WEB SNIPER Cinema Review!!
世界を感動で包み込んだベストセラー小説を映画化
生後間もなく母を亡くした少女デイジーは、未だ見ぬ従兄弟たちとひと夏を過ごすべく、単身イギリスへと渡る。複雑な家庭環境で育ったために自意識が強く、反抗的になっていた彼女だが、純真な従兄弟たちとの交流の中で徐々に心を開いていき、やがて長兄エディーと恋に落ちる。しかし、ロンドンで発生した核爆発テロから第3次世界大戦が勃発して......。メグ・ローゾフのベストセラー小説を原作にした、異色の青春ドラマ。8月30日(土)有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー
この映画まず題名がいい。だって俺も早く「わたしは生きていける」と思いたいもの。けどまるで生きていける気がしない。男も女も、いまみんな欲しいのは「わたしは生きていける」という確信にちがいない。しかしもちろんそれをもっとも欲しているのは若者なわけで、原作はメグ・ローゾフ著による同名のヤングアダルト小説。ケヴィン・マクドナルド監督(『運命を分けたザイル』『第九軍団のワシ』など)は原作の戦争設定をうまく抽象化し、まるですべてが思春期における通過儀礼のダブルミーニングであるかのように本作を仕上げている。
映画のはじまり方は、なんとも生きていけなそうな感じだ。暗い画面に聞こえてくるのは、ありとあらゆる自分への鎖、呪詛、ルール、思春期の教義をつぶやく少女の声。太るな、ぬるま湯につかるな、アレルギーは改善できる、ビッグな人間は考え方もビッグ......。名言botや自己啓発本の一節がでたらめにつまったような自意識に、つねに監視され叱咤されている。そしてそれらを押し流すようなパンクサウンドがかかり、ヘッドホンで耳をふさいだ彼女が空港に降り立つ。ああ、思春期100%のオープニングだなあと思っていたら、この映画の終わり方はさらに思春期爆発なんだよ! 馬鹿野郎! 十代の恋などコンビニで買った打ち上げ花火、今すぐ忘れろ、そして代ゼミに行け!と叫びたくなりつつ、しかし映画のなかではそうもいえないような社会状況になっている。主人公に、「そんなに自分を縛り付けなくていいんだよ。リラックス!」と言って終わるのではなく、その過剰なセルフコントロールに見合うまで、世界のほうが厳しくなっちゃうという。観終わって「十代って第三次世界大戦が起きないとバランス取れないほど生きにくいんだっけ......」と、失われた思春期の感触を思い出したのだった。
NYから、ヨーロッパの親戚の家へと一人疎開させられた主人公。彼女が到着した空港ロビーでは、パリで起きた爆弾テロの中継が流れている。不審者を見かけたらすぐにお伝えくださいというアナウンスが流れ、兵士が所々に立ち、普通でない社会状況が伝わってくる。
潔癖性で、アレルギー持ちのデイジーを演じるのは、シアーシャ・ローナン(『ラブリーボーン』『ハンナ』など)。ゴス気味ファッションだった彼女は、いなかで出会う犬や、汚い流し台や、澄んだ目をした親戚たちを前に、いつしかナチュラルメイク少女へと純化されていく。そこには同じ年代のエディー(ジョージ・マッケイ)という少年もいて、なんと彼は動物と会話できる特殊アビリティを持っていた! 2人は当然ロマンスへと突入する。
ここまでは「ハイハイ、田舎で恋愛いいですね」状態なのだが、静かで詩的な核攻撃のシーンをきっかけに、映画の雰囲気はガラリと変わっていく。子どもたちが暮らす家は軍に接収され、彼らは男女別にキャンプに連れて行かれる。主人公は避難先で敵襲にあい、ついには親戚の女の子を連れてさまよい歩くことになる。メディアの無差別爆撃にさらされた今どきティーンの恋愛映画だった本作は、いつのまにか本物の銃撃から逃げ回る難民ティーンの恋愛映画になっているのだ。ここには、貿易センタービルへのテロや、東日本大震災などを経て急にリアルになってきた、「終わらない日常が終わるまで、薄皮一枚しか隔てていない感じ」がうまく描かれていた。
印象的だったのは、イギリス南ウェールズで撮影されたという田園風景の美しさ。そして序盤にデイジーとエディーの急接近のきっかけとなる、ケガからの指ちゅぱシーンだ。本作では男が女に指ちゅぱするのだが、思えばこの瞬間こそ、映画の後半、デイジーがエディーを探してさまよい歩く長い旅の発火点だった。
そういやこないだ新文芸坐で観た『競輪上人行状記』でも、小沢昭一の指を南田洋子がちゅぱちゅぱやって、のっぴきならない仲になっていた。指ちゅぱはそんなに気持ちいいのか、狂っちゃうものなのか。いやなにをかくそう、俺もむかし、1度だけ指ちゅぱをされたことがあった。そして今でもあのちゅぱっとなった瞬間の驚きを思い出す......。気持ちいいんだ......。やっぱり、指ちゅぱは強力なものなんだ~! 戦争で大人たちの世界がなくなって、子どもだけでもう一度世界を作り直さなきゃならない。その原動力になるのは、キスでも、名言botでもない、指ちゅぱなのである。俺もあの指ちゅぱを思い出して「わたしは生きていける」と思えるその日までがんばるぞ!(オナホールならぬ指ちゅぱホールという新商品を開発して一発当てるというのはどうだろう?)
文=ターHELL穴トミヤ
迫り来る終末。未来のために少女が信じた、たったひとつの約束。
『わたしは生きていける』
8月30日(土)有楽町スバル座ほか全国順次ロードショー
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映画『わたしは生きていける』公式サイト
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