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『フジヤマにミサイル』の藤岡利充監督が放つ衝撃のドキュメンタリー
羽柴誠三秀吉、外山恒一、マック赤坂など、「泡沫(ほうまつ)候補」と呼ばれる立候補者たちの真相に迫るドキュメンタリー。彼らはなぜ、300万円の供託金を支払ってまでして敗戦濃厚な戦いに打って出るのか。歴史に残ることのないツワモノたちの記録。ポレポレ東中野ほか、全国順次公開中
スーパーマンコスプレをした中年男が修羅場に突入する。これが傑作じゃなくてなんなのか。今年観た映画の中で一番面白い。2013年上半期ベストワンは『映画 立候補』だ。途中までは爆笑! 全てを観終わったあと、混乱してどう書いていいか分からない。感動した、恐ろしくなった、興奮した。これは傑作だ! 観終わったあと呆然とする。なぜだろうか? それは映画を観にきたつもりが、終映後、まさにいま自分がこの映画に囲まれて生きていることに気づくからだ。
本作は、泡沫候補についてのドキュメンタリー。中でも大阪府知事選に焦点を合わせ、「おいおいこいつ、なんなんだよ」と言われる、いわゆるイロモノ候補たちの姿を追っていく。そのメンツは羽柴秀吉、外山恒一、マック赤坂......、彼らの人生や目的はまさにバラバラ。本作の二大イロモノと言っていい、羽柴秀吉とマック赤坂をとってみても、片や中卒、片や京大卒。羽柴は「青函トンネルの土砂運搬」という土建屋路線で、マックは「レアメタル貿易」というホワイトカラー路線で財を成してきた。さらには、父一人子一人のほのぼの候補や、立候補だけしてなぜかずっと引きこもりの男など、映画は総勢6人の泡沫候補、それぞれの事情をていねいに追っていく。
しかしメインはなんといってもマック赤坂だ。というと「マック赤坂」を持ち上げている作品なの?と思うかもしれないが、本作それほど単純でもない。むしろこの映画で素晴らしいのは、マックを囲む人間たちの、彼への距離感なのだ。
たとえばマック赤坂の唯一の秘書、彼はもともとハローワークで「ロールスロイスの運転手募集:時給4000円」の告知をみて応募した。警察官であろうと、敵陣営スタッフであろうと、マック赤坂の演説を邪魔する人間は全力で排除する。そんな彼は、仕事としてマックに関わっている。オフの日、穏やかな彼、横に座る息子に監督が「『マック赤坂』ってどう思う?」と質問する。「きもい」と答える息子に「はははは、キモいよな~」といっしょに笑う、その笑顔が素晴らしい。
本作には、まさかのダークホース、マック赤坂の息子も登場する。あの親父の息子、どんだけのボンボンが出てくるんだと思うと、驚くほどの地味さにつんのめる。彼は父親の貿易会社を継いだ、若社長。その彼が、監督の質問「会社でスマイル体操ってしてるんですか?」に「しないですね」と即答する。「スマイルだけしてればいい世界ではないんですよね、貿易は」という猛烈真っ当な答えに、逆に笑いが止まらない。彼は父親に複雑な感情を抱きつつ、しかし肉親としてマックとつながっている。
立候補者受付会場でのマック赤坂の第一声は「おはようさん」だ。「羽柴は来てないんだ」と予想を遥かに超える低い声。そのまったくスマイル抜きのダンディーさに、誰も知らない裏マックへの期待が高まる。
記者会見でもなかなかするどい質問が飛び、対してマック赤坂からのメディアへのコメントも辛辣ながら説得力がある。という普通の話の流れの中で、本作最初のスマイルを「メイクッ」が炸裂! 太い声でまじめな話をしている、その全く同じテンションの中からいきなりくり出される「メイクッ!」。そしてたたみかけるような「マイナスから、プラスッ!」。マック赤坂の鉄板ネタだ。その前にズラッと並び、うつむいたままでメモをとり続ける記者たち。多分「下っ端なんだからマックの取材行ってこい」と言われたのであろう若い記者の、「なんで俺、こんな奴に説教されてるんだよ」顔が素晴らしい。
