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第67回カンヌ国際映画祭 国際映画批評家連盟賞受賞
1882年、パタゴニアを訪れたディネセン大尉と、そのひとり娘インゲボルグ。ある日、アルゼンチン政府軍による先住民の掃討作戦に参加しているデンマーク人とインゲボルグが失踪し、娘を愛してやまないディネセンは必死の捜索を始める。しかし広大な荒野で彼は孤立し、いつしか摩訶不思議な世界へ足を踏み入れていく――。6月13日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中
ボーッと見て、なんだったんだ......、みたいな。そういうのがいいわけです。暗い場所に入って行って、なんか穴から向こうの世界を覗いている......。または遥か昔の、ゼンマイ仕掛けのカメラで撮ったような映画。そんなところを狙ったにちがいない。本作は、四角っぽいスタンダードの画角であるうえに、四隅が丸い。製作・主演・音楽ヴィゴ・モーンテンセン(『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』)、監督はアルゼンチンのリサンドロ・アロンソ(『リヴァプール/LIVERPOOL』『死者たち/LOS MUERTOS』)、撮影監督は『過去のない男』はじめ、アキ・カウリスマキ作品のほぼ全てで撮影監督を務めている、ティモ・サルミネン。35mmフィルムで撮影され、カンヌ映画祭で批評家連盟賞を受賞した、南米マジックリアリズムの映画です。
時代は19世紀、南米パタゴニアまで植民地の開発に来た数人のヨーロッパ人が、海辺で野営をしている。ヴィゴ・モーンテンセンは娘を連れていて、ところがある日、この娘が若い兵士と駆け落ちしてしまいます。彼はすぐさま銃を取り、ひとり、娘を探すべく荒野に彷徨い出していく。ところが、荒野の奥には口の悪い開拓者が「ココナッツ頭」と呼ぶ原住民が住んでいて、さらには行方不明になった将校が、今では女装したうえ原住民を率いて、開拓者たちを襲っている、そんな奇妙な噂まで囁かれている。『闇の奥』(ジョゼフ・コンラッド著)や『地獄の黙示録』(フランシス・フォード・コッポラ監督)を連想させるこのエピソードが不気味な影となって、モーテンセンの奇妙な道行きを彩ります。果たして彼は、娘を見つけ出すことができるのか......、と映画は進んでいきます。
ロケ地であるパタゴニアは、南米の最南端から4分の1くらいの部分を指す名称で、アルゼンチンとチリにまたがり、国立公園が30くらいあるらしい。高い木がなく、地面にコケが生えた大地。低い草が生え、なだらかな起伏を伴う大地。水たまりのような池と、石がゴロゴロした一帯。溶岩流が固まったような、軽石と岩山の大地。南北は逆だけど、イギリスで撮られた『ザ・シャウト さまよえる幻響』(イエジー・スコリモフスキ監督)のような緯度の高い荒涼とした風景、でもこちらにはそれに加えて大陸感がありました。その中を、大尉という設定のモーテンセンが、マントにブーツ、軍刀、ライフルを携えて移動する。馬に乗った彼が地平線から走ってきて、カメラの前にさしかかり、また地平線まで消えていく、この映画のテンポは相当遅いです。大地の中にポツンといて唯一動いている主人公は、じつはこの景色をじっくりと見せるために存在しているようにみえてくる。
荒野の奥に入りこんでいくと、やがて死体が現われ始めます。この死体が潰れたカエルみたいなんですが、変に気合が入っていて、けっこうグイグイ映るんですね。別の、喉を切られて殺されかけた男なんかは、自分の血で窒息しているのか、ずっとゴロゴロ鳴る音が聞こえてきて、なんで死体描写がいちいちどぎついのか。でもむしろそれが南米っぽいし、この時代に起きていた入植者による原住民への大虐殺を感じさせもする、グリム童話が実はエグいように、唐突な残酷さがおとぎ話感を高めてもいるわけです。
本作の前に、同じくヴィゴ・モーテンセンが製作して主演もした『偽りの人生』(アナ・ピターバーグ監督)は、現代のチリを舞台とした、こちらも現実がねじれていく奇妙な映画でした。登場人物がしょっちゅう物を燃やしていた『偽りの人生』が火の映画だとするなら、主人公がしょっちゅう水分補給をしている本作は水の映画。工事現場では馬に水を飲ませ、空になった水筒を満たし、装備を失ってからは、濁った水源で渇きを潤す。最後も岩山のなぞの清水を飲んで、その繰り返しが、トイレに行き忘れて寝たら、夢の中で何度もトイレに行ってしまったみたいな、夢っぽい非現実感を本作に与えています。それが最高潮に達するのが、水たまりの中から犬が立ち上がって、主人公を案内し始めるシーン。この犬の案内人は、ありえないんだけど、あらがえないような説得力を持っている。これこそ夢の不思議な力学で、映画はここを境に現実感を失って、その向こう側の世界へと入っていきます。どうやって終わらせるのかと思っていたら、さながら『昼顔』(ルイス・ブニュエル監督)か、『LEGO(R) ムービー』(フィル・ロード、クリストファー・ミラー監督)かという、かなりシュールなオチに突入していましたね。
ヴィゴ・モーンテンセンは、こんなヘンテコな映画を作って、誰に見せたかったのか? 実生活の彼には、離婚した妻との間に子供がいます。「家族も人生も夢のようなもので、それは過ぎ去り消えていくんだ」と語るこの映画は、ヴィゴ父さんがその子供に聞かせたかった寝物語なんじゃないか。だからこの映画を見ていて、いつのまにかスヤスヤ寝てしまっても、決して気にやむことはない!むしろそれが正しい! 最後に、本作は音楽もヴィゴ・モーンテンセンなんですね。そしてこれがヴィンセント・ギャロっぽいダウナー感で悪くなかった。とくにエレピの曲がいい! ぜひこの勢いにのって次回プロデュースの際には、『ブラウンバニー』で製作・主演・音楽、さらに監督・脚本・編集・美術監督・美術・装飾・衣装・メイク・撮影監督・撮影をすべてやったヴィンセント・ギャロ超えを目指して欲しい! でもモーンテンセンはおとなだからそんなことしないよね。
文=ターHELL穴トミヤ
消えた娘を捜して、父は荒野を彷徨う。
辿り着くのは"地上の楽園"か、それとも――。
『約束の地』
6月13日より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開中
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映画『約束の地』公式サイト
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