WEB SNIPER Cinema Review!!
米大手ファストフード店で実際に起きた事件を映像化
朝からトラブルが続いていた金曜日、アメリカのファストフード店店長サンドラは、警察官を名乗る男から一本の電話を受ける――。2004年にアメリカで実際に起きた事件を元に、無実の女性がいわれのない罪を着せられ、性的な暴力にさらされることになった衝撃の出来事を描く問題作。新宿シネマカリテほかにて公開中!
週末、多くの客でにぎわうファストフード店。そこに一本の電話がかかってくる。「お宅の店のレジ店員が客の財布を盗んだらしい。こちらは警察だが、捜査に協力してもらえるか」。この忙しいときに! 店長の中年女性は、接客中だったブロンド少女を裏の事務室まで連れて行く。全く身に覚えがないと告げる少女だが、ついには服やバックの中を調べることに同意する。しかし、財布はどこからも出てこない。そう伝える店長に対して、警官が次に要求した内容、それは「では、服を脱がして調べてもらえますか?」というものだった。
アメリカで実際に起き、巨額の訴訟へと発展した「イタ電ストリップ事件」。犯人はターゲットに定めた店に警察を名乗って電話、店内の上下関係を利用して、次々と女性店員を全裸にさせていった。本作はその恐るべきソーシャル・ハッキングの手口を扱った、心理サスペンスだ。
被害者となるブロンド少女、ベッキーを演じているのはドリーマ・ウォーカー(『グラン・トリノ』)。彼女、服を着ているときには「私、同時に3人とつきあってる~」とか無駄口を叩く『ゼイリブ』のエイリアン顔したブスなのだが、しかし、脱ぎ始めると突然かわいくなるんだよ! この映画マジックに、まずは驚いてしまった。しかも、一度全裸になったあとの、裸エプロン! さらに電話の主に追いつめられ、再度エプロンが剥ぎ取られたときの、露出した胸、その乳輪の小ささには感動せざるを得ない! この巨乳と意外なほどに小さい乳輪のギャップも、監督の演出のうちなのだろうか? そういう女性をあらかじめ選んでキャステングしたのか、それとも偶然だったのか。偶然だとすれば、はじめて彼女がヌードになった現場での監督の歓びはいかばかりであったことか! しかしそんなすばらしいギャップを楽しめない人間。実はそれこそが犯人であり、こいつは現場を操りつつも、同時に現場から閉め出されているのだ。
この電話の奥に引きこもった犯人のジレンマが、真綿で首をしめられるように閉塞していく本作に、なんとも間抜けな空気を吹き込んでいた。巧妙に人を操りつつ、機は熟したと見るや「で、下着の色は?」と聞く犯人。あくまで警官としての威厳を保ったまま、「乳首のまわりは? どうなっている?」と聞く犯人。しかし犯人の興味は、乳輪だけに留まらない。やがて何の変哲もない事務室は監獄と化し、そこでは戦慄するほど不快な「取り調べ」が繰り広げられていく。
ここの映画にあるのは間接的で目には見えない、「権威」と「服従」だ。そこにからめとられ、登場する人間が次から次へと彼女を救うどころか、むしろ犯人へと加担していくのを観ているのはつらい。
キーマンとなるのは中年女性、犯人は店長である彼女をたくみに取り込むことに成功する。「君も苦労が多いだろう」「大変だね」という会話を通じて匂わされるのは、「世の中にはしっかりした人間と、困った人間がいる。そして、君はもちろん我々と同じ、しっかりした側の人間だね」というメッセージだ。アン・ダウド(『インフォーマント!』、『バチェロレッテ ―あの子が結婚するなんて!―』)が演じるこの店長の「ほめられてだんだん喜びはじめる」感は、これ以上ないくらいに生々しい。被害者となる少女には「言うことを聞かなければ面倒なことになる」という脅しと「ではなぜ私が捜査をしているんだ?」という悪魔の証明が交互に繰り出される。このとき犯人が、「『協力』してくれなければ、面倒なことに『なってしまう』」みたいな微妙な言葉づかいをするのが、心底ムカつく。こういう言い方って、日本でも行政機関とか居直った大企業とかが使ってるだろ!
