WEB SNIPER Cinema Review!!
『扉をたたく人』のトム・マッカーシー監督作品!!
不況のために仕事が激減した弁護士のマイク(ポール・ジアマッティ)。高校の弱小レスリング部のコーチをして得る副収入でかろうじて家族を養っていた彼は、ひょんなことから身寄りのない青年・カイル(アレックス・シェイファー)を居候させることになり、カイルがレスングのツワモノであることを知って大喜びする。人生に迷う二人は互いに好都合な関係となるが......。シネマート心斎橋ほか全国順次公開!
決して裕福ではない夫婦の間に、ある日どこの馬の骨とも知れない子供がやってくる。始めのうちは、「ちょっと、変な子連れ込まないでよ! 大丈夫なの、あんなの家に置いといて!」みたいなノリだった妻が、いつの間にか「それじゃ、(あの子が)かわいそうじゃないの!」と、ブチ切れるまでになっている。
どこからかやってきた子供がいつしか家族の一員に......、という本作の展開を観ていると、山中貞雄の傑作『丹下左膳餘話 百萬両の壺』を思い出す。かたや、リーマンショック後のアメリカで作られた、現代アメリカ人の物語。かたや、世界大恐慌後の日本で作られた、江戸時代の長屋の物語。恐慌! 貧乏! そして人情。やはり社会が貧しくなると、子供をみんなで育てようという機運が高まってくるのだろうか。
とはいえ『丹下左膳~』で大河内傳次郎が演じていた浪人にくらべ、本作の主人公は、はるかにうだつがあがらない。彼は弁護士なのだが、不況により仕事が激減、かといって妻にも相談できず、ストレスでパニック発作まで起こしてしまうメタボの中年男なのだ。
演じるのはポール・ジアマッティ。『アメリカン・スプレンダー』で、生活というバットで後頭部を叩かれたような漫画家を熱演していた彼が、今度は人生に髪の毛をむしり取られたような2児の父になっていた。
そんなある日、主人公は公選弁護人として、身寄りのない痴ほう老人の担当になる。老人の後見人に月1500ドルの手当が支払われるということを知った彼は、裁判で「老人は自宅に住みたがっており、その面倒は自分がみる」ことを宣言。みごと後見人としての収入を手に入れるのだが、なんとそのまま老人を施設に放り込んでしまう。
ところが彼の前に、今度はその老人の孫だという少年が現われる。この少年がなぜか主人公の家に居着くようになってしまい......という感じで映画は進んでいくのだが、本作、この少年ことカイルがかなりの萌え萌えキャラだということをまずは報告しなければならない。
演じるのは、水もしたたるティーンエイジャー、アレックス・シェイファーくん。彼は今作が初の映画出演で、元は高校のレスリングチャンピオンだったという。そんな彼が孤独な影をまとい、金髪に無口、見た目は不良っぽいのだが、その実おじいちゃん思いの素直なところがあって、どこか脆さも漂う、けどレスリングをやらせてみたらメチャクチャ強い男の子o(^▽^)o!という「どこのホモまたは腐女子が考えたんだ!」というキャラクターに見事に同化していた。レスリングシーンでスパッツごしにプリプリした尻をみせる彼には、思わず股間がウィンウィンとしてしまう方も少なくないはずだ。
さらに、ユニフォーム越しに見えるカイルくんの背中には、かなり大きな入れ墨が入っている。かわいい顔とのアンバランスさに一瞬驚くのだが、実は主人公の妻も足に小さな入れ墨を入れていて、これをきっかけに2人が親しくなっていく。ここがなんとも、すてきなシーンになっていた。
この主人公の妻が入れている入れ墨はかなり若気の至りが感じられる、爆笑ものの代物だ。しかしそれを通じて、彼女にも家族とは別の時間、彼女だけの歴史があるのだということが伝わってくる。ここは2人がついに、青春ただ中の少年と、むかし青春を過ごしたおばさんという、主人公抜きの関係に到達する記念碑的な場面なのだ。観ていて、やがてカイルにとって思い出になっていくような瞬間なんだろうなあ、と暖かい気分になってくる。
カイルくんのレスリングの才能が判明してからは、本作はスポ根ものの様相を呈し、ボンクラ好きとしては、このときチームメイトとして出てくる「Wiiのスターウォーズのゲームと現実の区別がついていない少年」がアツかった。さらには、「勝手にコーチとして出しゃばってくる離婚した妻の家にのぞきに行くのがやめられない男」など、ここにきて主人公の周りは、実はかなりの負け犬ランドだったということが判明。
そんな中カイルくんは破竹の勢いで勝ち進んでいくのだが、しかし彼にも問題があり......と映画はいよいよ佳境に突入していく。
リーマンショック以後、アメリカでは『マイレージ、マイライフ』『カンパニー・メン』『幸せの教室』など、不況を背景とした映画がつぎつぎと作られてきた。本作もまた、間違いなくそこに繋がる1本だ。
本作はカタルシスに回収されない、けどそうだよな、それもありだよなという、今までのアメリカ映画とは明らかに違う終わり方を持っている。この不況を背景にした一連の映画を「アメリカン・ニュー・不景気・シネマ」と呼ぶのはどうだろうか。ベトナム戦争は、アメリカン・ニュー・シネマをつくりだした。この不況も、アメリカ人とアメリカ映画に変化をもたらすのかなという、本作はそんな新しい潮流を感じさせる1本になっていた。
文=ターHELL穴トミヤ
突然きみが家族になった。人生がもっと厄介で、愛すべきものになった――
『WIN WIN/ウィン・ウィン ダメ男とダメ少年の最高の日々』
シネマート心斎橋ほか全国順次公開!
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映画『WIN WIN ダメ男とダメ少年の最高の日々』公式サイト
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