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佐々木芽生監督『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』(2008)の続編
NY在住のアートコレクター夫妻~元郵便局員の夫ハーブと元図書館司書の妻ドロシー~が約30年に亘って現代アート作品を収集し、その5000点以上のコレクションをアメリカ国立美術館に寄贈するまでを追ったドキュメンタリーの続編。今回、夫妻は全米50州の各美術館に50作品ずつ寄贈することを決意。カメラはその一大プロジェクトの帰結を追う。新宿ピカデリー、東京都写真美術館ホールほか、全国順次公開中!
ハーブ&ドロシーはNYに住んでる背の低い老夫婦。妻は元図書館司書で夫は元郵便局員だ。子供はなしで、ネコと亀を飼っている。もし誰かが彼らの狭いアパートに踏み込んだとして、それがごくふつうの人間だったら「ぐわー! なんつーゴミ屋敷! ありとあらゆるガラクタで埋まってる、っていうかよくみたら訳の分からないものばかりすぎ、ゴッシュ! もしや、Is this 電波屋敷!?」と思うかもしれないし、もし現代アートに造詣の深い人間が足を踏み込んだら「ぐわー! なんつーゴミ......、ゴッシュゴッシュ!オーマイゴッシュ! 70年代から80年代にかけての現代アート、それもミニマリズムに特化したコレクションがファッキン・圧縮陳列!? なんですかこれは? 時価数億円分が、ネコが歩きまわる室内で山積み、横積み、立てかけ陳列~!? まさにアートのドンキホーテ!? ベッドの下にリチャード・タトルの初期作品、ですか~! 俺がいるのはWhere am I状態!?」となるかもしれない。
彼らは、ごく普通の仕事を続けながら、ごくつつましやかな値段で現代アートを買い続け、見立てがすばらしすぎるから、買ったもんが今じゃなんでもマスターピース、気づけば世界有数のアートコレクターになっちゃったという夫婦だったのだ。そんな2人の「好きなものが好き」を通してよくわからない現代アートと現代人の間に横たわるがギャップを埋めていくというのが、前作『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』の内容だった。
そのエンディングは、彼らがコレクションをすべて無償で「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」に寄贈するというハッピーエンド。ポイントは「ワシントン・ナショナル・ギャラリー」の「決して、コレクションを売却しない」という規則で、2人の半生は歴史として世界に公開されると同時に、純粋さと、永遠の命を手に入れたのだ。
ところが、それがやっぱり無理でしたというところから始まるのが本作。というのも夫婦のコレクション数が多すぎて、とてもすべてを一館では受け入れられないということが判明したんですね。
そこで当初の予定に代わって、全米50州の美術館に50点づつ分散して寄付・展示してもらうという50×50プロジェクトがぶち上がる。これには「コレクションは全体でいわば夫婦の作品であり、バラバラにすべきではない」という反対意見も出るんですが、このときのドロシーの考え方がおもしろい。
ナショナル・ギャラリーに引き取られて、倉庫で人の目に触れなくなるより、分散してもいつも誰かに観られている状態であったほうがいい。さらに、細かく多くの美術館に分ければ、美術館同士コレクションの融通がしやすくなる。これはなんともパケット的というか、インターネット的な発想じゃないですか! かくてプロジェクトは始まり、映画は2人の全米ミュージアム珍道中、そしてそのコレクター人生の終わり方を追っていきます。
無口でずる賢い、そんな食えない部分が魅力だったハーブは、今や車いすになって、ほとんど喋らない。その分ドロシーがいつも場を盛り上げようと喋りまくっていて、夫婦愛を感じます。年をとって偏屈になったハーブ、でもある芸術家が、自らの作品を前にいかに自分がみじめかをひたすら解説しはじめたとき(その光景自体が、アートの純粋さを感じさせてよかった)、ドロシーが励ましハーブも早速「もちろんさ」と口添えをする。必要なときには必要な言葉を語る、ハーブは渋い男です。
この映画に出てくるのは、芸術家、学芸員、美術館に訪れる様々な客とその案内人。彼らが入り乱れ説明するのは前作に引き続き「現代アートとは何なのか」なんですが、そこには『アートスクール・コンフィデンシャル』(テリー・ツワイゴフ監督)みたいなアホな場面がたくさん映っている。スーツを着た学芸員と、現代アーティストの「あなたのスタイルはなにかな?」「うーん、サイケデリック・ミニマリスティック・フォーク・アート」「イエース」みたいなんだそりゃみたいなやりとりもウケるし、他人が大量生産する作品にサインするだけという(うさんくささが)スティーブ・クーガン似のアーティストもいい。
詐欺、狂気、純粋さ、観ていていろいろな感想が頭に去来するんですが、揺るぎなく伝わってくるのは、2人によって選び出された作品がすべて2人に愛されているということ。そんな「日常のたのしみ」が、部屋から運び出され「ヴォーゲル(2人の名字)・コレクション」としてアメリカ中の美術館に散らばっていく。そんななか、ハーブが亡くなり、ドロシーは「コレクションの終了」を宣言します。伝説の圧縮陳列アパートで、「白い壁をみるのが楽しみだわ」と呟くドロシー。世界一のコレクターがコレクションをやめたあと、そこに残るのは一体なんなのか。
『夏時間の庭』(オリヴィア・アサイヤス監督)では、祖母が日常生活のなかで楽しんでいた絵画や家具が、相続できない息子たちによって美術館に引き取られていきます。生活空間から引き離され展示された芸術品は、観光客の前で命を失い、しかし空っぽになった祖母の家では孫たちがMacBookからヒップホップを流してパーティーを始める。庭の奥で孫が祖母の思い出を語り、これは永遠の命を持つ芸術は流転し、しかし新しいものが生まれ、人は思い出となって続いていくという映画でした。
一方の本作で芸術の流転を押し進めたのは、コレクター本人です。スッキリした彼女の部屋で唯一残ったコレクション、あれこそがヒップホップパーティーでしょうか。それともあれは、どの芸術もみることができる、どの時代にいくこともできる、タイムマシーンなのか。願わくば、もっともっと長く一人になったあとのドロシーも追って欲しかった。でもそれはまた続編に期待です。
そういえば作中、台所のMacBookをいじる彼女は「Google Alertsが私たちの記事が出ると自動で教えてくれるの」と言っていました。ということは、この記事もグーグルアラートに引っかかれば、伝わるはず! グーグルアラート用の文章を載せてみます。Herb & Dorothy 50X50! YES! YES! This is from Japan! Oh yeah! ART! START! NEW ART! これであのNYの狭い一室にこの記事もとどくはずだ......。
文=ターHELL穴トミヤ
ごく普通の市民から偉大なアートコレクターとなった夫妻の新たなる旅路
『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』
新宿ピカデリー、東京都写真美術館ホールほか、全国順次公開中!
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