この詐欺がいったい、いつ見破られるのか。入れ替わり立ち代わり、大の大人が騙されたり、または不審に思いつつも結果として加担していってしまうなか、ここで輝きだすのが、はいきました! ボンクラです! なにしろ、ボンラクは言われたことが守れない。例えば、もう登場した瞬間から「ダメだこりゃ!」感全開のヘラヘラした同僚。こいつは「言われたことをしたくないので、会話の途中で電話を放り出す」という、本来働く人間としてはあり得ないマナー違反を通じて、結果として犯人に加担することから逃れるのだ。ルールやマナー(社会性)が侵入経路となり、ウィルスとでもいうべき犯罪がおしすすめられるとき、ボンクラこそがその感染を防ぐ。本作ではボンクラが2度輝く! ボンクラたちの評価を期待しない態度こそが、状況を打開するのだ! ぜひその瞬間にボンクラ諸君は「ボンクラ!ボンクラ!ボンクラ!ウォッウォッウォッ!」と叫んでほしい。
実は本作の背後には『服従の心理』(河出書房新社、2008、スタンレー・ミルグラム 著、山形浩生 訳)という本があり、さらにその奥には『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房、1969年、ハンナ・アーレント 著、大久保和郎 訳)という本がある。『服従の心理』は60年代に行なわれた有名な社会心理学実験についての報告書で、『イェルサレムのアイヒマン』はエルサレムで行なわれたナチス幹部に対する裁判についての考察だ。
終戦後しばらくしてから開かれた、アイヒマンというナチス幹部についての裁判。そこで世界が驚いたのは、数百万のユダヤ人殺害に関与したナチス幹部の「普通さ」だった。彼は「私は命令された仕事をこなしただけで、そこに個人的な判断は何もない」と証言する。本作に直接ナチスについての描写が出てくることはないのだが、この「私は従っただけ」という台詞を通じて、女性店長とアイヒマンは一筋の糸でつながっているのだ。ちなみに『イェルサレムのアイヒマン』の副題は「悪の陳腐さについて」。この映画に登場する、どこにでもありそうなファストフード店のつくり。舞台となるそのバックヤードの、まったく特徴ない空間。そしてこの店長の価値観や、日々従っているマニュアル。これらはまさにナチス官僚たちの日常を彩っていた陳腐さと、同じ種類のものに違いない。
しかしそれにしても、この店長は愚鈍すぎる。目の前の自分が痛めつけている人間をみれば、自分に指示を下しているのがどんな存在なのか、気がつきそうなものじゃないか! ナチス幹部アイヒマンについても、多くの人はそう思った。そこでアメリカの社会心理学者スタンレー・ミルグラムが60年代に行なったのが、権威と服従についての有名な実験だ。
ミルグラムは無作為に選んだ市民たちに協力してもらい、「権威に命じられた場合、彼らが人にどこまで電気ショックを与えるか」を調べる実験を行なった。事前のアンケートでは、ほとんどの人が「相手が苦しみだしたらそこで止めるだろう」と答える。心理学者の予想も似たようなもので、最も強い段階(死亡レベル)にまで加担するのは「千人に一人、よっぽどの病的な変質者だけだろう」というのが大方の予想だった。しかし実験を行なってみると、なんと被験者の3分の2が命じられるままに、最も強い段階まで電気ショックをくわえたのだ(実際の実験は、電気ショックと連動して苦しむ演技を見せ、被験者を騙す形で行なわれた)。
人はなぜ権威に命じられると、善悪の判断を放棄してしまうのか。この実験のヤバいところは「目の前で苦しんでいる(演技をしている)人間が『やめてくれ!』と懇願しても、市民は権威に命じられるとボタンを押した」というところで、この行動原理はそのまま本作の登場人物にも当てはまる。ミルグラムはそれを、『文明』というものが致命的に持つ欠陥かもしれないと示唆してみせ、訳者の山形浩生は信頼感同士の競争なのだと言う。映画ではそれを軽い洗脳状態と説明し、観ていてこれは一種の省エネにもみえた。店長はとにかく忙しい。判断、決断は疲れる。目の前に権威があるとき、スーッとそこに吸い寄せられる、それは体力温存のための、人間の本能なのではないか......。
ソーシャル・ハッキングによって「ニセの権威に騙されてしまう」という本作だが、その真のテーマは「騙されるかどうか」ではない。相手が本物かどうかは関係ない。最初のボンクラは、ただ「嫌だから」電話を捨ててしまうのだ。彼はアイヒマンが「法令遵守」していたその時代にあっても、きっと電話を投げ捨てるに違いない!(普段は客からの苦情をガチャ切りしてるに違いない!) 断固戦う!とかじゃなくて、逃げ出しているのがボンクラらしいが、それでいいのだ! 加担するよりマシ! 嫌なことは、しないできない聞こえない! この映画の真のテーマは権威に(限らず何にも)服従しない(いやただ単に言われたことができないだけの)ボンクラ最高! モノの役に立たなければ立たないほど、重要!というボンクラ讃歌なのである。世の中がますます忙しく、マニュアル化していく昨今、ここ日本においても、ボンクラの重要度はますます増している。社会のエラー、ボンクラに幸あれ!と、最後はかなり強引なボンクラ推しになってしまったが、皆さんもぜひ劇場に足を運んで「ターHELLくん、この映画言うほどボンクラ推しでもないでしょう」などと僕にメールを送ってみてはいかがだろうか。
文=ターHELL穴トミヤ
全米メディアが騒然とした問題作!
コンプライアンス社会の盲点をつく震撼の心理スリラー!
(この物語は真実に基づく)
『コンプライアンス 服従の心理』
新宿シネマカリテほかにて公開中!
関連リンク
「コンプライアンス 服従の心理』公式サイト
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