WEB SNIPER Cinema Review!!
韓国映画界の異端者キム・ギドクが、3年の沈黙を破り書き上げた衝撃のシナリオ!!
北緯38度にある朝鮮半島の軍事境界線を越えてソウルとピョンヤンを行き来し、3時間以内に何でも配達する正体不明の男。彼が運ぶのは離散家族の最後の手紙やビデオメッセージなどだ。北朝鮮製の煙草「豊山犬」を吸うことから、男は「プンサンケ」と呼ばれていた。ある時、彼は韓国に亡命した北朝鮮元高官の恋人をソウルへ連れてくるという依頼を引き受け、無言のままに仕事を遂行する。しかし――。衝撃の展開に息を飲む、韓国発の強烈なメッセージ!!ユーロスペース、銀座シネパトスほか全国にて絶賛上映中
その昔、男の言葉はタバコだった。説明は無用! 弁解も無用! 男は黙って行動し、何か言われたらタバコを一服......。日本ではそんなタバコの美学は石井輝男『異常性愛記録 ハレンチ』とともに崩壊したのだが、韓国ではまだ脈々と息づいていたようだ。
『プンサンケ』というのはタバコの銘柄として使われている、北朝鮮の犬の名前(豊山犬)。本作はとにかくこのプンサンケが吸われまくり、国境を無事突破して一服......、女が殴られたら一服......、亡命した政府高官が故郷を思い出して一服......、名刺はタバコの空き箱を渡すだけだし、もう、男の人生はタバコを吸わなきゃ始まらない! 健康増進法がなんだ! プンサンケはタール30mmg、肺がん上等!という久々のタバコ映画となっているのだ。
ユン・ゲサン演じる主人公は、身一つで非武装地帯を越えて南北朝鮮を行き来し、離散家族のために手紙やビデオ、頼まれれば人間すらも運んでしまうという謎の男。いまどき角刈りだわ、太眉だわ、いつも不機嫌だわ、さらにタバコは吸うわときたら、昭和っぽい>団塊の世代>コンプライアンスの欠如、低い人権意識、セクハラ、アルハラ、休日ゴルフ......とどんどんネガティブな連想になってしまうのだが、いやいや動くユン・ゲサンはかっこいい。
映画が進むうち「謎の男」のうわさを聞きつけた南北双方の情報機関が、主人公に接近し「我々のために働け」と脅しをかけてくる。そのときの彼の、無言+睨みあげる三白眼! 思わず「健さーん!」と叫ばずにはいられない、やはり日本人には、無口な男に反応してしまうDNAが刻みこまれている。
製作・脚本はキム・ギドク。監督はチェン・ジョンホンで、このコンビで作られた前作『ビューティフル』は、「主人公じゃなくて、舞台となっている社会のほうが男尊女卑すぎて狂ってる」というすごいサイコ映画だった。本作は全体としてはより素直な作りになり、むしろ王道のアクション映画となっている。しかし、それても徒手空拳映画人キム・キトク! セリフがまったくない主人公に始まり、随所に普通ではない演出が飛び出していた。
映画は亡命した北側の政府高官を、南北の情報機関が取り合う構図の中で進んでいく。この韓国側の情報機関の主任として出てくる男が、我修院達也のような外見ながら、その中身はマキャベリストというイヤらしさで味わい深い。
主人公は、この男によって高官の情婦を北から南へ連れ去るよう仕向けられるのだが、死の危険を感じつつテムジン川を超えた2人は、いつしか魅かれあうようになってしまう。しかし、そこはもちろん昭和の男! 決して手は出さず、目の前でどんなに彼女が理不尽な目にあっても、終始無言で立っているばかり......(ただしその間の目力はすごい)。ただプンサンケだけが一本、また一本と煙になっていき、「お前は一体、彼女のことをどう思ってるんだよー!」と観客の気持ちが増水したテムジン川の濁流となってあふれだしたところで、ついに「健さーん!」な展開となる。
しかしその先のオチは、おい今までシリアスなアクションできたのにそれかよ!とまったく普通ではなかった。いきなり戯画化というか、いやあれこそ映画だということなのかもしれないが......。
おもしろかったのは、この北から連れてこられた女の子、キム・ギュリの本作での描かれ方。これをみるに、韓国人からみた北朝鮮人民というのは、日本人からみた戦前とか戦後すぐの日本人の立ち位置に近いのではないだろうか?
豊かになり、汚れてしまった今の自分たちと、貧しかったが、まだ美徳を保っていた頃の自分たち。日本の場合は一つの国として直線で発展し、その二つは高度成長期を境に分かれている。しかし韓国人にとっては、南北分断と共に時間は二つに枝分かれしてしまい、過去の自分たちも一緒に、いまだ平行宇宙として存在し続けている......それが北朝鮮なのではないだろうか。この映画のキム・ギュリの描かれ方には、まるで日本人が『おしん』を見るような感じ、豊かになり、過去を失った自分たちへの後ろめたさ、それが含まれているように感じられた。
しかし国となれば、これはどちらも同じ穴の狢。国家の嫌になるほどの「むじな感」を、本作は同時に描いている。というわけであの最後なのだろうが、それにしてもあの展開はありなのか......。
もう一つ、本作ではこの主人公の家が印象的だった。彼は秘密基地のような場所にひっそりと住んでいるのだが、そこにはラジカセがあり、いまどきカセットテープで音楽を聴く。そのとき音楽だけでなくこのテープ自体が回る音も聞こえてくるのだ。これがすごくいい。
ライターのフタをあける音。タバコに火をつけ、息を吸い込んだときの火のすすむ音。そしてこのカセットテープがゴロゴロ回る音。本作のそこかしこから聞こえてくる動作の音は、セリフではなく、行動だけで意思を示す本作の主人公を連想させる。すべてが動きに立ち返る......、まるで無声時代の映画を志向するかのような密かなロマンティシズムが、キム・ギドクにくり返し無言の主人公を描かせてきた原動力なのかもしれない、本作を観ていてそんなことを考えた。
ちなみにこのカセットテープに入っているのはオペラなのだが、これは本作の監督自らが歌っているのだという。彼はキム・ギドクの才能に感動し、そこで「押し掛け助監督」となる前は、オペラ歌手だったというのだ。全く意外な経歴なのだが、そう考えれば最後のあの突然の展開も、いややっぱり全然分からないよ!
文=ターHELL穴トミヤ
言葉なき男の叫びが分断の歴史を揺るがす――
『プンサンケ』
ユーロスペース、銀座シネパトスほか全国にて絶賛上映中
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映画『プンサンケ』公式サイト
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