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中国の巨匠チャン・イーモウが、コーエン兄弟の傑作『ブラッド・シンプル』をリメイク!!
『初恋のきた道』『HERO』などで知られる中国の名匠チャン・イーモウ監督が、コーエン兄弟監督のコンビ・デビュー作『ブラッド・シンプル』を満を持してリメイク。中国の原野にぽつんと立つ麺屋を舞台に、強欲な店主、その妻とその不倫相手、店主に雇われた悪徳警官がたどる運命を、苦味のあるユーモアを交えて描いたエンターテインメント!!9月17日(土)より、シネマライズほかにて公開
『ノーカントリー』でアカデミー最優秀作品賞を受賞、いまやアカデミーの常連ともなっているあのコーエン兄弟。彼らが27年前に発表したデビュー作『ブラッドシンプル』は、アメリカのインディペンデント映画の可能性を切り拓いたと言われている(らしい)。
若き日のコーエン兄弟が自ら制作資金をかき集めて制作したというこの名作を“心の一本”と語り、いつかリメイクしたいと夢見ている男がいた。チャン・イーモウ監督である。
チャン・イーモウといえば『赤いコーリャン』『初恋のきた道』『HERO』といった作品を作りあげ、世界的な評価を得ている中国映画界の巨匠。話題性は抜群だ。
「こいつはきっと『HERO』ばりの大作に違いない。コーラとポップコーンを忘れないようにしなくては!」と思って観始めたら、いい感じに裏切られてしまった。
恥ずかしながら私は未見なのだが、そもそも元ネタの『ブラッドシンプル』はテキサスの片田舎を舞台にしたクライム・サスペンスなんだとか。
登場人物は夫と妻と妻の愛人、そして一人の私立探偵。妻の浮気を知った夫は私立探偵に2人の殺人を依頼するのだが、探偵は2人を片付けた証拠を偽造して金をだまし取り、依頼主である夫のほうを殺してしまう。一方、死体と殺人現場に残された拳銃を見た愛人は妻が夫を殺したと早合点。ふとしたボタンの掛け違いから物語は予期せぬ方向へ――。
まあ、ストーリー云々というよりは、ディテールや映像美にこだわった心理劇である。それをリメイクしたんだから、ひと癖ある小品に仕上がるのは当たり前だろう。
イーモウ版『ブラッドシンプル』の舞台は、万里の長城にほど近い荒野にたたずむ一軒の麺屋(青い空にどこまでも広がる赤みがかった荒野、そして冷たく暗い麺屋のコントラストはオシャレ雑貨屋に売ってる絵ハガキみたいで、このビジュアルだけでもワクワクさせられる!)。
メインの登場人物は、金持ちの店主ワンとその妻、従業員で妻の愛人であるリー、馬で荒野を巡回する警察官のチャンという4人。本家『ブラッドシンプル』と同じく、自分勝手な人間たちの思い込みと駆け引きと勘違いで物語は進められていく。
事の発端は一丁の拳銃だ。ある日胡散臭いペルシャ商人が持ち込んだそれにワンの妻は目を輝かせ、巧みな値切り合戦の末に購入する。「すごい武器を手に入れた!」とテンションの上がる妻。金持ちのワンに買われるような状況で結婚し今もサディスティックな夜の営みに耐えている彼女は、従業員のリーと不倫関係にあるのだ。でもこの時点では夫を殺そうとまでは思っていない。
しかし気の小さいリーは、彼女が何を考えているのかわからず一抹の不安に襲われる。
一方、警察官のチャンに妻とリーの不倫を密告されたワンは、即座に2人の暗殺を依頼する。浮気されたくらいで殺すなんて随分勝手な話だと思うのだけれど、上には上がいるもので、チャンは暗殺完了の証拠をでっちあげ報酬と金庫に貯めこんだ大金を騙し取ろうとする。そればかりか2人の逢引きの場所で見つけた拳銃を使い、ワンを殺してしまうのだ。
このチャンという男、上司からの信頼は厚いのに実は無口な悪党というキャラにもかかわらず、なぜかここで“殺人現場に拳銃を忘れてくる”という超初歩的なミスを犯す。しかもワンを殺した後で肝心の金庫に鍵がかかっているとわかり金も奪えない。
クールに見えて案外バカなのか……? なんてことは置いといて、とにかくこの置き忘れられた一丁の拳銃によって、運命は思いがけない方向に転がっていく。
死体の横の拳銃を見て、犯人はワンの妻だと思い込むリー。彼は愛人のためにワンの死体を片付けようとするが、結局ラストシーンまで生きていることはできない。強欲で自分のことしか考えていない登場人物の中で唯一の良心ともいえるリーがあっさりやられてしまうのは可哀想だけど、でもそれも愛人を信じきることができなかった罰と言えないこともない。
とにかく、観ている間は一瞬たりとも気が抜けない。前半は動きが多くコミカルなシーンも次々出てくるけれど、ワンが撃たれたあたりからは物語が激動するからだ。ほとんどセリフのない静かで張りつめた状況の中で、目まぐるしく登場人物の思惑と力関係が入れ替わる。最後に誰が笑うのか、まったく見当がつかないところが面白い。
そしてもう一つこの作品が特徴的なのは、登場人物の誰かに感情移入して泣いたり笑ったりがあまりないところだ。
それはたぶん、作品全体を芝居じみた雰囲気が覆っているせいだろう。寓話的とでもいったらいいのだろうか。
大仰なヒゲを蓄えたペルシャの商人。麺生地を曲芸のように器用に伸ばしてみせる従業員たちのパフォーマンス。衣装も京劇風でなんとなく現実味がない。心理劇なのに、登場人物たちの性格やバックボーンがあまり語られないのもミソだ。店主ワンは傲慢な金持ち、妻は気が強くて奔放、愛人リーは気弱、そして警察官のチャンは得体のしれない男。みんな一言で言い表せてしまう。
ふと思い出したのは、コーエン兄弟の『ファーゴ』やタランティーノの『レザボアドックス』だ。緻密で掛け値なしに面白いのに、どこか冷静さが漂う。そういう作品を観ていると、この映画の主人公は登場人物の誰かじゃなく、作り手なんじゃないかって気がしてくる。
そう、これは映画を愛する人、映画という表現が好きでたまらない人のための映画なのだ。
まあそれはさておき、この映画はすこぶる滑稽で、それでいてすこぶるかっこいい。
中国映画界の巨匠チャン・イーモウのリメイクだけあって、しっかり中華風の設定に置き換えられているのが斬新である。それにこの素晴らしく美しい映像!
転がっていく運命の中で生き残って一気打ちになるのが、権力者でも誠実な愛人でもなくただの女と悪党だというハードボイルドな感じや、『女と銃と荒野の麺屋』というタイトルもいい。口に出して言うとラップみたいで、なんだかテンションが上がってくる。
うーん。思い返していたら、オリジナル版の『ブラッドシンプル』も観たくなってしまった。本家であるコーエン兄弟はこの緻密な設定をどう料理したんだろうか。
レンタルビデオ屋に走って、観比べてみるのも一興かもしれない。
文=遠藤遊佐
チャン・イーモウ監督の美学が冴え渡るこだわりの映像!!
刺激的な光景が次々と立ち現われる、斬新なオリエンタル・ノワールの誕生
FLV形式 4.37MB 1分42秒
『女と銃と荒野の麺屋』
9月17日(土)より、シネマライズほかにて公開
関連リンク
映画『女と銃と荒野の麺屋』公式サイト
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