第28講 お尻の穴の日照り【1】 文=横田猛雄 イラスト=伊集院貴子 |
第一課 試乗
産婦人科用の検診台に固縛され、大きく開股させられ、直腸内に大きめのコルポイリンテルを押し込まれて、満潮干潮の圧迫責めを繰り返され、チンボの方は、百貨店の掃除婦の小母さんが、金ピカの階段の手摺りや、立ち入り禁止のポールを磨く時のようにせっせとしごかれて、コツコツ骨があるかのように硬くさせられ、ああもうこのままでは頭のどこかの配線が一本、確実に切れてしまうと思った時、
「琴江さん、この子気にいったでしょう、試乗して見る?」
と言いました。
br /> 黙ってニコリともせず、私のチンボをしごいていたお姉さんが琴江さんです。
お姉さんは、
「うん、この子のは立派な善光寺チンボだわ、これこそ金の草鞋履いて、鐘や太鼓で捜す値打ちのある逸品だわね、乗ってみたいわ勿論!」
と言い、白衣のボタンを外すとその下は、眼もまばゆい真っ白な裸身で、一糸も身に着けていないのです。
お姉さんは右手で私のチンボをむんずと掴んだまま、看護婦さんが用意した椅子に登りました。
br /> 椅子は先生の居た、私の股間の所に置かれたので、首を曲げて見る私の顔前に、すっくと立ったお姉さんの、白い桃のようにふっくらしたお尻が迫って見えます。
br /> それに続くたくましい太い二つの太股がとっても素敵で、私は、ああお姉さんのこの肉の厚い大股でギュッと挟まれて締め上げられて、あのお尻で上から襲われて圧迫されたら最高の、至福の刻だと思いました。
br /> 又何だか、幼い日のいつかに、そんな年上の成熟した美しいお姉さんに襲われたい、食べられたいという願望が芽生え、その願望が満たされぬ、割り切れない欲求不満を密かに抱えて今日まで至った自分を思い知ったのです。
br /> ああやっと願いがかなうんだ、十数年、いや二十年近く迷いただよってきた私の心は、今その解答が与えられるのだと、そんなふうに思いました。
大きく股を拡げた私の恥骨の上に、お姉さんのたくましいお尻が迫って来ます。
br /> そうすると段々お尻の割れ目の内側が開いて見えてきて、ああ、とうとう黒い密毛が食み出して、割れ目まで見えました。
お尻の穴が、巾着の口のようにキュッと締まってすぼんでいて、お尻の穴のまわりまで供えている黒い毛がしっかり見え、その時私のチンボが動かないように、看護婦さんが脇から手で掴まえて支えました。
br /> お姉さんは、
「ヨッコラショ!」
と一声、ベンチに腰を下ろすように私の恥骨に腰掛けたのです。
それも私のチンボを自分の体内に含み呑み込んで。
br /> 腰掛けたお姉さんは、安楽椅子のように、左右に開かされた私の両膝頭に夫々の手をのせて自分の身体を支えると、上体をやや前に傾け、乗馬の選手のような感じで
「ハイ、ハイ、ドウドウ……」
と短い屈伸運動を繰り返し始めたのです。
お姉さんのオメコは凄く温かくて、しかもお湯の入ったアメゴムのような管で私のチンボをグルグル巻きにしたように、ぴったり締まって巻き付いて、それがヌメリでズルズルこすれて、ああもうさっきの手で握られていた時よりはるかに気持ちいい。
br /> 太股の付け根をきつくベルトで固定されているのに、それでも腰が生命の躍動をはじめるので、金属製のあの丈夫な検診台が、ギチギチと音を出す程です。
私のお腹はハアハアと大きく波打って生きている証を歌い上げています。
私が疲れるとすかさずお姉さんのギャロップが追い上げ、嫌がうえにも心は宙に登り詰め、全身全霊がチンボに集中し、凝結し、お姉さんのオメコに包まれて火花を散らしています。
横田猛雄 1990年3月号よりS&Mスナイパーにて実践派のための肛門エッセイを連載。1993年ミリオン出版より『お尻の学校[少年篇]』発行。またアナル責めのAV作品にも多数出演しており、A感覚実践派の伝道師として他の追随を許さぬ存在。2007年5月号まで同誌上で『大肛門大学』を連載していたが、高齢と健康上の理由により連載終了。そしてWebスナイパーにて、膨大かつ偉大なるアーカイブの復刻連載開始です! |
08.02.07更新 |
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