WEB SNIPER Cinema Review!!
セザール賞の主要10部門でノミネートされた話題作!!
恋人に会うためドーバー海峡を泳いで渡ろうとするクルド難民の少年と、彼に泳ぎを教えることになったフランス人水泳コーチとの心の交流。『パリ空港の人々』『灯台守の恋』のフィリップ・リオレ監督が難民について鋭く問題提起し、フランスでは政界を巻き込んだ論争が勃発、大ヒットを記録した注目の感動ドラマ。絶賛上映中!
形を変えつつ現在もフランスで続く難民問題を元に、『灯台守の恋』の監督が作り上げたのは、うだつのあがらない中年男と、難民の少年が出会う、孤独で、静かな、冬の映画だ。
主人公は、いかにも中年のおっさん然としたフランス人水泳教師、シモン。淡々と暮らし、国際ニュースには関心がないタイプの男で、離婚の危機にあり、妻をまだ愛している。妻は英語教師をしつつ、夜は難民へ食料を渡すボランティアをする「意識的」な女性。シモンとはすでに別居中だ。
ある日、シモンの元へクルド人難民でイラク出身の少年ビラルがやって来る。彼はロンドンへ行った恋人に会うため、3カ月歩いてフランスまで辿り着いたが、海峡越えの密航に失敗。最後の手段としてドーバー海峡を泳いで渡るため、水泳教室に来たのだった。
そこからシモンとビラルの関係が始まるのだが、難民についての映画が、女に去られつつある男と、女に会いに行く男との話になるのが、さすがフランスだ。実際のところ、劇中ビラルの頭の中にあるのは恋人だけ。シモンの頭の中にあるのは、去り行く妻と、目の前の困っている1人の少年の姿だけで、2人は一度も「フランスにおけるクルド人難民の問題」などに思いをはせることはない。それを「難民問題」と呼ぶのは、周囲の人間であり、警察であり、そして最も身近な所で彼の妻だけだ。
夫とは違い、普段から難民への食料配給ボランティアもしている妻は、立ち寄った店でクルド人を追い出している店員を見れば猛然と抗議する。正義を他人に猛然と押し付けるこのシーンは観ていて嫌な気分になるが、その彼女が「ビラルを一泊させてあげた」と告白するシモンに「なんでそんなことをしたの、捕まるわよ」と絶句する。この妻の微妙な距離感は、ヨーロッパのインテリの典型的な態度なのかなという感じがしておもしろい。
フランスでは現在、クルド人難民に手をかすのは「違法行為」だ。かくして「クルド人は見えない人間=空気として扱わないと捕まる」という状況が誕生し、シモンもまたその渦の中へ巻き込まれていく。
目に見えること、感じることを基本に行動して生活を脅かされていくシモンと、知識を基本に生活が脅かされない範囲で援助をする妻。どちらが悪いというわけでもなく、観ていると「そもそも諸悪の根源はその法律なんじゃねえの」という気分になってくる。これは監督の狙い通りで、彼はこの法律が現在のフランスに存在していることを、まずは訴えたかったらしい。
監督からフランスの移民担当大臣に宛てた手紙(この映画はフランスの新聞で大臣と監督を巻き込んだ大論争を巻き起こした)によれば、実際に「クルド人の携帯を充電してあげたら拘留された」という様なことが起きているそうで、人権先進国というイメージだったフランスにそんな法律があるのは驚きだった(難民先進国でもあり、それだけ大変ということなのかもしれないが)。
映画はほぼ、最北端の港町カレの中で進んでいく。観終わって残るのはこの街の景色の印象だ。立ち並ぶ倉庫、長いフェンス、曇った空、冬の海、中継地の街特有のよそよそしくて、全てが続かないで変化していってしまうような雰囲気。人より物流が基本のドーバー海峡の港街は、空港とも違い、どこにいても所在ないような寂しさがある。映画館の暗い中で、ひたすらそんな景色を眺めたくなったらこの映画を観るといいと思う。
そして映画館からの帰り道どうしたって考えずにはいられないのは、パスポートに代表される国籍のことだ。日本のパスポートがあればドーバー海峡は数千円のチケットで渡れる。難民はパスポートがなく、移動すること自体が犯罪だ。ビラルに至っては命を賭けてそこを渡る。かといって、じゃあボストンバックの中に隠れさせてくれと頼まれたら、シモンの妻と同じ、答えはNOだ。それがYESに近づいていく、その過程は難民問題ではなく、別の話なんだ。というこれは映画だった。
文=ターHELL 穴トミヤ
少年はドーバー海峡を泳いで渡る――
対岸のイギリスに暮らす恋人に会うために。
FLV形式 5.56MB 1分55秒
『君を想って海をゆく』
絶賛上映中!
関連リンク
映画『君を想って海をゆく』公式サイト
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