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「済州島4・3事件」許されざる慟哭の歴史が、劇映画として初めて完成!
第2次世界大戦終結後、南北に分断された朝鮮半島・済州島で、米軍の作戦統治下にある韓国軍と警察が海岸線5kmより内陸にいる人間を暴徒と見なし、無差別攻撃による約3万人もの犠牲者を出した「済州島4・3事件」。韓国の歴史的タブーとされてきたこの事件を、済州島出身のオールスタッフ・キャストが渾身の映画化!ユーロスペースほか全国順次公開中
白黒である。映画は地上を見下ろす、天空の視点から始まる。なにやら霧におおわれた村、木の扉をこじあける男。床には食器が散らばり、そして隣室にはあたりまえのように死体がある。
分かりやすい説明を拒み、オフビートで進んでいく本作は、観はじめてすぐには状況がつかめない。どうやら軍隊がいて、その軍隊は「アカ」と呼ぶ島民を探して、殺しているらしい。そんな関係が分かってきたころには、すでに上映時間の半分がすぎていた。
舞台は朝鮮半島の西南にうかぶ大阪府ほどの島、済州(ちぇじゅ)島。韓国でありながらも独自の文化をもつこの島の住人が、1948年の南北朝鮮分離に抗議して、国民選挙へボイコットを起こす。これに対し、時の在韓米軍と韓国政府は「海岸から5km以上内陸にいる人間はすべて暴徒とみなす」と宣言し、殲滅作戦を行なった。この作戦は7年間も続き、その結果3万人以上の島民が犠牲となり、残りも島外への脱出を余儀なくされたという。本作のオ・ミヨル監督は、この済州島出身。実話を元にした物語だ。
カメラが激しく動くことはほとんどなく、戦争映画でありながらアクションシーンもない。人が殺されるときもたんたんと、あっけなくすすんでいく。銃を持つ者、圧倒的優位にたっている者が、銃を持たない者を殺す。力が拮抗していない場所にはアクションシーンもないのだ、ということをこの映画は思い出させる。
駐留部隊を率いているのは小太りでゆっくりした動きの中年男。彼は半ば狂っているようにも見えて、この異常な状況の中、じつにのびのびと毎日を送っている。部下に壷で少しづつ水を運ばせて風呂に入ったり、女をさらってこいと注文したり、かと思えばとつぜん地面に寝転んで転げ回ったり。その造形は『地獄の黙示録』に出てくる狂った軍曹を連想させる。あちらがジャングルにひそむ闇の狂気なら、こちらは雪の中を歩きまわる無邪気さの狂気だ。
話は村に駐留した兵士たちと、森に逃げ込んだ村民たちの集団を行ったり来たりしながら進んでいく。兵士たちは徴兵された若者で、先輩からイジメにあったり、村民の虐殺(軍は『暴徒の処刑』という言葉を使う)を命令されて苦しんだりしている。村民たちはといえば、かなりのほほんとしており、逃げ回りながらも家畜のエサの心配などをしている。こののんきさがまた悲しい。
カーチェイスがあるわけでも、派手な爆破シーンがあるわけでも、最後に悪役がやられてスカッとする訳でもない。それでもこの映画が飽きないのは、和紙と墨で構成されたような画面の美しさと、出てくる人間たちの不思議な遠さにある。監督は本作を祭事の形式にのっとって作っており、4つに別れたパートがそのまま、鎮魂の祈りになっている。そのせいか、まるでアピチャッポンの精霊映画をみるように、時々登場人物たちがすでにこの世にいない人に見える。
彼らは生活をしている。食料をなんとか手に入れ、避難場所を相談して、俺に任せろと請け負っては、迷子になったりしている。殺されれば血を流しながら死ぬ。性格も間の抜けた奴がいたり、夫婦喧嘩を始める奴がいたりする。しかしフと遠くなる。なぜなのか。それはこの映画が煙に覆われるからで、村に侵入する霧、飯を作るときの水蒸気、たき火からの煙、いくども画面にムワーッと白いもやもやが広がっていく。これが登場人物たちを、遠くへと連れだしてしまうのだ。白黒の画面によく映える煙、その広がるスピードは黄泉のスピードであった。とすればこれは死者の語る、能のような映画なのかもしれない。
と語ってきたが、もう書くことがなくなってしまった。うーむ、この映画、イラン映画とか、思い出しますね。こう白黒でたんたんと進む、あとは『ニーチェの馬』(タル・ベーラ監督)とか? 似てるよなー、なんていうか、白黒でたんたんと進む感じが。白黒でね、煙がムワーッと来て、でたんたんと進む......。ときどきパンパン!と乾いた音がして人が死ぬ。でも全体としてはたんたんとしてるんだな~、虐殺シーンでさえそれは一緒。老人も若者も、子連れの母親もみな殺される。そこにいる兵士、狂った指揮官もふくめて、誰ひとり目の前の景色に対して現実感をもっていない、みなうつろな目をしている。思い出すのはゆっくりと広がる煙ばかり......。
しかしこれが、『息もできない』(ヤン・イクチュン監督)を超えて、韓国でインディペンデント映画歴代No.1のヒットになったっていうんだからすごい。この事件は韓国人にとっても、ほぼ埋もれた歴史であり、またタブーであったらしい。カメラ、それだけが誰も見なかった運命を最後まで見届ける、ということでこの映画に1番似ているのは『少女ムシェット』(ロベール・ブレッソン監督)かもしれない。以上、ややたんたんとしたレビューでした(決して寝てしまったわけではない)。
文=ターHELL穴トミヤ
『息もできない』を超えて、異例の大ヒット!
韓国映画初!! サンダンス映画祭 ワールドシネマ・グランプリ受賞
『チスル』
ユーロスペースほか全国順次公開中
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『チスル』公式サイト
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