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「南米のゴッドファーザー」と呼ばれた稀代の麻薬王
国会議員として様々な慈善事業に携わり、民衆に愛されながらも、裏では政府を相手にテロ活動を行い、1000人もの殺人に関与した残忍非道な麻薬カルテルのボス、パブロ・エスコバル。南米のゴッドファーザーと称され、世界7番目の富豪にまで上り詰めた稀代の麻薬王の光と影を描く、壮絶なクライムアクション!!シネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開
おもしろい!この映画、始まった途端に主人公がドツボにはまっている。「パブロが呼んでいる」と呼び出されて、連れて行かれた先の山奥の基地。そこで一室に集められ、最強の大ボス、エスコバルがこれから出てくるらしい。どんな奴が来るんだ......と恐怖が膨らんでるところに、ついにやってくるベニチオ・デル・トロのファッションが、上にジャージで、下が短パン。コンビニに行く途中をパパラッチされたマラドーナみたいで拍子抜けする。
パブロ・エスコバルといえば、南米のゴッドファーザーと呼ばれたコカイン王で、一時はフォーブスに世界第7位の富豪として選ばれ、敵も味方も殺しまくり、コロンビアの国政選挙に立候補した挙句、自分を批判する大臣を暗殺した男。このおっさんがほんとに、そんなやばいやつなのかよ?と思いながら観ていると、話が進むうちにああやばいなと。淡々と説明をされて、これはやばいなと。有益なアドバイスとかされて、いよいよやばいなと。この指数関数的にやばいな度が上がっていき、さてこんな事態になんで主人公は巻き込まれてしまったのかと疑問が膨らんだところで、時間をさかのぼり物語が始まっていく。
カナダからサーフィンをするために兄弟でやって来た、いかにも朴訥そうな主人公(ジョシュ・ハッチャーソン)が、街で英語を喋るかわいい現地娘(クラウディア・トレイザック)に声をかける。彼女は叔父さんの慈善事業の手伝いのため、その村を訪れているという。娘が「おろして!」というと、男たちがばさっと大きな垂れ幕をたらす、そこに大きく印刷されているパブロ・エスコバル(ベニチオ・デル・トロ)の名前と顔。観客としては、主人公に「今すぐ逃げろ!」と声をかけたくなるのだが、当時はまだ「実業家」パブロ・エスコバルの正体は、そんなに有名じゃなかったんだろうか。主人公はそのまま仲を深めていき、ついには彼女と婚約してしまうのだ。監督は本作が初作品となるアンドレア・ディ・ステファノ。この純朴で少し抜けた主人公という創作を通して、史実に基づいたエピソードの数々にいろどられた、エスコバルという巨大な迷宮の内実を明かしていく。
それにしても、この女の子の天真爛漫さとマフィアの共存している感じは恐ろしい。エスコバルには娘もいて、まだ小さいんだけどこれまた無邪気で罪がない。だけどその屋敷をうろうろすると、馬舎で人間が監禁されて拷問されてる場所にばったり行き合わしてしまったりする。『悪の法則』(リドリー・スコット監督)でも、軽いノリで死体の入ったドラム缶が輸送されたりしていたが、日常に溶け込んだ残虐さは南米マフィアの特徴なのだろうか。とはいえ本作には直接的な残虐シーンはそんなに出てこない。エスコバルの周りにいる人間は、スキンヘッドに刺青とかではなく、『ノーカントリー』(イーサン・コーエン、 ジョエル・コーエン監督)のハビエル・バルデムみたいに、ダサい髪型に普通のシャツとか着ている(ちなみに演じているカルロス・バルデムは、ハビエルの実の弟)。そんな男が、ホースで足についた血を洗い流している何気ないシーンから、日常の仕事として殺したり拷問したりしているエスコバル家のエグさが浮かびあがってくる。また、エスコバルにしても、サッカー中継を見てる時がいちばん興奮しているくらいで、彼が声を荒げるようなシーンはひとつもない。それでもたとえば主人公に「ボニーとクライド」の話をする。別の話をしてるんだけど、それがキッチリ脅しになっている、そんな形で底知れなさが演出されていくのだ。
主人公をファミリーとして迎え入れたあと見えてくるのは、エスコバル一家の気配りのよさだ。これがおもしろくて、たとえば拷問に出くわしてしまいショックを受けた主人公を、彼らは見逃さない。まず拷問してる奴が、すぐ主人公のあとを追いかけてきて、世話話で落ち着かせる。そしておもむろに、「大丈夫か?」と確認するのだ。「ああ大丈夫だよ」とか適当に答えても「俺の目を見ろ」と抑えるべきところは外さない、そしてすぐにボスに連絡。するとその夜にはエスコバル本人がやってくるというフォローアップの良さ! 先輩のさりげない観察、能動的な確認、そして上司への迅速な報告。それに、ないがしろにしないエスコバル本人と、なんと徹底したエスコバル・ファミリーの新人バックアップ体制だろうか!
エスコバルはまだゲストだった頃の主人公に対しても、注意を怠らず、気づいたことは質問し、その結果をボールペンで即、左手にメモする。お前もみんなの前で姪に愛の歌を歌ってあげろとアドバイスし、愛妻家としての一面ものぞかせる。気配りを欠かさず、頼れる素敵なホスト。これがエスコバル一家のていねいな暮らしなのだ。もちろん、その気配りの結果は全然ていねいじゃなく、そのギャップを埋められるようになる頃には、すでに状況は抜き差しならない状況になっている。
エスコバルの一家の長としての中盤くらいまでの穏やかさはやがて、自分のために他人が死ぬことは当然だと思っている、振り切れた穏やかさへとクロスオーヴァーしていく。どんなときも、目がマジで、ブレずに、ていねいに、異常。そうすれば独裁国家の最高権力者も夢ではない!そんなエスコバル家の「暮しの手帖」がかいまみれるような、一本になっていたのだった。
文=ターHELL穴トミヤ
『女っ気なし』(2011年)で組んだギョーム・ブラック監督と
主演のヴァンサン・マケーニュが再び集結!
『エスコバル/楽園の掟』
シネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開
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