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(C) 2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114

WEB SNIPER Cinema Review!!
顔さえ知らない父親を探すため、バスを乗り継いで900キロ
2003年、イラク北部クルド人地区。フセイン政権の崩壊から3週間後、戦地に出向いたまま戻らない息子を探すため、老いた母は旅に出た。12歳の孫アーメッドを連れて――。さまざまな出会いと別れを繰り返し、二人がたどり着く場所とは……。平和への祈りを込めた、慟哭のドラマ!!

6月4日 シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
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ロードムービーと聞いてまず思い浮かぶのは、“自由”とか“青春”とか“成長”とかいったイメージ。
『イージーライダー』、『テルマ&ルイーズ』、『パリ、テキサス』、こないだ名画座で観たばかりの『ゾンビランド』。たとえ登場人物が行こうとするのが破滅に向かう道であっても、そこには何物にも代えがたい日常からの解放感があるものだ。

でも、この映画にはそんな解放感など微塵もない。
なんといっても舞台はサダム・フセイン失脚からわずか3週間後のイラク。政府が崩壊したとはいえ、独裁者フセインはすでに18万人以上のクルド人を虐殺しており、砂だらけの荒涼とした大地にはいまだ武装したアメリカ軍がひしめいているのだ。ヒッピーとかマリファナとかフリーセックスだなんて浮かれていたら、アッと言う間に銃弾か野生動物の餌食になってしまうだろう。

そんな中、戦地に赴いたまま行方不明になっている顔も知らない父親を捜しに、12歳の少年アーメッドと年老いた祖母が旅に出る。弱者が2人、身を寄せ合って一歩一歩進んでいくような過酷な旅だ。
手掛かりは父親の友人から届いたたった一枚の手紙。2人はナシリヤにある刑務所を目指しのだが、貧しくほんのわずかしか金を持たないため、野宿をしながらヒッチハイクと乗り合いバスでなんとか進んでいこうとする。
戦争によって虐げられ続けてきただけあって頑固で偏屈、村からほとんど出たことがないためクルド語しか話せない老婆と、アラビア語はなんとかわかるものの12歳にはとても見えない幼い孫。2人でようやく1人分って感じだ。こんな凸凹コンビが果たして無事に目的地にたどり着けるんだろうか。観ているとついこっちまでヒヤヒヤしてしまう。


(C) 2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114


しかし、げに素晴らしきは子供パワー。アーメッドが呑気にぴょこぴょこ飛び跳ねているだけで、こんな過酷な旅にも明るさが見えてくるんだから不思議だ。バス乗り場で出会ったタバコ売りの少年に助けられたり、ヒッチハイクした運転手がこっそり金を返してくれたり、見知らぬ男が一緒に旅をして何かと力になってくれようとしたり(とはいえ、この男はちょっとした訳アリで、フセイン独裁政権の影の部分を背負っている)。
2人は危なっかしいながらも、なんとかナシリヤ刑務所にたどり着く。

が、せっかくやってきたのにそこに父親はおらず、忙しそうな案内人から出てきたのは「近くに集団墓地が見つかったから、そこを探せ」という非情な言葉だった。
息子の写真を抱きしめ「ここにいたのに……」と弱々しくつぶやく老婆。しかし、このまま帰るわけにはいかない。2人は集団墓地に向かってさらなる旅を続ける。でも、やはり父とおぼしき遺体は見つからない。次の集団墓地にも、そしてさらに次の集団墓地にも……。
2人の旅は、徐々に“父親探し”ではなく“骨探し”に変化していく。それは息子であり父親である男が、もうこの世にいないのだと納得するための、諦めの儀式だ。
一説によると、独裁者が虐殺した人の数は40年で100万人(!)以上。
サダム・フセインが独裁者だということは知っていたけれど、何十万人ものイラク人が2人と同じような儀式を繰り返してきたのだと思うと、その悲しみの絶対量に目がくらみそうになってしまう。


(C) 2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114


物語の冒頭では無邪気な子供だったアーメッドだが、過酷な旅の中で徐々に成長し、最後には弱って若干ボケだしたおばあちゃんをリードするようになっていく。それは12歳の少年にとってはあまりにも悲しい成長だが、たった1人の家族を懸命にいたわる姿は哀しみだけでなくかすかな希望も感じさせてくれる。
消えていくものがあれば、育っていくものもあるのだ。

ちなみに、監督のモハメド・アルダラジーはプロの役者を使わないことが多く、本作でも主役の2人は素人。老婆役は戦争で息子を失った主人公と同じ経験をしている女性だし、アーメッドは村で見つけた演技経験などない少年だという。
でも、2人の気を遣っていないようでときどきフッといたわり合う距離感は、血のつながった家族そのもの。
父親を探しにきた刑務所の前で立ち止まり、「こんな顔じゃお父さんに会えないよ」と汚い川の水で孫の顔を洗ってやる老婆。そういうおばあちゃんの顔も土で汚れているのに気付き、ごく自然な仕草で洗い返してやる孫。子供の頃を思い出すようななんともいえぬいいシーンだ。

どんな戦火の中にも破壊された町にも、太陽の光だけは降り注ぐ。もちろんガイコツだらけの集団墓地にも。そんな月並みだけど力強い真実が、じんわりと染みてくる映画だった。
東日本大震災から1カ月ほど経ったときに観たせいもあるのだろうか。アーメッドの黒く澄んだ瞳に、なんだか勇気がわいてくる気がした。

文=遠藤遊佐

ルリン国際映画祭でアムネスティ国際映画賞・平和映画賞を
ダブル受賞した必見のロードムービー!!


FLV形式 6.77MB 2分15秒

『バビロンの陽光』
6月4日 シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
(C) 2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114

原題=Son of Babylon
監督=モハメド・アルダラジー
制作= イザベル・ステッド / アティア・アルダラジー / ディミトリ・ドゥ・クレルク
脚本= ジェニファー・ノリッジ / モハメド・アルダラジー / ミトハル・ガズィー
出演= ヤッセル・タリーブ / シャーザード・フセイン / バシール・アルマジド


配給=トランスフォーマー
後援=ブリティッシュ・カウンシル

2010年|イラク・イギリス・フランス・オランダ・パレスチナ・UAE・エジプト合作| アラビア語・クルド語|シネスコ|90分|35mm|カラー|ドルビー5.1chSRD

関連リンク

映画『バビロンの陽光』公式サイト

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遠藤遊佐(C)花津ハナヨ
(C)花津ハナヨ
遠藤遊佐 AVとオナニーをこよなく愛する三十路独身女子。一昨年までは職業欄に「ニート」と記入しておりましたが、政府が定めた規定値(16歳から34歳までの無職者)から外れてしまったため、しぶしぶフリーターとなる。AV好きが昂じて最近はAV誌でレビューなどもさせていただいております。好きなものはビールと甘いものと脂身。性感帯はデカ乳首。将来の夢は長生き。
遠藤遊佐ブログ=「エヴィサン。」
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11.06.02更新 | レビュー  >  映画
文=遠藤遊佐 |