WEB SNIPER Cinema Review!!
『川の底からこんにちは』『あぜ道のダンディ』の俊英・石井裕也監督最新作
妊娠9カ月で子供の父親と別れ、ついに無一文になってしまった光子は、子供の頃に暮らした長屋に戻ってくる。いまは時代遅れとなってしまった長屋に暮らしているのは、幼なじみの陽一とその叔父・次郎のみ。義理と人情を自分の生き方としている光子は、自分のピンチもかえりみず、彼らのために立ち上がることを決意する――。11月5日(土)、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
出口の見えない長い不況に追い打ちをかけるように起こった大震災。かつてないほどの閉塞感に襲われた日本に救世主が現われた。
「金のない人間に残されたのは、人情と粋!」
自分が一番八方ふさがりなくせに「あんたは寅さんか!」と言いたくなるような一途さと涙もろさでよどんだ日常に喝を入れていく妊婦を演じるのは仲里衣紗。でも、NHK銀河テレビ小説のヒロインなんかを想像してもらっちゃ困る。主人公の光子をはじめ、登場人物はみんなどっか過剰な一癖も二癖もある人達ばかり。
いやあ、こういうの大好きです。しかも光子に想いを寄せる無口で誠実な幼馴染み役は、ぽってりしたアヒル口がめっちゃキュートな中村蒼! わかってらっしゃる!
これを観れば、貯金がないとかリストラされそうとか、このまま一人で年をとって要介護状態になっちゃったら……なんてことはとりあえずどうでもいい気がしてくるんじゃないだろうか。
物語は、光子がテレビでリストラされた会社員のインタビューを見て、同情の涙を流しているシーンから始まる。でも実は困っているのは自分のほう。突き出たハラは妊娠9カ月、逆子で体調はなかなか安定しない。しかも子供の父親(デカい黒人)とは別れてしまって文無し状態なのである。
しかし光子は、焦らず騒がず「OK、大丈夫!」と言ってのける。
「いい風が吹いてこないときは昼寝が一番。焦ったり腐ったりしてるのは粋じゃない。風向きが変わったらドーンといけばいい」
雲が流れる方向にタクシーを飛ばしたどり着いたのは、15年前、彼女が事業に失敗した両親とともに夜逃げして住んでいた東京の外れの長屋だった。当時は貧しくとも人情にあふれにぎやかだった長屋だが、今は寝たきりになった大家さん・清と、幼馴染みの陽一(中村蒼)、そして彼の父親代わりで叔父の次郎(石橋凌)が住むばかり。
この長屋で子供を産むと決めた光子は、でかいハラを抱えて清の介護をしたり経営の苦しい次郎の店の客引きをしたり、ひいては次郎と喫茶店のママ(斉藤慶子)の恋愛を実らせようと悪戦苦闘する……というのがこの映画のおおまかなストーリーなわけだが、なんといっても素晴らしいのは彼女の男前なキャラだろう。いや、男前というにはトンチンカンでユーモラスすぎるか。なんというか、仲里衣紗演じる光子の中にいるのは、銀河テレビ小説のヒロインじゃなく下町のおばちゃんなんである。
アパートの隣の部屋に新しく人が越してくれば勝手に部屋にあがりこんでタッパーに入った“美味しいタクアン”を差し出し、公園でリストラされたサラリーマンに会えば全財産の小銭(数百円)を押しつける。まあ、こういうのって普通の人にとっては間違いなくお節介なんだけど、好感度ナンバーワン女優の仲里衣紗がやるとユーモラスで思わずクスリとしてしまう。めちゃくちゃ涙もろいくせに基本的には仏頂面で、変に愛嬌がないところもいい。国営放送の悪口を言う気はないが、個人的にはあまりにできすぎたヒロインよりもこっちのほうが断然好きだ。
そして、脇を固める長屋の人々も彼女に負けず劣らずの変人揃いで嬉しくなってしまう。
まず大家の清ばあさん。彼女は今でこそ病気で意気消沈しているけれど、回想シーンを観ると彼女が清の言動に憧れ影響を受けていることが一目瞭然の粋で偏屈な人情ババアだ。石橋凌演じる次郎は18年も思い続けたママさんになかなか好きと言えないスーパー純情男だし、子供の頃に「好きだ」と言った一言に責任を感じ、光子とハラの子供の面倒をみようとする陽一もしかり。
物語は最後、「大家さんの面倒を見なきゃならない」と煮え切らない次郎と彼の想い人であるママさんを、ママさんの故郷である福島に送り届けるというミッションによって一気にヒートアップしていく。
頑なな次郎、それを「粋じゃない!」と一喝する光子、光子の体を心配する陽一に「早く死にたい」とぶつくさ言う清、さらには娘の妊娠を知らなかった光子の両親まで加わり大騒ぎ。狭い長屋の一室で各々の想いが交錯してワケがわからなくなるカオスシーンは爆笑モノだ。
「全員昼寝しよう!」と言い放つ光子。そして風向きが変わり、ある奇跡が起こる……。ここから先はもうほんとのファンタジーなのだが、有無を言わせぬテンポがあって気持ちいい。
劇中で、光子はいつも空を見上げている。どんなときでも青い空を流れていく浮雲を見ては「人生なんてふわふわした雲みたいなもの。OK、大丈夫!」と思っている。思いがけない状況で子供を産むことになりいきんでいる最中でさえそうだ。
閉塞感を感じたら、我々も空を見上げてみるといいかもしれない。もちろん昼寝をするのもおすすめだ。
監督は若干28歳の石井裕也。大阪芸術大学の卒業制作でPFFアワード2007を受賞し、『川の底からこんにちは』『あぜ道のダンディ』などの話題作を送り出している監督である。ここ数年の閉塞感を肌で感じている世代の監督が、こういうエンターテイメントを作ったっていうのはすごくいいと思う。
あと、仲里衣紗のほとんど化粧してない顔がかわいいってことも是非付け加えておきたい。
文=遠藤遊佐
“粋”に生きることを胸に刻んだ妊婦の光子が産み出す、悲喜こもごもの人情劇!!
『ハラがコレなんで』
11月5日(土)、渋谷シネクイントほか全国ロードショー
関連リンク
映画『ハラがコレなんで』公式サイト
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