と呼ぼれるに至ったのです。
それに「いろは四十八文字」の仮名は空海が創始考案したものとされているところから、人間のケッツの穴の形は菊の花の形をしていて、その皺の数を弘法大師のいろは四十八文字になぞらえて四十八本あるなどと俗にいうようになるのです。
例の幽霊は日本の大寺院にも存在し、幕末まで僧侶の妻帯が禁じられていたので、明治初年まで存在し、『幽霊勤めの女』などと呼ばれたとのことです。
横田猛雄 1990年3月号よりS&Mスナイパーにて実践派のための肛門エッセイを連載。1993年ミリオン出版より『お尻の学校[少年篇]』発行。またアナル責めのAV作品にも多数出演しており、A感覚実践派の伝道師として他の追随を許さぬ存在。2007年5月号まで同誌上で『大肛門大学』を連載していたが、高齢と健康上の理由により連載終了。そしてWebスナイパーにて、膨大かつ偉大なるアーカイブの復刻連載開始です! |
09.01.21更新 |
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