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クエンティン・タランティーノから最大級の賛辞を贈られた話題作

ニューヨーク州最北部。セントローレンス川を挟んでカナダとの国境に面する北米先住民モホーク族の保留地と、隣接する小さな町。2児の母親レイ(メリッサ・レオ)はモホーク族の女ライラ(ミスティ・アップハム)と知り合い、“ギリギリ”の生活から抜け出すために真冬の寒さで凍てつくセントローレンス川を車で渡り、国境を越えて不法移民を密入国させる危険な仕事に手を染めていく。 人種も生活環境も異なり、初めのうちはいがみ合っていた2人の間にも、母親同士という共通の立場をきっかけに信頼関係が生まれる。だが、そんな2人を待ち受けていたのは、あまりにも過酷な現実だった――。

2010年1月30日(土)、シネマライズ他、全国順次ロードショー!
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こいつはとんでもなく渋い映画だ! 熱い女同士の友情。まずなにより出てくる2人がクズだってところがいい。主人公の女性はアメリカじゃ「トレーラー・マム」とか「プア・ホワイト」とか言われてるらしいが、いわゆる貧困層に属する白人だ。住んでるのはプレハブ住宅で、2人の子持ちのシングルマザー。刺青が入ってるところをみると昔はイカした女だったのかもしれないが、今じゃ干からびてゾンビみたいな感じだ。その母親が知り合うのがこれまた小太りのインディアンの女。かなり性格に難がある上、犯罪にも手を出していてインディアン居住区内で鼻つまみ者になっている。見ていて「あーいるよなこういういつも不機嫌で世間全体にキレてる人」って思う。

ストーリーはといえば、ひたすら主人公の中年女の金策が中心だ。レイは1ドル・ショップの店員をしていて、家はぼろぼろ。あと1回ローンを払えば新居がやってくるが、その最後の支払いをギャンブル中毒の夫が持って家出、というところでこの映画は始まる。

期日までに残金を用意しなきゃ家もローンもパーだし、かといって2人の子供を抱え食費やガソリン代もままならない。この歳でもっとましな仕事もないだろうし、今の職場でも全然昇給の見込みはない。で、定期的にTVレンタル業者が家にやってきて「払えるか? 払えなければTVを持って行きます」とか事務的に言ってくる。1人ならホームレスにでもなるが、レイは母親だ。追いつめられ、一人でタバコを吹かす彼女を見ていると、こっちまで心臓が締め付けられてくる。

そんなある日、レイは夫の車を勝手に運転する女に出会う。捕まえると「捨ててあったんだから拾っただけ、盗んだんじゃない」とかなりふざけたことを言ってくるのだが、それがインディアンのライラだ。警察の立ち入れない原住民自治区、彼女はそこで「凍結した河を渡りカナダからアメリカに不法移民を運ぶ」という副業をしている。ローンの期限が迫るレイと、仕事のアテはあっても車がないライラ。報酬の山分けを条件に2人は手を組むことにする。初めてカナダに向かう車内、話をする内、実はライラもシングルマザーだということが判明する。それをきっかけに、徐々に母親同士の絆が芽生え…と続くのだが、男だったら間違いなく終始無言。そんな絆が芽生える隙は全くないだろう。これから犯罪に向かう車内で、知らない人間と2人きり。それでもとりあえず夫と子供の話題で話が始まる辺り、これはやはり女の、それもおばさんの映画だ。

インタビューによれば、監督はこれが長編デビュー作になる45歳の女性。映画学校にいる頃「女性が主人公の映画にはアドベンチャーがない」と言われるたびに「シングルマザーが毎日ギリギリの生活を続けていくのも立派なアドベンチャーよ!」と不満に思っていたらしい。

この映画には銃、札束、車といったアドベンチャー的なアイテムが全て出てくるのだが、なるほどそれ以上にリアルな「生活感」が他を圧倒している。そこがさすがおばさん監督のなせる技で、多分前は普通に母親だったんだろう。子供に出かける前に食費を渡したり、「1人でいるときに火を使っちゃ駄目!」と怒ったり、ユニクロみたいな突拍子のない色のフリースを着てたり、母親生活のディテールがいちいちリアルで面白い。