この映画に映し出される最初の秘密。それは、ホテルの部屋で選挙放送を眺めるマックの姿だ。彼は自分で自分の選挙演説に笑い、そしてツイッターで反応をチェックする。「これなら外山弘一を越えられるだろ~」と秘書と盛り上がり、ここには「彼に素があった」という驚きがある。マック赤坂というのは、ウケを狙って数々のネタを繰り出すキャラだったのだ。
公職選挙法によって民主主義社会における、最強の個人となったマック赤坂。映画は、彼があらゆる場所の空気を破壊していくさまを追っていく。 その突撃精神はまさに爆笑の連続で、まずはいきなり維新の会の選挙事務所を「激励」。やがて京都にまでさまよいだし(そこに大阪府知事選に投票できる有権者はいないというアナーキーさに気づいてほしい)上に立つ存在は車すらもゆるせない(その間中、手には『でんでん太鼓』を持っている)。
と思えば自分より空気を壊す人間とは戦わず、大阪の道頓堀ではよっぱらいに絡まれるや即演説を中止。ついには学園祭中の母校、京大正門前でも演説を始め、「困ります......」と止めに入たメガネにまじめそうな女子大生を、「貴様! 公職選挙法違反になるぞ!」「就職できなくなるぞ!」と大人げなさ100%で恫喝する。邪魔をされたら、強い者にも弱い者にも牙をむく! それが仁義なきマック赤坂陣営(2人だが)なのだ。
そんな彼が決定的に負ける相手、それが橋本徹だった。大阪府知事選の応援演説が始まるまさにその瞬間。維新の会が演説をする、ど正面にロールスロイス(このロールスロイスという、人をバカにした小道具がまた素晴らしい)で乗り付け、演説を開始する。しかし彼は、逆に橋本陣営に手もなくひねられてしまう。すっかり勢いをなくして、愛想笑いをするマック。壇上の橋本の演説を眺めながら、いつになくパック酒「鬼殺し」を飲むペースが早い。その目の切なさ、なさけなさ。役者のようになめらかな喋り、新進気鋭の橋本徹と、それを下から無言で見上げるマック。ここには時代、人生、そして悲哀が、劇映画のような鮮やかさで映しとられている。
この映画では、スマイルセラピーがどういうものなのか(もっといえばカルトじゃないのか)は分からない。彼が宣伝のために出馬してるかどうかも分からない。しかし全編から、狂気とも言えるマックの破壊衝動が漂ってくる。それが素晴らしい。
彼への道行く人間の反応を観ていると、若者は「いいぞもっとやれ!」と喜び(現状を壊していておもしろいから)、おっさんは「具体的な政策はないのか!」と怒りだす(自分が現状だから)。変わらないのは、彼がなにを相手にしても一歩も引かず、しかもいつも単身なことだ。今の時代、まだ狂ってる奴がいた! 自滅的な奴がいた! そして単身の力を、もう一度信じることができる。そんな興奮が本作には満ちているのである。
で、この映画は終わらないのだ! やがてカメラは相変わらずのマック赤坂を軸として、むしろ日本こそが変わりはじめた、その姿を浮かび上がらせていく。監督いわく、一旦撮影終了したあとの追加撮影だったという、その最後の場面。濡れた夜の光の中。大群衆。大量の怒号。ここで、本作はドキュメンタリーでありながら伏線を手に入れる。オチを手に入れる。混乱と熱狂の中で、マックはスーパーマンコスプレをしている。演説者、選挙スタッフ、群衆、警官、公安、全てを巻き込み事態は誰も(多分マックですら)予想していなかった展開へと突入していく。観客はマックと一緒にそこで起きたことを目撃する。ずっと聞こえていた、紙芝居の悪役のようなマックの高笑い。その奥からぽつりと彼の呟きが聞こえてくる、「ハッッハッハ。ほんとにオモロいな、人生は」。
これこそがこの映画の手に入れた真実だ。『映画「立候補」』は映画の女神に愛され、この瞬間傑作ドキュメンタリーとなった。
文=ターHELL穴トミヤ
映画「立候補」日本を暴走上映中!
『映画「立候補」』
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関連リンク
『映画「立候補」』公式サイト
『映画「立候補」』公式Facebook
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