WEB SNIPER Cinema Review!!
トロント国際映画祭正式出品
インディアナ州から、N.Y.グリニッジ・ビレッジのクリストファー・ストリートへやってきたダニー(ジェレミー・アーヴァイン)。ゲイであることが発覚し、追われるように故郷を出た孤独な彼を迎え入れたのは、この街で美しさを武器に体を売って暮らすゲイのギャングを率いるレイ(ジョニー・ボーシャン)だった――。ローランド・エメリッヒ監督が史実を背景に描く、1960年代の若者たちの愛と反乱の物語。12/24(土)より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
60年代、同性愛者は病人か、さもなくば犯罪者として扱われていた。ゲイバーは違法で、定期的に警察がやって来ては「性別にふさわしくない格好をした人間」を引っ張っていく。ところが1969年の6月28日の夜、いつもと違うことが起きる。取り締まりを受けたゲイたちが突然、警官達に反撃を開始したのだ。それは「ストーンウォールの反乱」と呼ばれ、現代にまで続くLBGT権利運動のきっかけになったと言われている。彼らが勝ち取ったゲイバーというサンクチュアリは、誕生前夜であったクラブにもつながっていった(だからアメリカにおける黎明期のクラブはゲイ・クラブが多かった)。
以上、「ストーンウォールの反乱」について最初に知ったのは、『そして、みんなクレイジーになっていく―DJは世界のエンターテインメントを支配する神になった』(ビル ブルースター、フランク ブロートン著、プロデュースセンター出版局刊)というクラブミュージック史についての本からなのだが、そこに載っている暴動についての証言がおもしろい。曰く「女装のゲイたちがバーから出てきて、カツラを脱ぎ捨てて追いかけてったときには、警察は死にそうなくらい焦ってたよ」。曰く「ニューヨークの警官シーモア・パインは『あのときほど怖かったことは、あとにも先にもない』と言っている」。まさか反撃されるとは思っていなかったうえに、普段はフェミニンなゲイたちがいきなりマジギレしたのだから、警官隊が焦るのも無理はない。そんな混乱の極みにありながらどこかコミカルな光景を、パニックムービーの名手、ローランド・エメリッヒ監督(『インデペンデンス・デイ』、『デイ・アフター・トゥモロー』)が初映画化する。これが期待せずにいられようか!!
ところが本作、全米で公開されるや非難轟々。不買運動ならぬ、観ない運動まで呼びかけられた。その主たる理由は、警官に向かって立ち上がった実在のゲイたちを、史実である黒人、プエルトリカン系から白人に変えてしまったこと。それは確かにどうなのよ!当事者はムカつくでしょ!と思う一方で、今回ブチ切れた人たちの中からまた新しい「ストーンウォール」映画が出てくるだろうからいいんじゃない、とも思う(たとえば『突入せよ!あさま山荘事件』を観て「あの事件をこんな風に描くなんて許せない!」とブチ切れた若松孝二によって『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』が撮られたように。どちらも面白い映画だ)。暴動で最初に投じられた一片のレンガと同じく、本作は次なるストーンウォール映画への第一歩となるに違いないのだ。
と前置きが長くなったが、本作は若者が未知の都会に出て行き、そこで仲間と居場所を得て世界を変えていく、という青春映画。密かに同性の恋人と付き合っていた高校生の主人公(ジェレミー・アーヴァイン)は、オーラルセックスの現場を同級生に見られたことで、家族からも故郷からもつまはじきにされてしまう。身一つで飛び出した彼は、NYのゲイストリートにたどり着き、と映画は始まっていく。
この60年代のNYを完全再現したゲイストリートのセットっぽさが、『オリバー・ツイスト』のロンドンや『レ・ミゼラブル』のパリのようでいい。何者でもない主人公でありながら、そこには全く新しい、何かが始まる予感が満ちている。彼はストリートに寝泊まりしながら売春で金を稼ぐ少年たちと出会い、一緒に生活するようになる。
この映画で強調されるのは「人権を認められないとはどういうことか」という状況だ。逃げ遅れた主人公は警官から面白半分で暴行を受け、売春をする仲間たちは客から暴行を受ける。しかし「ゲイ」自体が違法なため、泣き寝入りすることしかできない。あげく彼らが集う会員制バーには、目をつけた客を拉致して有力者への売春を強要し、ゆすりの道具にするという黒すぎる噂がたっていた......。
そのバーこそが「ストーンウォール・イン」なのだが、オーナーであるマフィア、ロン・パールマンの牡蠣の中身みたいな気味の悪い顔がいい。手下はムール貝の中身みたいな顔をしていて、赤く照らされた店内の妖しさはかなりの域に達している。本作で最も良かったのは、暴動シーンではなくこのバーでのダンスシーン。DJもディスコもまだない時代、それでもジュークボックスの音楽にのって踊り出す男娼(ジョニー・ボーシャン)のファッション・ショウは、明らかにその後のゲイ・クラブの出現を予言させていて興奮した。そして初めてのダンスに誘われる主人公のとまどいと、そこでの新しい男(ジョナサン・リース・マイヤーズ)との出会い。これぞ青春映画の醍醐味ではないか!
でも一番期待していた暴動シーンが、あんま盛り上がらなかったんだよな。警官隊は追い回されるというより、閉じ込められ、あまり動きがない。彼らへの攻撃はライターオイルでの放火攻撃とか、エグいわりには見た目が地味だったりもする。ゲイたちが路上で突然ラインダンスを始めるのも謎だったが、これは史実(ストーンウォール暴動は武装蜂起というよりも、ストリート・デモンストレーションの趣が強かった)に基づいているらしい。そして一晩明けて、いきなりもう全ては変わった!みたいな演出になっていたけど、なぜ暴動が起きたら変わったのか、その肝心のカラクリを教えてよ!!!と思ってしまった。でもこの映画の、主人公を含め、ゲイたちの失恋と、その胸の痛さを許容する優しさは胸をうつ。愛することは、相手の幸せを願うことだという、そこには普遍的な愛の姿が映っていたからだ。
史実とフィクションのバランスをうまく取りきれずに、アメリカでは炎上してしまったエメリッヒ監督。むしろいつものパニック路線に振り切って、暴動中に巨大隕石も落ちてくればよかったのではないか。いや、ロン・パールマンが実は宇宙人で(貝型宇宙人)、暴動に乗じて巨大UFOも来襲、権利闘争と人類存亡の戦いが同時進行する、超絶パニック展開になればよかったのではないか!?トランプ次期大統領が強固な反同性愛主義者と言われるマイク・ペンスを副大統領に指名し、歴史が逆戻りしそうになっている今こそ、史実の先を描く第二弾『ゲイ・アフター・トゥモロー』で名誉挽回を図ることを提案します!
文=ターHELL穴トミヤ
名もなき若者たちの"ありのまま生きたい"という叫び――
『ストーンウォール』
12/24(土)より、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
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