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(C)ポレポレタイムス社

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『ナージャの村』『アレクセイと泉』本橋成一監督
北アルプスの山裾、長野県北安曇郡小谷村に40年前からある真木共働学舎。車の通わぬ山道を1時間半歩いた場所にあるそこで、様々な理由から現代の社会に生き辛さを感じる20代~60代の男女十数人が共同生活を営んでいる。本作は、その1年間の暮らしを追ったドキュメンタリー――

東京・ポレポレ東中野ほか全国30館以上で順次公開中
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昔の映画の主人公、たとえばハンフリー・ボガートとかは、言うべきことを言うべき瞬間に言っていた(「君の瞳に乾杯」とか)。でもやがて「そんなの実際は言えねえから!」という観客たちの実情を反映した主人公が登場しはじめ、今や大抵の主人公は言うべきことを言いそびれ、それを映画の時間いっぱい使ってなんとか挽回しようと苦闘している。中高生が久々に映画館に殺到した洋画といわれている『あと1センチの恋』(クリスチャン・ディッター)では好きな人に言いたいことが言えず、こないだこのコーナーでレビューを書いた『でーれーガールズ』(大九明子監督)では親友に言うべきことが言えない。若松孝二監督の『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』ですら最後に、語るべきなのに勇気がなくて語られなかった言葉がシャウトされ、どうしたって、言うべきことを言うべきタイミングでいうのは難しい......。我々はいつの間にか、客観性を身につけ、恥ずかしさを覚え、自分にツッコミを入れるようになり、そして自分の魂が命じるセリフに反応する勇気をなくしてしまったのだ。だから『コクリコ坂から』(宮崎吾朗監督)でスキャンダルがまき起こったとき、主人公がいきなり速攻、単刀直入、言うべきことを言っていたのに驚いた。ああジブリは、そこで回り道しないんだと逆に新鮮だったのだ。
本作はドキュメンタリーなのだが、言うべきことを、言うべきタイミングで、絶叫している若者が出てきて感動した。彼は「山を降りる」と告げた友達が、淡々と去っていく背中に向かって、「バンザーイ!バンザーイ!バンザーイ!」と叫ぶ。別に泣きながら絶叫、みたいな暑苦しいものでもなく、むしろボンクラっぽいのだが、しかし発せられるべき言葉が、発せられるべきタイミングで、最大音量で発せられている瞬間がそこには映っている。俺は感動した。

(C)ポレポレタイムス社

監督は『アレクセイと泉』でベルリン国際映画祭ベルリナー新聞賞などを受賞した本橋成一監督。本作の舞台は今村昌平監督が『楢山節考』の撮影をしたという、車も入れない長野県の山奥の集落だ。そこに建つ「アラヤシキ」と呼ばれる家で、集団生活を送る人たちの生活が撮影されている。
この「アラヤシキ」というのが、古い茅葺きの建物で、しかも巨大な二階建てになっている。直線部分の少ない手描きのような輪郭、ガタピシという擬音がそのままビジュアル化したような、かなりのレガシーハウスにみなさん住んでいるのである。家の周りではヤギや、ニワトリが飼われていて、背後には北アルプスの山々が連なる。「ハイジー!」と叫びだしたくなるような景色の中、東映ヤクザ映画の脇役みたいな、苦みばしった昭和顔のおっさんが登場して、やおらタバコを吸いだす。

(C)ポレポレタイムス社

住人たちは、まき割り、田植え、ヤギの乳搾りなどの労働をして暮らしていて、棚田にみんなで手植えしているとき、青年が突如としてオペラを歌い出すのが印象的だった。腹の底から音量マックスで発せられる、朗々としたドイツ語(かなんか......)。歌いたいから歌ってるだけという雰囲気も、それをまわりが気にしていない感じもいい。考えてみればオフィスビルでエクセルを入力しながら歌ってもいいはずで、そういえば以前の職場では、実際に歌う人がいた。けどやっぱり小声だったし、これは室内と室外という差もあるのだろうか。大々的にやってみたらストレスもたまらず、けっこうイケるんじゃないか(クールビズ的にまずは官公庁からシンギンビズどうだろう)。
障害者の人たちも何人かいて、雪かきのときにいきなり静止したりするのが、おもしろい。その動かない時間がどこまで続くんだよというくらい長くて、カメラもずっとそれを撮っている。寝てるのかな?と思いはじめたころに、また何事もなかったかのように動き出すのだ。このドキュメンタリーに出てくる人たちは、行動にもセリフにも、余計な客観性がない。そんな自由さがある。

