WEB SNIPER Cinema Review!!
ゆうばり国際ファンタスティック映画祭
2014オフシアター コンペティション部門グランプリノミネート
日常的に人間をつかまえて「料理」する母親・キョウコ(延増静美)と、幼い頃からその肉を食べさせられてきた高校生・ミツオ(森田桐矢)。ある日、ミツオはカナ(大貫真代)というペットショップの店員に心を奪われて......。2014オフシアター コンペティション部門グランプリノミネート
ユーロスペース絶賛上映中、ほか全国順次公開
しょっぱなから映画とはまったく関係がないが、私はSMが好きだ。しかし、単に行為として、つまり女王様がM男性を鞭でバチンバチン叩いていればそれがいいというわけではない。世の中には、正しいとはいわないが「こういうときにはこういう感情を抱いておけば、社会生活をそこそこうまく営んでいける」たぐいの感情がある。鞭で叩かれたときには怒ったほうが、たぶん社会生活上はうまくやっていける。何より自分が混乱しなくて済む。
だが、何かのきっかけで気持ちがたかぶって、そっちじゃない方向に感情が振り切ってしまった......そんな出来事や人たちが好きで、振り切れる瞬間やそのときの葛藤が大好きだ。さらにそれが「心の奥底に隠れていた願望に火が点いて」という形だと最高だ。同じ理由で「憎いはずなのにどうして愛してしまうの」という昼ドラも、「僕はゲイじゃないのに彼を好きになってしまった」というBLもいい。ジャンルやマニアック度合いを問わず、抱くべき感情を間違えちゃう(間違えるという表現には語弊があるが、とりあえず)のに惹かれる。共感してしまう。
本作『フリーキッチン』、この間違い感がたまらない。主人公・ミツオは小学生時代に母が殺した父とその愛人の肉を食べて以来、母が人殺しをしてつくる人肉料理を食べ続ける。ミツオはそれを異常だと自覚し、葛藤を覚えつつもその葛藤は低空飛行でとどまり、粛々と日々を送る。彼はたとえば、開けた冷蔵庫の中に父と愛人の肉塊が詰まっていた小学校時代のトラウマを夢に見ながら、呻きもせずに目をさまし、目の下にほんのわずかな涙の跡だけが残っているような、そんな少年だ。
そんなミツオも恋に落ちる。相手は偶然入ったペットショップで出会った店員の女の子。今までにない気持ちの揺れ動きの中で、ミツオは彼女に徐々に興味を抱くようになる。用事をつくって彼女の店に行ってみたり、晴れて公園デートをしたり、「普通の」男女のように仲を深めていき、ある日ふと思う、「どんな味がするんだろう」と。......これだ! そしてその直後に、「あんなことを思うなんて」と葛藤する。......これだ、これだよ! この間違い感! こういうのが好きなんだ! 胸にじんじん染みこんできて、わからないのにわかるんだ! 彼はさらに、異常な生活を送ってきたのはすべて母に強いられたからだと思っていたのが、自分の心の底にも人肉食への欲求、より正確にいえば食べることで相手と一体になる欲求が潜んでいたのにも気づいてしまう。
おもしろくも怖くもあるのが、この映画は全編通して透明感に満ちていて非常にさわやかなのだ。残虐描写も流血描写もあるが、死体から内臓が飛び出していたのも含めてどこかコメディがかっている。カニバリズムがあくまでも日常のこととして描かれている。明るくはないが、ほの明るい。そんな中ではミツオの苦悩はよりリアルに、より自分に近しいものとして見える。異常な世界の異常な性癖の話として受け取るのではなく、「そう、好きな子の肉、食べたくなっちゃうときってあるよね」、うっかりそんなふうに思ってしまいそうになる空気感なのだ。その分、肉料理が出てくるシーンは地味に精神的なダメージが大きいのだが。
ミツオの母についても触れたい。彼女は「間違える」わけでもなく、葛藤もなく、一気にそちら側に振り切ってしまった人物だ。歯科開業医として女手ひとつでミツオを育てながら、訪問販売員、患者、同じマンションの住人など周囲の人々を何の躊躇もなく殺してはその肉を料理し、ミツオとともに食べる生活を送っている。この開業医という地位の「まともさ」が、彼女の異常性を際立たせてもいる。
母のミツオへの溺愛ぶりはなかなか強烈だ。高校生にもなる息子の入浴中のバスルームにノックもなしにずかずかと入りこんでいき、「夕食で出すのを忘れたから」といって手ずからいちごを食べさせる。ミツオが食欲がないといって料理をあまり食べなかったときはその後にわざわざべつの料理をつくり、これも風呂まで食べさせにいく。
最初こそ衝撃的に殺人を犯し、無意識にではあろうが相手を吸収・同化するために人肉食を行なったであろう彼女は、そのうちにただ食べるため、それもミツオに食べさせるために人肉料理をつくるようになっていった。息子を食べることはできない彼女の、間接的な支配だ。ミツオのために凝った人肉料理をつくるのに執着し、ミツオが料理を残したり、肉以外のものを食べたいと言いだすと不安になることで、それは理解できる。同じ釜の飯ならぬ同じ人肉を食べるのは、最初の殺人から母が強制的に連綿と築いてきた親子の絆の象徴なのだ。
ミツオのように葛藤に左右されない母の人肉食は、ほかにもそのときどきによって自由に意味づけがされて、いろんなことの解決方法になり得ている。単に食欲を満たすためだけのときもあれば、もっと深い理由のときもある。彼女は新しい価値基準の中で生きている。しかしミツオが自分から離れていくのを感じ取ると、その中でまた新しい暴走をする。どこかからどこかに振り切れることには、限りがないのかもしれない。
本来こういう人のことは「怖い」と思うべきなのだろうが、これはこれで魅力的だ。突然の振り切りも暴走も、そこに至るまでが丁寧に語られていたためもあるだろうが、怖いと感じつつ惹きつけられてしまう。私もまたこの映画を通して、葛藤しつつ間違ったほうに振り切っている。
ラストは、ちょっと想像できなかった。まさかの、という展開になるとだけいっておこう。これがミツオにとって幸福なのかそうではないのか、よくわからない。どちらにしても、ひとつの成長ではあるのだろう。
文=早川舞
人気漫画家・福満しげゆきのデビュー短編漫画
「娘味(むすめあじ)」(青林工藝舎)の映画化
『フリーキッチン』
ユーロスペース絶賛上映中、ほか全国順次公開
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映画『フリーキッチン』公式サイト
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