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世界一のレストラン「ノーマ」が日本にやって来た!
料理界の革命家と呼ばれるシェフ、レネ・レゼピの新たな挑戦が始まる――
2015年1月、カリスマシェフのレネ・ゼネピ率いる「ノーマ(noma)」が、期間限定店を開店するため、デンマーク・コペンハーゲンから日本にやってきた。独創的で高い芸術性と味が世界で称賛され、北欧の食材しか使用しないことでも知られているレストランが、勝手の分からない日本でかつてないレシピを生み出す瞬間とは。料理界の革命家と呼ばれるシェフ、レネ・レゼピの新たな挑戦が始まる――
12月10日よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー!
ときどき、本とか映画を食べられればいいのにと思う。小説を一冊食べたらどんな体験ができるだろう。レコードを聴かずバリバリ齧ったら、映画をゴクゴク飲み干したら。この映画を観ながら、「ノーマ」の出す料理はそんなものなのかもしれない、と考えていた。
世界で一番予約の取りにくいレストラン「エル・ブリ」で修行したレネ・レゼピは、25歳で故郷デンマークに戻り、自分のレストランを始めた。それが「ノーマ」だ。彼らが提供するメニューは型破りで、たとえば道端でとってきた花びらを食わされる。肉には生きたアリがまぶしてある。野菜が丸ごと出てきて、よく見ると茎がストローになっている。「イタリア料理でもフランス料理でもない、北欧料理というものをイチから作り上げる」というテーマを自らに課し、彼らはメニューを考えるため森に向かう。歩きながら苔をはがし土をほじくり、食べられそうなものは口に入れて、どう料理にできるだろうかと考える。「発明品」ばかりが出てくるレストランはみるみる話題になり、やがてミシュランの二つ星を獲得、ついには世界No.1レストランに選ばれた。その苦悩と成功の軌跡は『ノーマ、世界を変える料理』(ピエール・デュシャン監督)というドキュメンタリーに詳しいのだが、なんとその「ノーマ」が2015年、期間限定で日本に進出することを決めた。本作は、その開店までを追ったドキュメンタリーだ。
まず驚いたのがこのプロジェクトの本気度で、なにしろレネ・レゼピ以下、メインスタッフ全員が日本に住み込み、その間デンマークの本店は休業。準備に1年以上をかけ、食材探しから始めている。
彼らは新メニューをイチから創造すべく、北海道、長野、沖縄と移動しながら、なめこを見つけては(ヤバすぎる......)みたいな顔をして口に放り込み、道ばたに赤い実を見つけてはまた口に放り込む。木の枝をつぎつぎにかじりながら「同じ種類でも、木によって味が違うぞ!」と言い出す一行の姿を見ていると、縄文時代にもどってイチから食を作り直そうとしているのかと思えてくる。
ノーマのシェフたちは刺青とかバリバリ入っていて、ヒゲだらけの男もいれば、13歳の時に建築現場でレンガを運んでいた奴もいる。サードウェーブ・コーヒーの店とか、ポートランドとかにいそうな、おしゃれで、でも保守的ではなくて、大量消費社会に与しない人々。彼らは「ノーマ」のために私生活も捨て、「それでも構わない」と言う。「俺たちははみ出し者なんだ」と自認する彼らを、レネ・レゼピは「ミスター」ではなく「シェフ」をつけて、「シェフなになに」と呼んでいた。それは、社会主義国家の人間が「同志なになに」と呼びあったり、黒人活動家が「ブラザーなになに」と呼びあったりするような、共同体としての「ノーマ」を感じさせる。
ある程度、食材が集まったところで皆がメニューを考案しはじめ、レネ・レゼピは「ここ数年で一番まずいものを食った」とか、けっこう厳しい。スタッフがせっかく作りあげたコース・メニューも、直前に半分近くボツにしてしまうし、そんな時、周りの人間はシュンとしている。さらにはドアを開けたまま待たない日本人に毒づいたり(ヨーロッパでは常識ですよね)、用意された店舗スペースの内装に「ひどすぎる......」と絶句したり(たしかにひどかった)、見た目は一番おとなしいのだが、エキセントリックというか、決して人格者という感じではないのが面白い。
白子を使った料理をブラジルの女性が発表していて「スパム(精子)、スパム(精子)」を連発していたのは印象的だった。「よく初めての料理で精子に挑戦したね」「精子づくしの一品よ」というようなやりとり。字幕では白子になっていたが、たしかに外国から見れば「魚の精子(正確には精巣だけど)」は食材としてかなり奇妙に違いない。本作を観ていると、白子を当たり前に食べていて、蟻を奇妙に思う、そんな自分の殻にも気づかされる。
それにしても、手のひらより小さい一品を出すためにかける彼らの労力はものすごい。何カ月も食材を探し、必死にメニューを考え、何十人が何時間もかけて下ごしらえして、それを細心の注意をもって料理して、やっとその日の数十人分が完成する。それなのに、客も選べないし、食べたらすぐに消えてしまう。そのあっけない最後をみていると、彼らは報われているんだろうかと思ってしまう。
レベ・レゼビは「死んだ動物たちがシェフの手によって食材になっていくのが好きなんだ」と言う。彼らが森を歩きながら色々な素材を食べているとき、彼らは世界を体の中に入れて、世界に出会っている。彼らは世界と話し合って、触れ合って、その対話を経て世界という大きな謎の中から、まるで土を陶器にするように、料理を練り上げる。それがサーブされて、客の体の中へとまた消えて行くまでの流れは、「食べて美味しい」とか「お客様の笑顔を見るのが嬉しくて」を超えた、なにかもっと神聖なものに見えてくる。それは神に捧げる能とか、歌みたいな感じ。口に入れて世界を知るという方法に取り憑かれ、楽しむ、それこそが「ノーマ」スタッフたちのモチベーションなのではないだろうか。だとしたらこの旅で、彼らはどんな日本を知ったのだろう。「ノーマ」の日本、食べてみたかったな。
文=ターHELL穴トミヤ
「ノーマ」に気づかされる日本の魅力
その土地の"時間"と"場所"を感じさせる独創的で芸術的な料理の数々
『ノーマ東京』
12月10日よりヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー!
関連リンク
映画『ノーマ東京』公式サイト
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