生活感のあるストーリーに対して、画面は色がきれいで、透明感があるのもいい。くたびれた家具や車がまるでオブジェみたいに捉えられていて、時々アメリカ郊外の写真集を眺めてる様な気分になる。

この映画を観ていて思い出したのがクリント・イーストウッド監督の「グラン・トリノ」だ。あちらも「主人公が車を盗みに来た違う人種の人間とやがて分かりあっていく」という話で、ついでに言えば車も同じ緑色だった。

向こうは男性監督による男と男のストーリー。こちらは女性監督による女と女のストーリー。まさに好対照なのだが、その背景には共通して「グローバリズム」というテーマが横たわっている。

「グラン・トリノ」の主人公は日本車が大嫌いで、近所に住んでる外国人が大嫌いで、まあつまり彼が嫌っているのはグローバリズムそのものだった。本作のレイはと言えば、今度はグローバリズムの中に組み込まれ、1ドル・ショップでMade in Chinaのもろもろを売って暮らしている。彼女がある日、子供とこんな会話をする。

「ねえ新しいお家が来たら古いお家はどうなるの?」
「中国に運ばれてペシャンコになるのよ。そこでおもちゃに作り変えられて、またアメリカにやって来るの。それをお母さんがお店で売るのよ」
これが彼女の実感なんだろう。それはなんだかよく分からないけど、遠い国と繋がっている、という感じだ。

ところが、今度は不法移民達が同じようにやってくる。100円ライターも不法移民も知らないとこから来て、知らないとこへ流れて行く。彼らがアメリカに来たあと果たして幸せになれるのか、それとも不幸になるのか、それとも殺されるのか、その運命は映画から放り出されていて分からない。彼らの不幸も、グローバリズムの巨大で、複雑な流れの中で、目に見えなくなっている。

それでもこの映画では、2人の周りにいる子供だけは不幸から逃れられるように作ってあって、いや少なくともそうなるように2人はいつも努力している。レイもライラも自分の子供のために、時には他の子供のために、それはもう本能のようになんとかしようとする。監督はきっと、この時代のこの世界にどんな悲劇があるにしても、本物の母親がいればその周りの子供だけは幸せになるのだ!と信じてるんだろう。母親が子供を幸せにする!これは凄く単純な話だ。

物語の終盤、どうにも追いつめられた2人は、その母親としてギリギリの決断を迫られる。かなり辛いけど、本当の母親ならどうすべきかって考えて、レイは行動する。そこで発揮されるのは正に「究極の母性」と言うべきものだ。クリント・イーストウッド扮する主人公が「グラン・トリノ」で最後に示した究極の男気。本作のおばさん監督は、それを母親の視点で作りかえてみせた。この男気ならぬ女気溢れる最後をみたら「2人をクズなんて呼ぶ奴はおれがぶっ飛ばす」みたいな気分になるし、だからこそタランティーノもこの映画を絶賛したんだろう。

エンディングに流れる「Ray's Echo」という曲がまた凄く良かった。マジー・スターみたいな声と、とろけるようなギター。字幕で流れる歌詞を眺めてると、ずっと子供のために戦ってきた中年女性がまた少女に戻って行くような、そんな気がした。


文=ターHELL 穴トミヤ

『フローズン・リバー』
2010年1月30日(土)、シネマライズ他、全国順次ロードショー!
原題=Frozen River
監督・脚本=コートニー・ハント
製作国=アメリカ
製作総指揮=チャールズ・S・コーエン、ドナルド・A・ハーウッド

提供=シネマライズ
配給・宣伝=アステア

2008年|アメリカ|カラー|ビスタサイズ|ドルビーデジタル|97分|

関連リンク

映画「フローズン・リバー」公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊 ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。 http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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