田舎で共同生活というと嫌な想像しかできなくて、神父が性的虐待をしてる『ゲルマニウムの夜』(大森立嗣監督)とか、のけ者が村人を殺害しまくる『丑三つの村』(田中登監督)とかが脳裏にフラッシュバックする。「いつ、どろどろしたものが発生するのか、いつ煮詰まった感じが噴出するのか」とハラハラしてしまっていたのだが、そこに長髪にメガネ、70年代フーテンみたいな格好で、飯を茶碗に「まんが日本昔話」みたいに盛って食う青年が登場する。その空気を読まない感じに、「ウームこれなら煮詰まる心配なし!」と勝手に安心した。さらに「3日後、彼はロックフェスティバルに出かけたまま戻って来なかった」とかナレーションが入ってきたのには笑ってしまった。彼は忘れたころにまた戻ってきて、それを受け入れるか否か、今度は共同体会議みたいなものが開かれる。これはイヤーな雰囲気で、都市化された場所と山奥の共同体、それぞれに自由な部分と不自由な部分があるんだなあと、あたりまえのことに思い至ったのだった。

(C)ポレポレタイムス社

メンバーにはそれぞれ事情があるのかないのか、その背景は最後までわからない。食事時に祈りを捧げているシーンが映ったので、彼らはどうやらキリスト教に基づいて生活しているようだが、そこまで熱心でもなさそうだ。事件らしいことが起きるでもなく四季が過ぎていき、でも子供が生まれたり野菜が収穫されたり、日々の変化は着実におとずれる。とはいえ監督はそこからストーリーを掬いあげようとする感じでもなくて、映画はそのまま、フッと終わる。そのせいか、映画が終わってからも、この家がいまこの瞬間にも長野にあるんだろうなあ、という感じが続く。
俺がこの場所で暮らしたら、やっぱりロックフェスに出かけて行って戻ってこないかもしれない。というつもりだったけどまた戻って、またいなくなって、やがて愛想をつかされてしまうかもしれない。そんな社会が、どこかにあってほしいなと思う。あるかもしれないと思うだけで、気持ちが軽くなる。エンディングロールでは、冒頭のタバコのおっちゃんが歌う、矢沢永吉「時間よとまれ」が流れて、これがとても沁みた。ウマい、ヘタじゃなくて、てらいがない。そんなふうに歌えるような人間になりたいなあと思う。

(C)ポレポレタイムス社

文=ターHELL穴トミヤ

山道の向こうにふとあらわれる小さな村。
そこに住むちょっと風変わりな人たちの、
春から春への暮らしを映したドキュメンタリー。


『アラヤシキの住人たち』
東京・ポレポレ東中野ほか全国30館以上で順次公開中

(C)ポレポレタイムス社
監督=本橋成一
制作・配給=ポレポレタイムス社 ポレポレ東中野
宣伝=ウッキー・プロダクション

2015年|日本|117分|HD|カラー|ステレオ|ドキュメンタリー

【東京・ポレポレ東中野の上映情報詳細】

■7/18(土)~バリアフリー上映をおこないます。
(バリアフリー上映:字幕あり・副音声はラジオで必要な人だけが聞くことができます)

■上映・休映・バリアフリー上映スケジュール
・6/6(土)~7/10(金) 11:00/13:20/18:10
・7/11(土)~17(金) 休映
・7/18(土)~ バリアフリー上映実施予定(時間未定)
関連リンク

映画『アラヤシキの住人たち』公式サイト

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ターHELL 穴トミヤ  ライター。マイノリティー・リポーター。ヒーマニスト。PARTYでPARTY中に新聞を出してしまう「フロアー新聞」編集部を主催(1人)。他にミニコミ「気刊ソーサー」を制作しつつヒーマニティー溢れる毎日を送っている。
http://sites.google.com/site/tahellanatomiya/
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