WEB SNIPER Cinema Review!!
『死ぬまでにしたい10のこと』『エレジー』イサベル・コイシェ監督作品
ニューヨークの売れっ子書評家ウェンディ(パトリシア・クラークソン)の順風満帆な人生は、ある日あっけなく崩壊した。長年連れ添った夫が浮気相手のもとへ去ってしまったのだ。失意のどん底で喘ぐ中、車を運転できないとという現実に直面したウェンディは、インド人タクシー運転手ダルワーン(ベン・キングズレー)のレッスンを受け始める。ダルワーンは伝統を重んじる堅物だったが、人種も文化も宗教も異なる彼との出会いは、ウェンディの心に新たな風を呼び込んでいく――8月28日(金)TOHOシネマズ 日本橋&TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開!
本作のパトリシア・クラークソンはひたすらにみじめで、そこがいい。夫に捨てられてみじめだし、その修羅場を他人に見られてみじめだし、なにより自分はまだヨリを戻せると信じてるんだけど、まわりの人間はもう無理だと知っている。彼女を見てると「ああ、みじめなのは自分だけじゃなかったんだなあ」と思う、そこには誰もが経験する、人から拒絶される悲しみが漂っている。
もとはいえそこで大冒険に出るでもなく、彼女は娘に会ったり、仕事をこなしたり、紹介された男とデートしてみたり(それが冒頭のヨガ男)、運転教習を始めてみたり、日常の中で少しづつ気分を変えていく。そして映画が終わる頃には、人生が少しだけ新しくなっている。この過剰なことのなにもない感じが、まさにイザベル・コイシェの作品らしい。
ベン・キングズレーはといえば、『エレジー』のエロ教授とはうって変わり、真面目で不器用、おまけに英語までたどたどしい移民のシク教徒を演じている。その訛り方がかえって独特の説得力を醸し出していて、目をつぶって声だけ聞いているとどことなくダライ・ラマ......。とはいえそこは男と女、新たなる恋が芽生えるのが映画の常でしょう! と思っていたらパトリシアに「あなたは誠実な私の希望の星」とか言われて、色気を出すのを禁じられてしまうんですね。だけど彼女は、一方で銀行家の白人男性とヨガセックスをしているわけです。妹には「男をつなぎとめるには娼婦のマネもしなきゃだめよ」なんてバカ話をされて笑ってるわけです!それがなんで、ベン・キングズレーには適用されないの!ずるいでしょ!
と言いつつ、このパトリシアの気持ちも、なんとなくわかる。妹とのバカ話では笑っていた彼女だけれど、荷物を取りに来た夫相手に、その娼婦の技を繰り出してみせるシーンにはハッとさせられる。この映画で主人公が習っているのは教習だけじゃない。離婚によって自信を失ってしまった人間関係もまた、一から習い直そうとしている。だからどんなアホなことでも、もしかしたら......と試してしまう、それは相当しんどいにちがいない。だからセックス抜きの男女の関係という幻想をシク教徒のベン・キングズレーに押し付けたかったんじゃないか。でも男からしたらそんな役割を負うのは嫌なわけです!ぜったい嫌なわけです!私はぜったい嫌なわけです! そんな恐ろしい場所に追いやられないためには、やはり普段から性欲をオープンに、エロ、下世話、下半身丸だしで行動していなければいけないのだ!と危機感を新たにしつつも、あれは好みじゃないベンに釘をさすための、体のいい断わり文句だったのかとも思う......。ぜひみなさんの意見も聞いてみたいところです。
一方ベン・キングズレーにも波乱が巻き起こり、かくまっていた家族に移民局の手が伸びてきたり、さらには一度も会ったことのない女性と結婚して、NYの家で一緒に暮らすことになったりする。サリー姿でやってきた新妻(サリター・チョウドリー)は英語も喋れず家に引きこもってしまい、ベンはどうしていいかわからない。詩の朗読をしてみたり、花を買ってみたり、こんどは彼が「理想の夫婦」をパトリシアから学ぶことになる。そんな新妻もやがてアメリカでの生活を会得し始めて、どうやらこの映画では誰もが何かを学ぶらしい。そして学んだ先には新しい人生があり、新しい色、パトリシアの赤い新車や、チョウドリーのエメラルドグリーンのサリーが待っている。観終われば誰しも何かを習いたくなってしまうであろう本作。あなたは何を習いたいですか!?という一本になっているのでした。私ですか?もちろんヨガです!!!!
文=ターHELL穴トミヤ
ありのままの自分と向き合って、再びまっさらな私になる――
まわり道のその先に、きっと"しあわせ"が待っているから。
『しあわせへのまわり道』
8月28日(金)TOHOシネマズ 日本橋&TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国公開!
関連リンク
映画『しあわせへのまわり道』公式サイト
関連記事
イタリアの田舎、そのダサさと垢抜けなさの奥から突如出現する美しいイメージに驚く。それはいにしえの壁画のように根源的で、力に満ちていながら、映画でしか表現できない 映画『夏をゆく人々』公開中!!