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第67回カンヌ国際映画祭 男優賞/芸術貢献賞受賞
19世紀イギリス。若くしてロイヤル・アカデミーで高い評価を受けていたターナーは、新たなインスピレーションを求めていつも旅をしていた。独特の作風から時に理解を得られず傷つくこともあったターナーは、そんな彼を助手として支えていた父が病で亡くなると強いショックを受ける。しかし、哀しみから逃げるように訪れた港町で運命的な"再会"を果たし――。巨匠マイク・リー監督が英国最高の風景画家J・M・W・ターナーの美の世界と謎に包まれた人生を描く感動作。2015年6月中旬 Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
ターナー(ティモシー・スポール)が、ほぼ「ウー」しか言っていないのがすごい。たまに、人間らしいセリフを喋ると驚く。それは社交の時と口説きの時で、それ以外を大抵「ウー」ですましているのは、いわば人生の省エネだろうか。19世紀のイギリスを代表するロマン主義画家、ウィリアム・ターナー。ロンドンに住む彼が、海岸へスケッチ旅行に出かけたり、戻ってきたりしながら老いていく、本作はその後半生を描いている。
ターナーは父親(ポール・ジェッソン)と、メイド(ドロシー・アトキンソン)と一緒に住んでいて、中年で、太っていて、アゴは不精髭に覆われている。スケッチ旅行から帰ってきた彼に「他にご用は?」と問うメイド、ふいに沈黙がおとずれ......、唐突な胸わしづかみ! しかし、そのつかみ方はぞんざいで、愛も思いやりも感じられない。2人のファックシーンもあるのだが、前戯も何もないまさに野獣ファック。ターナーにとって性欲は楽しむものではなく、ヒゲを剃るように処理するもののようだ。しかしメイドのほうはコトが済むと突然、女の顔になる、この演技がすばらしい。ドロシー・アトキンソンは日常シーンも気合が入っていて、歩き方や所作がほかの登場人物と違う。それは逆説的に「現代の人間は学校教育で動きを統一されている」ということを思い起こさせる、19世紀英国階級社会のメイドの動きなのだ。女の顔になったメイドがキスを求めようとすると、ターナーはさっさといなくなる。それアウトだろ!と思うのだが、案の定この映画を観た女性は大抵ターナーの女の扱いに激怒するらしい。試写会では「ターナー死ね」というのが見終わった女性陣のほぼ一致した意見になっていたようだ。
彼にはかつての愛人(ルース・シーン)との間にも娘が2人いて、しかし養育費もまったくわたさないし、娘に愛情も示さない。元愛人は定期的に彼の元にやって来ては、「あなたの孫が生まれました!」とか、「下の娘がフランス語を習いはじめました!」とかまくしたてるんだけど、ターナーはひとことくらいしか反応せず、あとは「ウー」とか唸るだけ。怒り狂う母親と、およそ人間らしい反応のかけらも示さない父親に挟まれて、娘たちはいつもおどおど困っている。たしかにひどい野郎なのだが、このターナーは利己的な冷血漢というより、どうしていいか分からずに戸惑っている、みじめなおっさんにも見えるのだ。マイク・リーの前作『家庭の庭』は、自分の人生を受け入れられず苦しむ人間たちの群像劇だった。本作のターナーもまた、一見成功者であるように見えて、こと私生活においては自らの母親のトラウマから逃れられていない。「普通の人生」からはじき出されてしまった、いつものマイク・リー的人物なのである。
ところがそんな彼が、ちゃっかり晩年に定宿だった宿のやもめのおかみさん(マリオン・ベイリー)を捕まえているのが、これまたお見事というか、ふざけんなというか、動物的なすごみを感じさせる。あんだけ「ウーウー」いって大抵のことをやり過ごしていた男が、たまに口を開いたと思えば、「あなたには、秘められた美しさがある」とか言い出して、これはもうナマケモノが不可抗力で川に落ちた途端、猛烈に泳ぎだすというような、意思を超えた本能のひらめきなんじゃないか。
このおばちゃんはとにかく喋りまくる人で、彼の晩年は彼女のおかげでずいぶん明るいものになる。ここには、ついつい歳下の美女と結婚しがちになってしまう、独り身の老年成功者に対する、重要な示唆があるのだ!
もちろん映画では彼の芸術生活も描かれ、彼がロイヤル・アカデミーで、出展作品の中をのし歩いていくシーンは印象的だった。ターナーは並み居る作品をそれぞれ一瞬しか見ずに、「もう少し赤を足せ」とか、他の出品者たちにアドバイスを繰り出していく。宮崎駿が「(映画について)だいたいもう最初の数カット見たら、傑作だって分かるんです。だからあとは見る必要ない」と言っていたり、ゴダールがいつも上映途中から劇場に入って、途中で出ていたという、そんな逸話を思い出す。ぞんざいでありながら、過不足なく全体を捉えている、それはまさに巨匠、マエストロの見方だ。
本作のターナーは谷崎潤一郎に似ているかもしれない。腹の出た太った体型、ふてぶてしい顔、新しもの好きなところ、女性関係の落ち着かなさ、その本分である芸術への生涯にわたる献身ぶり。そしてなにより、なんだかんだいって、どっちも自分を愛する女性に看取られる幸せな最期を迎えてるところ! 孤独のなかで太陽と切り結び、芸術に生きたターナー。でもやっぱり人生、最期は家庭(ターナーは籍入れてないけど)がないと幸せになれないんです!という、結婚推奨の一本と感じました。そんな私は現在、未婚です。
文=ターHELL穴トミヤ
謎のヴェールに包まれた英国史上最高の画家
その素顔と創作の秘密が、今明かされる――
『ターナー、光に愛を求めて』
2015年6月中旬 Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
関連リンク
映画『ターナー、光に愛を求めて』公式サイト
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