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すばる文学賞受賞作家・佐藤正午原作の人気小説を井土紀州監督が映画化
ある地方都市で教職に就いている平凡な男・鵜川(三浦誠己)には同僚の三千代(赤澤ムック)という婚約者がいたが、三千代の学生時代の後輩・メイ(笹峯愛)と知り合い、彼女に強く惹きつけられていく。しかし、メイには暗い影が付きまとっていて……。人気作家・佐藤正午原作の激しくて切ないラブストーリー。2012年5月19日(土)よりユーロスペースにて2週間限定“追憶”のレイトショー、ほか全国にて
気弱そうな顔に浮かぶ鬼気迫る表情。男は愛した女を救うため、その女の元愛人を殺しに向かっているところなのだ――。
こう言っちゃなんだが、つい「え、Vシネ?」とつぶやいてしまいそうになった。だって、男に愛されるヒロインはいかにも“男を惑わせる女”的なルックスで(今どきソバージュでけだるげにタバコをくゆらせている!)、元愛人はどうしようもないクズのチンピラ。
しかも、主演は元『王様のブランチ』レポーターの笹峯愛だ。濡れ場もあると聞いた時点で「ああ、だいたい読めた」と思ってしまっても仕方ないだろう。
しかし、最後まで観てみると、そんなわかりやすい映画ではまったくないんである。よくある痴情話のように見えるのに、ヒロインの本当の心の内は最後まではっきりと明かされない。それでいて、ラストシーンを見終えた後には「はぁ……男と女ってなんなのかしら」と考えさせられるような心地よい余韻が残るのだ。
それもそのはず、原作は人気作家の佐藤正午。大竹しのぶ&時任三郎主演の『永遠の2分の1』や沢田研二主演の『リボルバー』など映画化された話題作が多く、この作品も映像化を望まれながら15年以上も沈黙を貫いてきた幻の小説だという。
小説を原作にしているからか、ストーリー展開は数年前と現在が行き来してなかなか複雑。鬼気迫る冒頭シーンの後、話はいきなり6年後にとぶ。
舞台は関東近郊の地方都市。中学校の教師をしている鵜川の元に、一人の女性弁護士が訪れる。彼女は、かつて鵜川が付き合っていた看護婦・遠沢メイの担当弁護士で、6年前に鵜川とメイの間に何があったのかを聞かせてくれと言うのだ。
6年前、漠然と同僚教師である彼女との結婚を考えていた真面目な教師・鵜川は、ひょんなことから彼女の後輩であるメイと知り合う。メイの“必殺ソバージュ攻撃”にヤラれてしまった彼は婚約者のいる身でありながらどんどんのめり込み、同僚教師との関係を清算してメイと付き合うようになる。しかし、幸せな日々は長くは続かなかった。
昔の男(刑務所を出てきたばかりのガチのチンピラ)につきまとわれ身動きがとれずヤケになっていくメイ。コツコツ貯めた貯金を恐喝され、友人さえも裏切ることになってしまう鵜川。
もはやお先真っ暗。チンピラ男の目を盗んで逢瀬を繰り返すうちに、追い込まれた女はこう口走る。「そう、あの人を殺せばいいのよ」――。
そして話は冒頭のシーンへと戻るわけだ。
真面目な中学教師、ワケありの美人看護婦、その元情夫だったチンピラ。これがVシネだったら、ヒロイズムに目覚めた男が女のために人殺しになり、守られたほうは悲劇を呼ぶ魔性の女に認定されてスッキリ終わるだろう。でも、そんなかっこいいことにはならないのがこの映画のいいところなんである。
なぜならこの鵜川という男、Vシネの主人公になるにはあまりにも人間臭い。というか、はっきり言ってヘタレ。
いい年こいて家族と同居だし、一見真面目で朴訥そうにだけど、彼女がいるくせにメイに言い寄るし、いつもの喫茶店に彼女が来ないと家の前まで行って2時間も待ってるし。で、そこまで夢中になったそぶりを見せるくせに初めてセックスした朝にメイが「今日は学校休んで一緒にいてほしいな♪」と言うと「今試験前だから無理」とそっけなく断わるんである。しかも「昔の男には彼氏がいると言えばいい」なんてかっこいいことを言っておきながら、相手が前科者のチンピラだとわかると結局いいなり。あー、なんなのよもう! 書いてるだけでイライラしてきた!
逆に、鵜川のヘタレっぷりが一つまた一つと積み重なっていくことで輝きだすのが“いけすかないソバージュ女”だと思っていたメイだ。
鵜川の元カノに「あの子嫌いなのよ。あんな派手な化粧してどんな看護してんだか!」と言われるほど女ウケしないタイプだが、よく考えてみれば鵜川と付き合ったのは「彼女はいない」と言われたからだし、そんなヘタレ男から貰ったプレゼントの腕時計を後生大事に身につけている姿は健気。
昔の男につきまとわれて凄むときの迫力も、ヤケになって関係を再開させてしまう情の濃さも、鵜川とのセックスで「ゴムはいらない、大丈夫〜」と根拠なく断言してしまうユルさも、「優柔不断オトコよりマシ!」と思わずにいられない。
そしてギリギリまで追い込まれた2人の殺人にも、男と女の覚悟の差が現われる。チンピラ男に隠れて緻密な計画を立てながらも、最後の最後でドンと腹の据わった行動に出てしまうメイ。魔性の女が見せる男らしさは、鵜川の女々しさを笑うかのようにも見えて痛快だ。
ソバージュ女の魔性にヤラれながらも、結局決断できない男。
運命も自分の感情も、潔く受け入れていく女。
ラストシーン、青空の下で6年ぶりに2人は再会する。魔性のソバージュをバッサリと切り、未練タラタラの鵜川に「お久しぶり」と笑いかけるメイの穏やかな表情には、時間をかけていろんなものを受け入れた女の美しさがあった。
文=遠藤遊佐
原作:佐藤正午 × 監督:井土紀州 による
残酷なまでに失われた愛を追憶するエロス・ノワール
FLV形式 7.91MB 1分44秒
『彼女について知ることのすべて』
2012年5月19日(土)よりユーロスペースにて2週間限定“追憶”のレイトショー、ほか全国にて
関連リンク
映画『彼女について知ることのすべて』公式サイト
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