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『終わってる』『微温(ぬるま)』『最低』などの今泉力哉監督作品
妻を亡くしてから小説が書けなくなった初老の作家・高田則文(モト冬樹)、彼の娘と息子ら、彼に恋愛相談を持ちかける美女、後輩作家など、総勢15人が交錯する込み入った恋愛模様。本作が商業映画第1作目となる監督・今泉力哉による、モト冬樹の生誕60周年記念作品!!新宿K's cinemaにてレイトショー公開中
本作のストーリーは「ハゲた中年のおっさんのくせに、なぜか若い娘とつきあえちゃう」というところを目指して漂っていく。そこまでどうやってたどり着くのか、今泉監督の手練手管が実現するその課程は、小宮一葉の黒髪でうぶ毛をなでつけられるように気持ちがいい。
主人公、高田則文(モト冬樹)は妻を亡くして以来、小説が書けなくなった中年の男だ。彼には、娘と息子がいて、さらには彼を慕う若きベストセラー作家が家に出入りしている。娘はすでに結婚し、息子はただいま婚約中、そこに高田本人と、ベストセラー作家の恋人が入り乱れ、総勢4組のカップルがメインとなって話は進んでいく。人間関係は複雑で、しかしその複雑さが映画の進行とともに自然とほどけていく。実にうまく作られた本作なのだが、そうやって丁寧に、きれいに、気持ちよくつなげられていった流れは、最後の最後に台無しになるんですねー! その最後のハチャメチャが、なによりすばらしい。
今泉力哉は『終わってる』『微温(ぬるま)』『足手』『最低』など、ワンルームマンションを舞台とした、恋愛コメディーを多く撮ってきた監督。彼の映画に出てくるのはいつも若者で、っていうか監督の周りの友達ばっかで撮ってるんじゃないだろうか。でも彼らのキャラクターが草食系でも肉食系でもなく(そして『モテキ』でもなく)、メディアによってカテゴライズされる前の、生の若者になっていて、それがいつもすごくおもしろい。そのセリフの「今さ」や「軽さ」こそが今泉監督の最大の魅力だったのだ。
ところが今回、そこに「重み」を持ったモト冬樹が登場した。芸能歴が長く、中年の男で、また設定の上でも一軒家に住み、アナクロで、成人した子供が2人いるという人物。これにより映画に広がりと厚みがもたらされ、本作は今泉作品としてかつてない完成度となっている。
本作の楽しみは、いくつものカップルの修羅場を覗きこむというところにあるのだが、中でも高田の息子と、その相手の「ただいま妊娠中」カップルは最高だった。ドブスの婚約者を演じる後藤ユウミの演技が冴えに冴えていて、ことあるごとに「ほんとは私のこと好きじゃないんでしょ! じゃあ結婚できないじゃん!」とキレまくり、最後は「じゃあキスして......」でしめてくる。そこに全身全霊をかけ、ヘリウムガスのように軽い言葉で応えていく平井正吾! このセットはまさに今泉節の真骨頂で、多いに笑わせてもらった。
対照的に、高田則文と小宮一葉演じる小夜の2人は、会話ではない空気をメインに描かれる。女の子と2人きりの部屋の心地よさや、一線を越えるかこえないかの緊張感、そしてやっぱり超えなかったときの安心感など、それらがさざ波のように、なんども打ち寄せる。
それにしても『最低』でほっぺにニキビのある少女だった小宮一葉の、本作での成熟ぶりには感動だ。黒髪ストレート、前髪パッツン、ワンピースの彼女のビジュアルは、どう見ても黒髪ビッチ。出現したその瞬間から、ガイガー危ない黒髪カウンターはびんびんに反応するのだが、股間は一刻も早い運転開始を要求してくる。どんな男も避けて通れない、股間のエネルギー問題。そこを突いてくる、あけたら最後パンドラの箱的な危なさを、完璧に演じきっていた。
そんな彼女だが、部屋にピアノが置いてあり、それをせがんで主人公が弾いてもらうというシーンがある。高田がギターで合わせ、ここには彼女の人格、人生、生活からは切り離された、才能だけが立ち上がる感動があった。映画に流れるドタバタした生活の時間からは独立していて、しかし終わってみれば最も忘れられなくなっている、すばらしい場面だ。
この映画で気になったのは、この高田則文が、映画の登場人物誰もが言っているように、ほんとうに「すばらしい作品」を書ける人間なのかということ。途中に彼の小説の一節がちょくちょく挿入されるのだが、はっきりいってどれもピンとこなかった。それが、最後のあのシーンで、「ああこれなら。ほんとにこの作家の作品を読んでみたい」と思えるようになる。主人公を記号的な「すごい作家」ではなく、ほんとうに魅力ある作家として感じさせてくれたのは、本作が上手に語ってきた物語を、あえて最後に捨て去ったからに他ならない。
妻に先立たれ、インスピレーションを失った作家が、やがて悩める娘に出会い、相談にのる過程で自らも癒されて、立ち直っていく。その流れは心地いいんだけど、段々ムカついてもくる。だってそれ、あまりにスムーズすぎるじゃねえか! それこそがよくできた物語で、主人公自身、それをなぞって振る舞っていたようなところがある。なぜならそうすれば、その先にご褒美が待っているのが物語というものだからだ!
世の中の人間は誰もが、善し悪しはあれストーリーを刷り込まれたり、選んだりしながら日々の自分の行動を選んでいる。「大人としての常識的な振る舞い」だったり、任侠映画の登場人物だったり、釣りバカ日誌だったり、徒然草だったり......。どこからかお手本を見つけて来て、その流れをなぞろうとする。それは、秩序にうつくしさを感じる人間の自然な欲求でもあるわけだ。
でもそんな世の中にある「こうきたらこうだよね、この場合はこうだよね。いや~それはナシでしょう」みたいな型をなぞった野郎の小説なんか読みたくねえんだよ! ふざけんな!と思っていたら、この映画! 最後! 土砂崩れ! 最高!
それにしても本作は重い教訓を含んでいる。それは「セックスはあとでやろうと思っちゃだめ」ということだ。自戒を込めて、重く噛み締めた。監督には次回あたりぜひ、グッチ裕三主演の作品もお願いしたい。
文=ターHELL穴トミヤ
妻に先立たれてから一切小説を書いていない作家・高田則文。
「恋愛相談に乗ってほしい」と言われた高田は彼女の家を訪ねるが......
FLV形式 5.65MB 2分07秒
『こっぴどい猫』
新宿K's cinemaにてレイトショー公開中
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映画『こっぴどい猫』公式サイト
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