WEB SNIPER Cinema Review!!
29歳の新鋭監督、ショーン・ダーキンの鮮烈なるデビュー作!
孤独から逃れるために入信したカルト集団から脱走し、姉夫婦のもとに身を寄せた20歳の女性マーサ(エリザベス・オルセン)。安全な生活を送っているはずのマーサだったが、かつてカルト集団の中でマーシー・メイと呼ばれていた頃の記憶がフラッシュバックし、現実を上手く捉えることができなくなっていく......。2月23日(土)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー!
ショーン・ダーキンは、元NY大学の仲良し3人組でボーダーライン・フィルムスというチームを組んでいた。彼らは脚本を元に資金を募るいっぽう、まずは限度額500ドルのクレジットカード1枚で短編『MARY LAST SEEN』を作製します。これがなんと、カンヌ国際映画祭の監督週間でグランプリを受賞する。その後もこの短編は各映画祭で評判を呼び、それが後押しとなって、一気に製作費のおよそ60万ドルを集めることができた。
映画が映画を呼ぶこの展開だけでもすてきなんですが、サクセスはそこで終わらない。完成した『マーサ、あるいはマーシー・メイ』が今度は、2011年のサンダンス映画祭で監督賞を受賞します。映画バイヤーが多数来場するサンダンス映画祭、本作を購入したのはなんと20世紀フォックスのアート部門、フォックス・サーチライトでした。その額、なんと160万ドル! この瞬間、彼らはメジャーデビューと、ミリオンダラーを一気にゲット。パイロット版でのカンヌから1年、今度は「ある視点」部門の正式招待作品として凱旋を果たし、一気にスターダムへと上り詰めたのでした。
撮影時にまだ大学生だった主演のエリザベス・オルセンは、この映画をきっかけに「演技がすげえ! えっ、しかもオルセン姉妹の妹!?」とブレイク。もうすぐ公開の『サイレント・ハウス』のヒロイン役をはじめ、公開中の『レッド・ライト』ではロバート・デ・ニーロ、シガニー・ウィーバーらと共演を果たしています。いっぽうのショーン・ダーキンも、『イカとクジラ』のプロデューサーと組み、次回作としてジャニス・ジョプリンの伝記映画を撮影予定。
関係者一同、順風満帆! 以上、「映画好きの若者たちが映画の力だけで成功した、見事なサクセス・ストーリー」なんですが、この映画自体はというと若者らしい元気でフレッシュな作品とかでは全然ない。緻密で、終止落ち着いたトーンの、だからこそ不気味な作品になっていました。
物語はカルト・コミューンで暮らしていた女の子が逃げ出してきた、そこからの数日間を描いたサイコ・サスペンス。まず現われるのは一軒の山荘、その中でなにやら女が料理の支度をしています。このとき映る背景の壁が、飾り気がなさすぎてもうふつうじゃない。机もこれまたニスも塗っていないような生木そのままで、一体ここはどこなんだと観る者の混乱を誘ってきます。続いて始まる食事シーン、こんどはそこに家族にしては多すぎる人間がひしめていてギョッとする。さらによく見ると、どうやら男は男だけで先に、女は女だけで後から食事をとっているのも気持ち悪い...。ここで、ああこれは、普通の家じゃないんだなと察しがついてくるんですが、ここまでわずか3分くらい。なんども繰り出される「違和感」、これこそが本作のサスペンスなんですね。
主人公はやがてコミューンを逃げ出し、公衆電話から電話をかけます。突然の連絡に驚きつつ迎えに来たのは姉で、主人公を瀟洒なコテージに連れ帰る。そこで姉の夫を加えた、3人での暮らしが始まるんですが、すこしづつ主人公に奇妙な言動が目立ち始めます。
ここでも主人公の過去を語りだすのは違和感。たとえば「いい歳して机の上に座る」などの小さなズレが、ゆっくりと、それこそ、映画全編をかけるぐらいゆっくりと時間をかけて、積み重なって別の姿をあらわしていく。
いっぽうで本作は、説明不足と、そこへの自然なフォローを繰り返します。観客は、いつも映画に置いていかれそうになるんですが、絶妙なところで情報が与えられて、やっぱり着いていくことができる。これが奇妙な感覚で面白い。
たとえば「最初の儀式」のシーン。それは突然始まっていて、観ていると始まる前に何があったのか分からない。なんとなく引っかかったまま観ていると、次のシーンで友達に感想を聞かれた主人公がこう答えます。「いや、ただ突然目が覚めて、気づいたらすごくいたかっただけ」。そのことでああ、腕力でもなく、諭されたのでもなく、まずは眠らされてからそれが行なわれたんだなということが分かる。
街から電話をして、主人公が迎えに来てもらう人間。これすらも最初は母なのか姉なのか分からない。でも、その後の会話の中で、2人の関係はいつのまにか観客に伝わっている。この絶妙なバランス! 本作を電動アシスト付き自転車ならぬ、脚本力アシスト付きアート・ムービーと名付けたい。
本作もっとも印象的だったのはカルト集団のリーダー、ジョン・ホークス(『ウィンターズ・ボーン』)が、みんなの前で歌うシーンでした。ギターからは人を引き込む魅惑的なフレーズが繰り返され、声は優しげで、しかし歌詞は歪みはじめ、不気味な空気が立ち上がってくる。小屋の入り口からは陽光がさしこみ、途中、指導者を眺める女たちの顔、主人公をスクリーンの左に、残る1人を右に捉えたまま、まったくカメラが動かない時間が続きます。やがて風が吹き込んで、女たちの髪の毛がふわっと巻き上がる。この瞬間、サンダンスの審査員は「こりゃ監督賞やな」と思ったし、フォックス・サーチライトの担当者は「160万ドル、いますぐ用意して......」と手元のiPhoneからメールしたに違いない。
主人公はカルトでどんな生活をしていたのか。そして、そもそもなぜカルトに行ったのか。現在、過去、過去の過去の、それぞれがもたらす違和感が、この映画で唯一のなぞを残して終わる。
カンヌとハリウッドのピンポンを経て見いだされた新たな才能は、その映画にもハリウッドの緻密さと、ヨーロッパ映画の詩情を与えていました。奇妙で美しい映画です。
文=ターHELL穴トミヤ
心の闇に葬ったもう一人のワタシが、私を狂わせてゆく――
『マーサ、あるいはマーシー・メイ』
2月23日(土)シネマート新宿ほか全国順次ロードショー!
関連リンク
映画『マーサ、あるいはマーシー・メイ』公式サイト
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