WEB SNIPER Cinema Review!!
偶像化されたロックスターにかつてない革新的な手法で迫るドキュメンタリー
1994年に27歳の若さでこの世を去った、ロックバンド「ニルヴァーナ」のフロントマン、カート・コバーン。彼の家族の協力のもと、未発表楽曲や未発表映像、日記、油絵、彫刻、写真などのアーカイブを紐解き、バンドメンバーのクリス・ノヴォゼリック、妻のコートニー・ラヴなどの証言も収録し、コバーンの知られざる生涯に迫ったドキュメンタリー。2015年6月27日(土)~1週間限定 全国ロードショー
監督は『くたばれ!ハリウッド』『クロスファイアー・ハリケーン』のブレット・モーゲン。本作の構造は変わっていて、いわゆる音楽ドキュメンタリーにありがちな、バンド関係者が椅子に座って喋り、その合間にライブ映像で盛り上げ、中年の音楽評論家が興奮気味に語っていく......みたいな感じにはすすまない。中心となるのは、カート・コバーンの落書きをもとに構築されたアニメーション、オランダ人アニメーターによる『スキャナー・ダークリー』みたいなアクリル画っぽい質感の再現ドラマ、そして手ぶれの多い極私的な映像だ。音楽ドキュメンタリーというより、ミジメな少年がミジメなまま大きくなって、なんとか自分を愛してくれる人を得ようとした、その苦闘のドキュメンタリーになっている。
両親の撮った8mm映像に映る幼少期のカート・コバーンは笑顔で、はしゃぎまわっていて、これからいったいどこの王侯貴族の「神話」が始まるんだというくらい、祝福された子供にみえる。ところがやがて暗雲がたちこめ、両親は離婚し、カートは親戚の間をたらい回しにされる。学校で落伍し、ものを盗み、その頃から彼のモンスターやヒーローなんかの「落書き」が登場して、映画ではそれが彼の分身となって動き出す。
見ていて最も面白かったのはオランダ人によるアニメパートで、コバーンの人生の様々な瞬間が、インタビューテープや、発見された宅録テープ(これがサイケでなかなか良かった)を音源として組み立てられる。童貞喪失のエピソードもまるで独立した作品のようになっていて、そのころ彼は、特殊学級の女の子が留守番している家に、仲間と一緒によく酒を盗みにいっていた。コバーンはある日、その家に1人で訪ねて行く。そしてその女の子に「ファックしようよ」と持ちかけるのだ。やり方がわからない彼に「従兄弟ともしょっちゅうしてる」というその子が、やり方を教えてくれる。この一件はすぐに相手の親にばれ、さらにうわさが学校中に広まってしまう。そして彼は自殺を試みる。まるでブコウスキーの短編のような苦い思春期、彼はパンクに出会う前から、元の意味であるクズという意味でのパンクだった。
やがてバンドを組んだ彼は瞬く間に成功し、ニルヴァーナは「最もハイプなバンド」となるのだが、その絶頂の瞬間に、今度はすっかりヘロイン中毒になっている。休養と称して世間から身を隠していたその頃の彼を、流出ビデオのようなハンディカム映像が映し出す。あきらかに麻薬でおかしくなりながら、「俺はジャンキーじゃなきゃ今頃世界ツアーの最中なのに、エアロスミスと対バンしてるのに」と泣き言を言っているコバーンの惨めさ。その横で、妊娠したまま同じくハイになっている妻コートニーはもはやホラーで、タブロイド紙はこれでもかと「ドラッグカップルの妊娠話」を書き立てる。それでも赤ちゃんが無事産まれたのが奇跡だが、夫婦は州の監視下に置かれ、子供は生まれるやいなやとりあげられてしまう。
カート・コバーンはかなりイタイやつで、初めて同棲した元カノとはポエムや手紙を交換し、大人になってもコートニーと、いちゃいちゃビデオを撮っている。それらすべてを「流出」させて本作ができたわけだが、そのイタさは、幼いころ両親に否定された彼が自分を愛してくれる人を生涯求めようとした、その軌跡なのだ。ビデオに映るコートニーはアバズレに見えるし、カートはただの間抜けに見えるんだけど、でもたしかにそこには愛がある。昼下がりに、部屋で赤ちゃんを抱いたコートニーとカート・コバーンが、アメイジング・グレースを歌っている光景は、平和で、祝福されていて、ヤク中だけど、美しい。彼は一瞬だったかもしれないけれど、ついに家族を手に入れたのだ。やがてカートは鬱状態に陥っていき、その最期については、本作は文章でその事実を伝えるにとどめている。
この映画の最も素晴らしい出演者は画面に出てこない、エグゼクティブ・プロデューサとしてクレジットされているフランシス・ビーン・コバーンだろう。彼女はタブロイド紙が「恐怖のヤク中妊娠カップル」と書き立てていたころに、そのお腹の中にいた本人、コバーンの娘でもある。本作には、コバーンの父親も、母親も、姉妹も、元カノも、元妻コートニーも、普段は反目しあっている近親者たちが一堂に会していて、彼らは映画を通して多分だれよりもまず、そのコバーンの娘に向かって語っている。だからすごくミジメで、ひどくて、ゾッとするような一生についての物語なんだけど、この映画にはどこか温かくて、救われる部分があるのだ。だってコバーンの娘はまだ生きているのだから。そして彼女が作ったこの映画自体が、コバーンがついに手に入れた愛だって感じがするのだ。
文=ターHELL穴トミヤ
コバーンの娘であるフランシス・ビーン・コバーンが製作総指揮、
コバーンの家族の全面協力を得て制作されたドキュメント――
『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』
2015年6月27日(土)~1週間限定 全国ロードショー
関連リンク
映画『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』公式サイト
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