毎週日曜日更新、衝撃の新連載開始! あの日“アイツ”を追いかけた 全ての女子たちへ! 「腐った遺伝子」 第1回 文=早川舞 ←『聖闘士星矢コンプリート・ソング・コレクション』 COCX-32020-2 4,725円 (税込み) 販売元:コロムビアミュージック エンタテインメント株式会社 copyright 2005 columbia music entertainment,inc. |
なぜ人は、本屋に入るとトイレに行きたくなるのでしょう。
紙とインクの匂いが脳のアソコを刺激して……とか、巷にはいろんな説が流れているようですが、そんなことはどうでもいい。私は、人のこの習性が、ひとりの人間の人生を変えるほどの影響力を持つという意味で、もっと根本的な疑問を投げかけたい。なぜなら、私があの日あのとき本屋でトイレに行きたくならなかったら、今の私はなかったと断言できるからです。今こうして半生を思い返すにあたって、本屋でトイレに行きたくなるというのは、人が人生を変える1冊に巡り合うために天が仕組んだ習性だとしか私には思えないのです。
あれは小学校5年生のときでした。塾の帰りに寄った本屋で、私はその日発売のアニメ雑誌『アニメージュ』を買い求めるために、店内をうろついていました。そこへ訪れた突然の便意。いつものことではありますが、何度も体験したということが何の解決になるわけでもありません。私は初めて入ったその大型書店でトイレを探し求めて徘徊しました。店員の姿も見当たらず、右往左往するばかりの私に、便意は容赦なく襲いかかります。あぁ、一刻も早くトイレを見つけなければ。
ふと見ると、マンガの単行本コーナーの奥に、トイレとおぼしき白いドアがあるではありませんか。私は小走りにそのドアに向かいました。
そのときです。何かが私の目を、鋭く射たような気がしました。
その頃私はすでに、何かに夢中になるということを知っていました。言ってみれば、蝕まれる快感を覚えていたのです。それと同時に覚えたのは、飢えとは何か、満たされないとは何か、ということ。蝕んだものが去っていき、また訪れるまでの時間を、当時の私は埋めるすべを知らず、ただ悶々とするだけだったのです。
目を射た「それ」は、快感を得るために、私が求めてやまないものの一端でした。漢字2文字で表された「それ」は、一端であると同時に、すべてを表現するものでもありました。
「星矢」
……その頃、私は『聖闘士星矢』に夢中になっていました。当時私のクラスでは駄菓子屋で1枚10円で売られている『聖闘士星矢』のマグネットシールが流行していました。男の子向けのアニメになんて興味ないわ、と気取っていた私でしたが、人生とはなかなか理性の思うままには進んでくれないもの。ある日私は、隣の席の男子の缶ペンに貼られていた緑色の髪の男の子に一目惚れしてしまったのです。
私はおそるおそる土曜夜7時にテレビの前に座りました。ここにこうしていれば、またあの人に会えるんだ、しかも、今度は動いているあの人に、と……。それは今思うと、私の初恋だったのかもしれません。
「セインセイヤー!!」という威勢のよい掛け声とともに始まったそのアニメは、一気に私の心をめくるめくような極彩色で染め上げました。それまで人生の喜びというのはマリオというひげのおじさんや、槌であざらしを叩き潰しながら氷の上を駆け上がっていくエスキモーの兄弟が届けてくれるものだとばかり思っていた私は、血を吹き上げながら、流しながら殺し合っている少年たちに一瞬にして心を奪われたのです。
↑私に人生の喜びを教えてくれたひげのおじさんも、いつしか忘却の彼方へ……。
彼らの輝くような美しさ、そして凛々しさは、キン消しを鼻の穴に詰めてふざけあっているクラスの男子たちの誰も持ち得ないものでした。見たこともないような髪の色、重力を無視したつくりの変な鎧、手から出るわけのわからない光線……確かにそこにあるように見えるのに、現実には決して「降りて」こないもの。その日から私の世界は2つに分かれ、私はその狭間で生きることになりました。
しばらくするとアニメだけでは物足りなくなり、当時、原作漫画を連載中だった『週刊少年ジャンプ』をも購読するようになりました。しかし、アニメで彼らに会えるのは土曜日、ジャンプでは火曜日(うちは田舎でしたので、月曜ではなく火曜でした。月曜発売の都会がなんとうらやましかったことか!)と、週に2日しかありません。すでに見た回を流す再放送(しつこいようですがうちは田舎でしたので、地方の放送局で再放送を流す時間があったのです)を入れたとしても週3回です。そのうち『アニメージュ』『アニメディア』という2大アニメ雑誌も買うようになりましたが、それも月に一度の発売です。
つまり私は、1週間のうち4日は、火照った心と体をひとりで何とかしなければならなかったのでした。しかし、ジャンプやアニメ雑誌をすり切れるまで読み、アニメのビデオを何度見返しても、私の飢えは満たされませんでした。クラスの男子と一緒に駄菓子屋にマグネットシールを買いに行ったりもしました。「何でもいいから、ちょうだい」そんな声にならない叫びが今にも体中から溢れ出しそうになっていたそのときに、私は、その本と出会ったのです。
タイトルは『メイドイン星矢』、そんな名前だったと思います。同年代の方には、もしかしたら、この名前にピンと来る方もいらっしゃるかもしれませんね。
今をときめく「腐女子」と呼ばれる女の子たちが、熱に浮かされたような目で追い求めるもの……そう、その本は『聖闘士星矢』のやおい漫画のアンソロジーだったのです。腐女子なんて洒落た言葉が生まれる15年以上前の、やおい本を手にした瞬間、そのときから私の暗黒の10代は幕を開けたのです。
早川舞 世界、特にヨーロッパのフェティッシュ・カルチャー関係者との交流も深い、元SM女王様フリーライター。だが取材&執筆はエロはもとよりサブカルからお笑い、健康関係まで幅広く?こなす。SMの女王様で構成されたフェミ系女権ラウドロックバンド「SEXLESS」ではボーカルとパフォーマンスを担当。
Reverse Dead Run |
07.10.07更新 |
WEBスナイパー
>
コラム