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第68回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞
"独身者"は身柄を確保され、ホテルに送られる。そこで45日以内にパートナーを見つけなければ、自ら選んだ動物に変えられ、森に放たれる――。独身でいることが許されない、不条理な近未来の世界を描いたディストピアムービー。新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開中
舞台はイギリス。そこでは独身は悪とされ、伴侶のいない人間は特殊施設に送られてしまう。与えられた45日の猶予以内にあらたな伴侶を見つけられなければ「動物」にされてしまうのだ。観る前は「恋人を見つけられないと、動物になっちゃぅ~?」みたいなかわいい風の想像をしていたが、その内容は心臓や脳などを取り出されて動物に移植される(またはそんなのは嘘でただ殺される)という処刑感バツグンなもの。恋愛のチャンスが広く開かれている一方、プロムでは必ず相手を見つけなければいけない、パーティには必ずペアで招待されるなど、欧米社会に存在する(とまことしやかに囁かれている)また別の世間的押し付けを、さらに極限まで推し進めた、そんな架空の社会が本作の舞台となっているのだ。
妻に離婚された主人公(コリン・ファレル)が、収容所であるホテルに移送されていく。そこに着いて早速話しかけてくるのが、恋愛コメディでさんざん冴えないおっさん役を演じてる、ジョン・C・ライリーというのが早速おもしろい。彼と、もう一人これまたモテなそうな奴(ベン・ウィショー)が寄ってきて、「教室の隅のモテないトリオ完成!」(『桐島、部活やめるってよ』の映画部みたいな)というあちゃー展開がやってくる。もちろん必死なのは男だけではなく、女も生き残りをかけて苦労する。そこには歴然とした格差があり、必死に声をかけるが誰からも無視されるおばさんの悲惨さ、街コンの悲哀を煮詰めるとこうなるのだろうか。
彼らには伴侶を見つける以外にもう一つルールが課せられており、それが毎日森に出かけて行っておこなう、独身人間狩りだった。多く狩ることができれば、動物化の猶予も少しづつ伸びていく。そんな仕組みの中で、冷血なんだけど人を狩るのはめちゃくちゃうまい、というある意味「自立した女」(アンゲリキ・パプーリァ)が出てきて、主人公はこいつに狙いを定めてカップル化を試みていく。
ホテルでは滞在者向けに、カップリング講座みたいのも開かれていて、そこでどうやって異性と仲良くなるのかが伝えられる。これが異常に底の浅い内容で、それを見ている登場人物たちも皆、なんか未成熟な人間ばかり。この演出からはやはり「恋愛が衰退した社会=未成熟な大人たちの集まり」という、監督の恋愛至上主義の哲学がうかがえはしないだろうか。本作を観ながら思い出したのが泉鏡花の怪奇小説『高野聖』で、これは「山に住む美しい女に誘惑され、応じた男は妖術で動物にされてしまう」というお話。カップルになれないと動物にされてしまう本作とは、まさに真逆の設定になっているのだ。恋愛を自制できるのが成熟なのか、恋愛を自在にできるのが成熟なのか?まあどちらにしろ、動物にはされたくない(ちなみに本作の題名は、主人公が希望の動物を聞かれて答える『ロブスター』から来ている)。
主人公はやがて、レジスタンス組織のリーダー(レア・セドゥ)に出会い、こんどは森で暮らすようになる。そこは恋愛が罪とされ、許されるのはマスターベーションのみという、価値観のすべてが転倒している世界だった。ホテルでは生バンドをバックにしたチークダンスが催されていたが、森では電子音楽を聴きながらめいめい勝手にダンスしている。クラブに行って、テクノで踊って、帰って一人でオナニー、俺の普段の生活って、ここと変わらねーじゃねーか!と、観ていてビターな気持ちになった。
ヨルゴス・ランティモス監督は、前作『籠の中の乙女』でも色使いがおしゃれだったし、今回も冒頭、背景の枯れ草と女が着ているカーキ色の服の組み合わせなどすばらしい。ただ、物語としてはミヒャエル・ハネケほどの悪意もなく、ラース・フォン・トリアーほどん不快さもない気がした。本作のオチも谷崎潤一郎のあの話を読んだことがあれば、予想がつくはずだ。ただ、メイドが定期的に部屋にやってきて、収容者を欲情させるために黒パンストで、尻を押し付けてくる。あのシーンはエロくてよかったな~。あの変な体位はなんていう名前なのだろうか(ちなみに着衣のまま性器を擦り付けあうプレイは『ドライ・ハンプ』と呼ばれ、キャメロン・ディアスが1日1回行なっていると公言したことで有名になった)。
この映画は「オシャレっぽいから、観に行こうよ~!」と言って女の子を誘い、観たあとの喫茶店で「じつは、あの、あの黒パンスト。あれしたいんだ......」と、突然の告白を行いたくなってしまう、そんなデートムービーと言えるのではないだろうか。もしあの体位にまだ名前がないのなら、敬意を込めて「ロブスター・ドライ・ハンプ」と呼びたい。
文=ターHELL穴トミヤ
ここでは、45日以内にパートナーを見つけなければ、
あなたは動物に変えられます――。
『ロブスター』
新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国順次公開中
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映画『ロブスター』公式サイト
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